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家庭と仕事を両立する女性!女性点字翻訳者が仕事に引き込まれる理由とは

団塊世代(現在70歳代を超える世代)と呼ばれる人たちが、社会の主流となって活躍していたころは、まだ「結婚したら女性は家事に専念するべきだ」とか、「子どもは3歳まで母親が家庭で育てるべきだ」という風潮が根強い時代でした。
 
それから時代が経過して、結婚しても、また出産後も、仕事を辞めず、近年は家庭と両立させて社会で仕事を続ける女性が増えていますよね。女性が活躍できる社会の取り組みが進んだこと、そして、それに伴って、育児や家事を夫婦で分担するという文化が浸透しつつあることも後押ししています。

もちろん、その中には、家計の負担を軽減するために、仕事をしなければならないというケースもあることでしょう。しかし、経済的な問題だけではなく、仕事が楽しく、自分の生きがいの一つとして仕事をする女性の姿を目にします。
 
そこで今回は、点字翻訳(以下、点訳)を仕事としている女性のグループに、話を聞いてきました。
 
点字翻訳者(以下、点訳者)として活躍する女性たちが、どんなことにこの仕事に喜びを感じて仕事を続けているのか?ここでは点訳者として働く女性にスポットを当てて、女性が家庭と仕事を両立させ、家庭以外で自己表現し、生き生きと活躍している姿を紹介します。

家庭と仕事の両立:点訳者に聞くこの仕事への喜びとは


エレベーターのボタン箇所や、缶ジュースのプルタブなどに、まるで暗号のようにブツブツとした点の表記をご覧になったことはありませんか。点字とは、視覚障害者がその点を指で触れて、そこに示されている情報を読み取る表音文字です。
 
今回、話を伺った「宮代会点訳サークル」は、東京都渋谷区を拠点に、視覚障害者のために、本や教科を点訳する女性が集まるサークルです。
 
点訳の対価はそれぞれなので、1冊の本を仕上げるといくらになるかは把握できません。またボランティアで活動しているサークルもあります。「宮代会点訳サークル」は有償で仕事を受注していますが、収入は、わずかな運営費を除き、全て社会福祉関連事業や、学資金を必要とする学生などに寄付して活動しているサークルです。

この仕事を始めた動機

メンバーの方に、このサークルに参加した動機を聞いてみると、下記のような回答でした。

  • l  子どもが手を離れて時間ができたので、社会活動に参加しようと思ったから

  • l  親の介護に追われる生活の中で、自分しかできない、誇れる時間を持ちたかったから

  • l  人の役に立つ仕事を探していたから

点訳の仕事を始めた動機はみなさんそれぞれであり、また絶対に「点訳がしたい」わけではありませんでした。

この仕事の喜び

「点訳がしたかったわけではないのに、この仕事を続けているのはなぜか」、「報酬は自分の収入にならないのに、点訳のどんなところに喜びを感じて、この仕事を続けているのか」について聞いてみました。

  • l  作業に入る前に、原本を見て「ここはどうしたら、視覚障害者の人が理解しやすいだろうか」「どういった解釈を加えたら、わかりやすくなるだろうか」という、日常では感じられない、わくわくした気持ちで作業できること

  • l  仲間と一緒に、同じ目標に向かって仕上げた点訳物が完成したときの達成感は、言葉にならない感動を得られること

  • l  視覚障害者の方から「読みやすかった」と言われたときの喜びは、家庭では味わえないうれしさがあること

  • l  情報をきちんと視覚障害者の方に伝達するために、誤表記できないという緊張感があること

  • l  特殊な技能であり、「学んだ者しかできない」という特別感があること

というような回答でした。

対価はあるものの、自分への収入は0円。けれども、宮代会点訳サークルのメンバーがこの仕事を続けているのは、「日常では感じられないわくわく感」「達成感」「感謝される気持ち」「適度な緊張感」「特殊技能という特別感」を得られる点に、喜びを感じているそうです。

現在、サークル最年長で、この道50年のベテラン点訳者の方の言葉は、中でも心に染みました。

  • l  封建的な時代であったからこそ、家庭以外の場所で自己表現をしたかったから

  • l  仕事は自分にとって家庭では体験できない興奮や喜びを得られたから

  • l  家庭以外の場で興奮や喜びを得ることが自分の力となって、子育ても両親の介護も苦にならなかったから

今から50年前にさかのぼると、まさに「女性は家庭で家事や育児に専念するべきだ」という時代の真っただ中です。その時代から家庭と仕事を両立してきたベテラン点訳者は、今、点訳のプロとしてだけではなく、女性が自らの夢と仕事を追い求め、時代の変化にも逆らわず、「女性としての挑戦と奮闘の足跡を残してきた歴史を象徴している言葉」に聞こえました。
 
