思っているよりも根深い違い

 昔から、なんとなく自分が他の人と違うんじゃないかと思っていた。同時に、それは思春期にありがちな、自分は特別でありたいという願いから生まれているものではないかとも疑っていた。

 小学校はいろいろな事情で全く知り合いがいないところへ行った。運良く友達は出来たものの、とはいえ数は少なく、その子にはわたし以外の友達もいて、ひとりで過ごすことも珍しくなかった。本があれば時間を持て余すということもなかったけれど、しかし寂しくないわけではなかった。好きな人同士で組んでください、そう言われてひとりになるあの感じ、あれをカルピスくらいに薄めた感覚が常に付き纏っていた。

 自分の家庭が変だということにはあまり気がついていなかった。確かに変と言えば変かもしれないが、「普通」の範疇で変なのだと思っていた。しかしわたしは、父親に怒られたくないという理由で自主的に色々なことを自ら禁じていた。土日に友達と遊ぶこと、ケータイの連絡先を交換すること、TSUTAYAで CDを借りること、忘れ物をしたから持ってきてと親にわがままを言ってみること、インターネットを使ってみたいと言うこと、工作する付録がある雑誌をねだること、漫画を買ってみること。もちろん、親からはっきり禁じられていた家庭もあるだろうし、その方が辛いかもしれない。過剰に親の顔色を窺っていたわたしは、やりたいと言う前に全部諦めた。

 同時にやらなければいけないと決めていたこともたくさんあった。宿題を必ずやって、かつ親に手伝わせない。忘れ物をしない。しっかりした良い子になる。先生に怒られない。学校でもとにかく良い子であろうとしていた。どうしてかは分からない。たぶん先生に怒られるのも怖かったのだろう。

 結果として、先生からはしっかりした子だと認められたように思う。係のまとめ役や委員長を何度か頼まれた。正直に言って向いてなかった。最初に書いたとおり、大人しくてその実馴染めていない人間だったから。空回りしてみんなに嫌われていると思っていた。けれど先生からの期待を裏切ることはできない。わたしは言われた通りの仕事を引き受けた。

 中学生でも高校生でも、そして大学に進んでも同じだった。高校や大学は先生から何か言われるわけでもないのに、しかし誰もやる人がいないならやらなきゃと思っていた。周りがあんまりしっかりしていないようにも思えた。本当は人前に立ったりみんなに色んな連絡を回したり先生や外部の人とやりとりしたり雑用をするなんてやりたくなかったのに。それらをするたび、間違えないか誰かに怒られないかとびくびくして不安になっていた。

 だからみんな、わたしよりちゃんとしてないじゃんと思っていた。わたしは苦手だけどそういう社会的なことを頑張っている。みんなはえー、面倒くさいとか出来ないと言っていた。わたしよりももっとこういうことが嫌いなんだと思った。それならわたしがやらなきゃ。

 しかし、今になって思ってみると、たぶんそんなことなかった。わたしの周りで何かを引き受けなかった人たち、彼ら彼女らはそれでも普通に就活してきっと面接や何かを上手くこなして就職して、そして辞めずに仕事をしている。それでわたしは。就活からも逃げて研究からも逃げてうつ病の社会不適合者をやっている。

 わたしは何を間違えたんだろう?自分なりに頑張ってきたつもりだった。でもこころの中で周りのみんなを馬鹿にしていたのかもしれない。こんなことも出来やしないんだって。でも彼ら彼女らは別のところでたぶん頑張っていたし、そしてやりたくないことは断り上手く生きていくという、わたしがはなから持っていなかった能力を持っていたのだ。

 上手くやっている人たちは、わたしと違ってあまり怖いことがないのだろう。少なくとも怒られることをわたしほど怖がっていない。だからやりたくないことはやらず、適度にサボり、楽しく生活を送っていた。わたしは自分の歪んだレンズを通して、彼ら彼女らはわたし以上に怒られるのが怖いんだと勘違いしてしまった。

 そもそも、家で日々怒鳴られるのは普通だと思っていたところから間違えていたのだろう。わたしは知らなかった、みんなはそんなに親から怒られてないって。みんな同じくらい怖い親がいて、わたしは弱いから耐えられていないのかと思っていた。

 みんなから見たら優等生だっただろうわたし。成績も良く、委員長や部長をやって、部活の全国大会にも出て、良い大学に入って、そこでもそれなりの成果を出して。でもその裏にはずっと怯えている幼い子どもが隠れていた。成長していない幼児がそれを隠して大人のふりをしていた。真っ当に年齢なりに成長してきたみんなに追い越されて、今更になってそれに気がつく。

 せめてもっと昔に良い子を辞めていたらよかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?