Love is Destructive. ( Do you trust me?)

「ファンタスティックビースト ダンブルドアの秘密」の感想です。ファンタビシリーズ及びハリポタシリーズのネタバレを含みます。呪いの子は未読。


細かな感想いろいろ

 やはり気になったのはグリンデルバルト役の変更ですが、全然気になることなく観ることが出来ました。マッツの方も好きです。全体としては思っていたよりダーク感はなかったです。2の方が暗かったかも。

 2の終わり、クリーデンスの血筋について匂わされていて、個人的には彼がアバーフォースなのではと思ったのですが、しれっと彼のお店が出てきて違うのか……となりました。なるほど息子か。ハリポタで出てきた時はひたすら気難しそうな店主のイメージでしたが、こんな一面もあったのですね。しかしダンブルドア家揉め事多くないですか。純潔の魔法使いの家はこんな感じなんですか。そういえばレストレンジやらブラック家やらも大変そうでしたね。

 クリーデンスは一作目から好きなキャラクターです。あの孤独はいつか救われてほしいと願ってしまいます。様々な人に虐げられ、裏切られ、利用されてきた彼の心の傷は治るのでしょうか。ほんの僅かでもそうであって欲しいと祈らずにはいられません。

 このシリーズの結末自体はハリポタ読者には知られた状態なので、その過程がやはり重要になるかと思います。グリンデルバルトとの最終決戦が1945年で、ファンタビ2では核爆発のようなイメージが出ていたので、WWIIとの関連があるんでしょうか。今回のグリンデルバルト出馬もドイツから始まりましたし。テセウスはWWIで活躍したようなので、人間界の戦争ともリンクしているのでしょう。たぶん。そしたら今後の世界情勢次第では多少ストーリーの変更もあるのかもしれない。どうなるんだろう。


 今回鍵となる魔法動物は「キリン」でしたね。中国の伝説上の神獣、麒麟がモデル、ですよね……?違ったらびっくりする。麒麟は素晴らしい君主が現れたときに姿を見せるそうです。
 そして麒麟といえば十二国記を思い出さざるを得ないですね。私は十二国記とともに育ったので。麒麟って卵生でしょ!?とか”She”って言ってたから麟の方か……とか頭を垂れたら「許す」って言わなきゃ!とか脳内が十二国記ワールド全開になっていました。あっちの世界のキリンとは違うのだよ、私。
 しかしハリポタの時とは違って世界中の魔法文化や生物が出てきて面白いな〜と思う反面、微妙な(ステレオタイプというか、深く調べられてなさそうな)解釈されたら萎えるかもな〜と思いました。日本は今のところ河童くらいしか出てないと思いますが、河童あんまり格好良くなかった……ビジュアルは別にいいけどさ……。

 あとナギニが出るのを期待して、蛇の指輪までつけて行ったのにほんの少しも出ませんでしたね。誰も彼女の名を口にすらしなかったよね!?どこに行ってしまったの。クリーデンスもアバーフォースの元に行ってしまいそうだし、本当に今後出なかったらどうしよう。その場合はスピンオフでナギニの話を作ってもらうしかないんですけど。ヴォルデモートとの出会いがとても気になります。


 魔法界ってマグル差別しまくる割に人種の差別は少なそうですよね(描写してないだけかもしれませんが)。でもマグル差別してるから純潔至上主義とか魔法族が抑圧されているとか言ってグリンデルバルトやヴォルデモートが出てきたんでしょ、差別の方をなんとかしないとまた闇の魔法使い出てくるよ……とか思ったけど完全に人間界にブーメランでした。魔法が使えようと使えまいと人間は人間だと思います。差別をやめよう、というのはまわり回って自分のためでもあるのでしょうね。



