But Life still Goes On.

 またしてもジョン・ディーコン作、「I Want To Break Free」の感想を。

 恋または愛と自由の対立構造。「You’re My Best Friend」でも触れたことに繋がっている。

 恋をしたら、その相手のことを考え、言動のひとつひとつに心を揺さぶられ、普段の自分から否が応でも変えさせられてしまう。僕はそう思う。恋とは、相手に変容させられ、自由を失うことだ。だからひとは恋に「落ちる」のではないですか。もがいても抜け出せないくらいの深い落とし穴、そんなものに気がつかないうちに落ちて、自由なんて遠い存在になる。

 だから愛と自由とは矛盾している。相容れない存在なのだ。自由でいたいなら、愛するひとなど持てない。愛するひとがいるなら、自由にはなれない。

 ひとにとって、その矛盾は目を背けたくなるほど辛い現実かもしれない。だって、どちらも欲しいでしょう、愛と自由は。でもそんなわがまま許されない。いや、初めのうちは上手くいっているように見えることもあるでしょう。けれどいつか破綻の日がやってくる。

 その破綻の日を迎えて、主人公は、「それでも人生は続く」と歌う。そう、人生は続いてしまうのだ、死なない限り。

 当たり前で残酷な事実。どれほど傷ついて、打ちのめされて、全てを投げ出したくなっても、誰しもに平等に朝は来る。眠れずに苦悶した日に差し込む朝日は容赦ない。薬と酒を流し込んだあと、夢と現の狭間で見る朝日は絶望に塗れている。もう死んでしまおうとして、それにすら失敗しても、朝はやってくる。

 僕は自由になりたい。自由の方を選びたい。にんげんなんてまっぴら御免だから。でもときどき、本能が呼んでいるみたいに、孤独が身を苛む。だから自由になりたいのだと、叫ぶように歌うのだ。

 死ぬまで人生は続くのだから。

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