実は、数年間ですが、わたしもこのサークルに所属していました。点訳に携わり感じたことは、片手間にできる仕事ではないということです。国家資格にすらなっていないけれど、この仕事に携わるには、1年間特殊な技術を学ばなければなりません。間違った情報を視覚障害者の方に伝達してはならないという責任の重さは、1冊の本を仕上げるたびに、毎回痛感していたことです。
 
しかしながら確かに、サークルのみなさんが回答されているように、点訳物が出来上がったときの達成感はひとしおでした。間違ってはならないという緊張感も、本が仕上がったときは「爽快な気分」に変わっていたことは、記憶に深く刻まれています。

点訳とは


点訳は、需要が視覚障害者に限られますので、この仕事が表舞台になることはほとんどありません。しかし、「こんな仕事もあるんだよ」という意味も兼ねて、点訳とは、どのようなことを学び、どんな作業なのか、ここで触れておきます。

点字の歴史

まるで暗号のようなこの点字は、1825年にパリの盲学校の生徒、ルイ・ブライユが考え出した表音文字です。
 
点字は、視覚障害者が教育を受ける手段、そして情報を得る手段として国際的に普及しました。6点のブロックを用いて、異なる国で、それぞれその国の言語に合わせた表記法が確立していったのです。
 
日本においては、1887年に、教員の石川倉次(いしかわくらじ)が、ブライユの点字を日本でも使えるように開発しました。まだその当時は、ブツブツと穴の開いた点字版に紙を挟み、針状の点筆で1点ずつ点を打ち、点字本を制作していたのです。

素材はさまざまですが、これが点字版です。右手にあるのが点筆です。小さな1マスに6個の点が打てる仕組みです。

用紙を挟みます。

点字は左から右に読んでいきます。点字版で打つ際は、用紙の裏側に点が浮き出ます。打った用紙を裏返しにして、浮き上がった点を左側から視覚障害は読んでいくのです。そのため点訳者が点字版に点字を打つときは、左側からではなく右側から打っていきます。

用紙の裏側にこのように点が浮き出る仕組みです。左側から読んでいきます。(黒字は説明文です)

この点字版は、昔からある代表的な点字を表記する道具です。持ち運びが便利なので、視覚障害者は、簡単な内容などは点字版を今でもよく使用しています。
 
昔はこの点字版しか点字を表記するものがありませんでした。のちに、点字用タイプライターができます。打つのがらくになったのはメリットですが、一つでも点を打ち間違えると、全ページ打ち直さなければならないのは、デメリットとなる点です。
 
そして世の中がパソコン時代に突入すると、点訳界でもパソコンに点字ソフトをインストールして、点訳作業ができるようになりました。パソコンの導入で最も便利になったことは、あとから打ち間違いがわかっても、その箇所だけを修正できるようになったことです。

同時にこの点字ソフトの登場によって、視覚障害者が得る情報量は飛躍的に増えたと言われています。
 
パソコンを使用することで、点字用タイプライターはほとんど使用しなくなくなりました。しかし完全に使わなくなったわけではありません。たとえば短文や手紙、ポストカードを打つ際は、まだ使用されているそうです。
 
パソコンで点訳したものを視覚障害者の方が読む際は、音声で聞き取り内容を理解するほか、ピンディスプレイ(*)を使い指で読むか、点字プリンターで紙に打ち出して読みます。
 
(*)ピンディスプレイとは:パソコンにつなげて、パソコン中の文章を点字化する電子機器のことです。パソコンに取り付けた文字盤に配列されているピンで凹凸を作り、文章を点字表記します。視覚障害者はその凹凸を指で触れ、文章を読み取ります。しかし表示された点字は、その場限りで、保存はできません。

点訳の仕組み

点字とは、視覚障害者が、ものを読み書きするためのツールの一つです。縦3点、横2点、合計6つの点を1マスと数え、1マス中の6つの点を組み合わせて作る表音文字です。
 
左上から下へ順に1の点、2の点、3の点、右上から下へ順に4の点、5の点、6の点と呼びます。この6つの点を組み合わせて50音、アルファベット、数字、音符などの文字を表記していきます。
 
1の点  ● ●   4の点
2の点  ● ●   5の点
3の点  ● ●   6の点
 
たとえば、50音なら、基本の「あ、い、う、え、お」に点を足して、「か行、さ行、た行…」を作ります。濁音(が、ぎ、ぐ、げ、ご など)や拗音(きゃ、きゅ、きょ など)は、もう1マス足して、「ここは濁音ですよ」などとわかるように、新しい1マス目に記号となる点を打って表記するのです。


点訳者は目で見ながら点字を打っていきますが、視覚障害者の方は、指でこの点に触れて点字を読みます。

原本に記載されている図や表も点字に直す

原本の中の図形や表は、文字に直して点字に打ち出します。視覚障害者の方は、点字に訳された文を指で読んで、図形や表を理解するのです。

読み手に合わせてルールを決める

点訳には明確な表記ルールがありません。読み手の年齢、目的(単純な読み物なのか、教科書なのか、試験問題なのか)などによって、その都度ルールを考えなければならないのは、今も昔も変わらない点訳の仕事の一部です。
 
