2024/2/17 日記 人生のエネルギーの前借り

朝起きて、植物たちの様子を見て、ご飯を食べる、まではできたけれど、そのあとはずっとスマホを触っていた。少しだけ編み物。外に出る気も起こらなかった。

こういうとき、前まではベッドで寝転がっていたけれど、いまは座ってはいられる。その小さな進歩に、少し前までの自分はどれほど疲れていたのだろうと思った。いまは座っているのはさほど苦痛ではないけれど、前はそれすら嫌でベッドに向かっていたから。

とはいえ、こうしてみるとエネルギーが枯渇しまくっているんだと思った。もし人生に使える総エネルギーが決まっているとしたら、これまでの人生でかなり前借りをしてしまっているんじゃないかと思う。あと何年こうしてじっとしていれば、年相応まで回復するのだろう。あるいは永遠にしないのかもしれない。いっそ無理やり動いてエネルギー切れで早死にしたい。でも、死ねず動けずただ生きているだけの状態になるかもしれないと思うとそれも嫌だ。

子どもの頃に教えておいて欲しかった、そんなに頑張りすぎたらあとで余計な苦労をするよって。みんな、頑張れとか頑張ってるねとしか言わなかった。どれも頑張ってなんかなくて頑張ったこともない大人たちの勝手な言い分だった。聞くんじゃなかった。

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