狡い男、ダンブルドア

 今作でタイトルにもなっていたダンブルドアですが、アルバス、アバーフォース、そしてクリーデンスの秘密が明かされています。

 この先では主にアルバスの話しかしないのでダンブルドアといえばそっちを指していると思ってください。

 もともとグリンデルバルトとダンブルドアは恋仲で血の誓いを結んでおり、互いに直接攻撃が出来ないというのが知られていましたが、今回でとうとうその誓いも破れました。ハリーとヴォルデモートとの戦いと相似形の決着の付け方でしたね。
 さっきも書きましたが、ダンブルドア家は恋とか愛が裏目に出る一族のように見えます。家族内の揉め事も多いような感じがしますし(その先祖は知らないけど)。
 特にダンブルドアは、グリンデルバルトが闇の魔法使いとして世界を支配しようとしており、敵側の人間になってしまい、その愛が完全に裏目に出てしまいました。
 血の誓いが破れた後の「誰がお前を愛する、お前は独りだ」というグリンデルバルトの台詞が印象的でした。確かに、おそらくダンブルドアはこの後愛する人、という存在を得ないまま死んでしまうのだと思います。教え子たちや同僚には慕われていますが、それは恋や独占欲が絡んだ愛ではなく、尊敬と崇拝の愛でしかありません。その意味ではダンブルドアはこの後ずっと孤独なのでしょう。

 だからこそ、他の人々の「愛」に非常に執着しているように見えます。今回のクイニーとジェイコブの結末もそうだし、リリーからハリーへの愛、スネイプのリリーへ、ひいてはハリーへの愛にも異常とも思えるほどの関心を示しています。世界を救う、という目的だけではないように見えます。ハリポタシリーズで何度も「愛じゃよ」と言っていますが、ダンブルドアは自分が二度と手にすることのない愛を目の前で見ることで、そしてその愛の力を自分の手で操ることで、その孤独を埋めようとしているのかもしれません。

 一方でダンブルドアは多くの教え子に慕われ、信頼されています。もしかしたら、グリンデルバルトの信奉者やデスイーターたちの熱心さよりも強く。ダンブルドアのために何人の人間が命を落としたでしょう。悪役二人のように裏切り者を追い詰め命を奪うことこそしなかったダンブルドアですが、むしろ特攻させるという面では、自分を慕う人たちが互いに持っている愛(ポッター家、スネイプ、ウィーズリー家、ルーピンとトンクスなど枚挙に暇がありませんが)を上手く操っているように思えます。
 ダンブルドアは愛の強さと恐ろしさをよく分かっている人間なのでしょう。自身は、家族やグリンデルバルトを含め愛の悲劇的な結末を身に沁みて理解しているはずです。ともすれば世界が滅び、実際に多くの人間が命を落としています。一方その悲劇に立ち向かえるのも愛であるのだと、ニュート達を見て(あるいはその前から)知っていたのでしょう。上手くいけば愛する人々は生き残り、結ばれ、幸せに暮らせます。上手くいかなくても、あの人のためなら、と幸福感の中で死ねるかもしれません。
 ダンブルドアは狡い男です。きっとみんな、愛は素晴らしい物だと思っています。そして教え子達の多くはダンブルドアを信頼しています。世界を救うという大義名分の元に、その愛と信頼を操り、自身の孤独を埋める狡い男です。しかしそれをやり遂げる才能と人望を持っているからこそ、信頼という幻想を崩さないまま死んでいったのかもしれません。そしてグリンデルバルトやヴォルデモートは、その欺瞞に気づいてしまった犠牲者なのかもしれません。
 ダンブルドアは時々、どこか自身の失敗について後悔しているような発言が見受けられる印象を持っているのですが、彼自身どこかで自分の欺瞞に薄らと気がついていたのかもしれません。でもきっと正面切っては向き合えないでしょう。そんなことをしたら狂ってしまうから。


 愛には良い面がたくさんあります。人を支え合い、見返りを求めず助けて、心を豊かにするような素敵な力が。今作のラスト、クイニーとジェイコブの結婚式には心温まりました。
 しかし悪い面だって必ずあります。愛しているからこその争いや憎しみがどうしても生まれます。愛する者とそれ以外の境界が引かれ、ひとたび対立すれば愛する者を守るため戦わなければならないから。あるいは愛しているからこそ、僅かなすれ違いから大きな憎しみが生まれるから。

 愛の悪い面をひた隠しにして、良い面だけを強調するのは今の世の中も同じように思えます。その世界の象徴がアルバス・ダンブルドアという男なのかもしれない、と勝手に感じてしまった今作でした。

 それにしても次回作が楽しみですね!!!

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