点訳する前には、読み手に合わせてルールを決めて、表記を統一します。主に統一しなければならない表記ルールの内容は、下記のようなことです。

  • l  原本に表がある場合の打ち方

  • l  強調したい文字がある場合の印のつけ方

  • l  色別にされている見出しや文章の表示の仕方

  • l  和文の中に外国語が記載されている場合の表示の仕方

  • l  空行の入れ方(※)

※点訳での空行の入れ方とは:原本にない空行はできるだけ挿入しません。ただし、空行を入れることでわかりやすいと判断される場合は、「このような場合は空行を入れて示す」などということを、統一のルールを決めます。

点訳界にもAI時代が到来

特殊技術でありながら、資格として認定されていないこの仕事。その理由を聞いてみると、諸説はありますが、「点訳物を利用するのは、視覚障害者に限られ、需要に限りがあるからだ」という説明がありました。
 
点字版で1点ずつ打っていた作業から、タイプライターを使うようになり、そして今ではパソコンが主流で作業しています。パソコンの登場で、昔に比べると、効率よく作業できるようになったのです。
 
しかし、今、また、この点訳界にも変化が訪れようとしています。それはAI技術の参入です。近年、原本をスキャンするだけで点字に変換してくれるアプリが開発されました。

AIの登場に対して、これまで点訳に関わってきた点訳者らは、どのように感じているのか、仕事をAIに奪われてしまうという不安はないかと質問してみました。
 
点訳という仕事に誇りを持ち、仕事に喜びを感じている彼女たちなら、きっと「仕事を奪われたらいやだわ」という声があがることだろうと想像していたわたし。しかし、回答は、恐れや不安の声ではありませんでした。むしろ「便利なものができてよかった」と。
 
「上手に共存していけばよいこと。それに、更に開発が進んだとしても、人にしかできない伝え方は、AIにマネできるものではない。便利なことはAIさまにお任せしよう。そうすれば、その分、もっとよいものが提供できるわ」などと笑い飛ばされてしまいました。
 
視覚障害をもつ学生たちは、早々にAIの点訳アプリをパソコンにとり込んで授業に活用しているそうです。ただ、AI技術が開発されたとはいえ、視覚障害者個人や点字図書館などからの点訳本の依頼は、絶えずあるとのことでした。


自己表現し活躍する女性たちは輝いていた


点訳を仕事に持ち、家庭と仕事を両立させる女性の姿を紹介してきました。エレベーターのボタン箇所に表記されているブツブツとした点字のことも、少しはおわかりいただけたでしょうか。
 
近年は、家事や子育てしながらも社会で活躍する女性が増えました。女性が活躍しやすいように、現代社会の取り組みが活発になり、そのことが後押ししていることもあります。
 
しかし育児や介護など、女性の家庭での役割の範囲は広いものです。そんな中でも、家庭以外に自己表現できる仕事を見つけ、家庭と仕事を両立させて活躍する女性たちのパワーには敬服します。
 
今回、話を伺った点訳を仕事にもつ女性たちも、とてもパワフルで、自分の仕事に自信を持ち、みなさんキラキラと輝いていました。

  • l  わくわくしながら仕事を楽しむこと

  • l  依頼者に寄り添う気持ちを持つこと

  • l  時代の変化に柔軟に対応していくこと

これは、現在、Webライターであるわたしにも共感できる点です。時代の流れに逆らわず、最先端の技術とも共存し、わくわくしながら仕事をすることは、Webライターだけではなく、どのような仕事にも共通していることでしょう。わたしもこの先、生き生きと輝きながら、自分の労働力を社会にアウトプットできる女性として活動していきたいと感じた1日でした。

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【宮代会点訳サークルについて】
宮代会点訳サークルは、聖心女子大学同窓会「宮代会」の組織の中の福祉活動の一つです。1970年代初めに形成されました。現在、40歳代から80歳代の点訳者11人と、点訳者を目指して勉強中の7名の総勢18人が、このサークルに在籍。このサークルで点訳の仕事に就くに、アメリカ議会図書館出版「Instruction Manual for Braille Transcribing」を教本にして点字を学び、検定を受けます。認定されると、アメリカ議会図書館より認定証が授与され、この認定書を授与された者が、「宮代会」所属の点訳者として点訳に携わっています。
 
■主な活動(仕事)
・日本点字図書館、ロゴス点字図書館、東京ヘレンケラー協会より本や辞典などの点訳を受注
・筑波大学入試の模擬試験問題の点訳を受注
・聖心女子学院中等科2年生の総合授業において点字講習授業を担当
・個人点訳本の受注
 
※サークルの基本姿勢は「依頼は断らない」なので、一般(個人)の方からの依頼も受けています。ただし、依頼が重なって忙しいときは、納期について相談する場合があります。
 
<点訳のご依頼>
東京都渋谷区広尾4丁目3-1 聖心女子大学内宮代会館
TEL 03-3499-5747

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