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元を取るのを諦めた人間のマイペースバイキング

この世に誕生した瞬間から一貫して、身体がしょぼい。それに伴い、心の方もしょぼく育ってしまった。

3歳頃から空いている左耳の鼓膜。15歳のときに手術で塞いだはずだったが、手術後まもなく空いた。今も空いたままだが、幸い大きな支障はない。

幼稚園の頃の連絡帳には、胃の不調のやりとりが散見される。謎の肛門の痛みを訴える日もあった。肛門はともかく、胃はずっと弱めだ。すぐ痛み、すぐ音がなる。度々検査したが何もないので、九割九部ストレスだろう。

当然弱いだろうと思っていた腸は、なぜか結構強い。毎日快適な環境が保たれているのをなんとなく感じる。平均以上の腸を持っている自負がある。
強靭な腸があったから、ここまでやってこれた気もする。この腸が機能し始めて来月で29年経つ。身体も心も弱めでしょぼめな中、我ながらよう生きたと思う。



しょぼい身体に合っているのだろう、野菜が大好きだ。いくらでも食べられる。ずっと食べていられる。どんな色でもどんな形でも、なんだって食べる。

しかしこの世は野菜好きに優しくない。

毎週スーパーで驚愕する。野菜を愛する気持ちを踏みにじるかのような値段の高さである。派遣社員の財布はいつも泣いてる。当の派遣社員もつられて泣きそうになる。

それでも野菜は欠かせない。取捨選択をしながら、安い野菜と食べたい野菜をバランスよくカートに入れて毎週なんとかやりくりしている。食べたい気持ちは勿論だが、野菜は間違いなく体調を整えてくれる。


バイキングに行く

先日入手した食事券を握りしめて、夫と一緒にとある場所に足を運んだ。野菜好きにとっての天国、バイキングである。
まあホテルビュッフェみたいに高級なやつではなく、シェーキーズなので声を大にして自慢できる話ではない。
10年前に行ったきりのシェーキーズは驚くほど美味しい記憶はない。期待しすぎず、期待しなさすぎもせず、食事券の存在を有り難んで、挑む。

バイキングには「元をとる」という考えがつきものだと思う。しかし、こんなしょぼい身体を持ってして、元を考えること自体ナンセンスだ。どう頑張ろうと、元を取れるわけがない。努力ではどうにもならないこともある。

そうと決まれば、元を取らないマイペースバイキングスタイルを貫くほかない。何よりも自分のペースを崩さないことを意識する。最初から最後まで健やかにバイキングするための鉄則である。

一巡目

様子を見るため、冒険しすぎないのが一巡目のポイント
夫との野菜の量の差が一目瞭然。
バイキングは全てが自己責任なので夫の盛りは夫が自分で責任をとるだろう。

大体バイキングにはサラダバーがある。数種類の野菜をたらふく食べることができる。天国、極楽などという表現以外に思い浮かばない。別に特段美味しくなくてもいい。種類をたくさん食べられるという点に大きな魅力がある。シェーキーズにももちろんサラダバーがあった。

一巡目は“調子に乗らずに下見程度に”をモットーにやらしてもらう。野菜はいくらでも食べられるので、ベジファーストも兼ねて多めにいく。サニーレタス、にんじん、枝豆、コーン。バランスよく盛り付ける、ああこれぞ最も高い行為ぞ、最高ぞ。

二巡目

野菜をもう一盛り。冒険で1巡目に盛らなかったベーコンポテサラを盛る。
ピザは無理せず2ピース追加した。

2巡目は“1巡目のおさらい+α”といったところでやっていく。1巡目で美味しいと感じた野菜を盛り盛り。ドレッシングをかえたりできるのもバイキングの魅力。

さらにピザは8種類くらい焼かれていたが、最も食べたい2種を選び抜き、無理なく2ピースだけ皿にとる。ちなみにこれは「いももちピザ」と「チョコバナナピザ」である。正式名称はもっとおしゃれでリッチだったと思うが、大体デフォルメしたらそんな感じ。

三巡目

サラダはもう一盛りくらい行きたかったが苦しかった。
食べ合わせは気にしない。

取り方からお分かりいただけるだろうが、腹がこの時点で9分目くらいまできている。なんで食えもしないのにバイキングなんか来たんだ、これじゃ勿体無いじゃないか。罵倒する声。聞こえてはいる、理解はしている。しかしそんな声も気にせず、私のマイペースバイキングは続く。

食べられそうなものを、無理しないでとるという姿勢を決して崩さない。三巡目は自身の内臓各所と相談しながらとる。満腹状態でも食べられるものとして「シナモンアップルのピザ」、「ナポリタン」、「コーヒーゼリー」をチョイスした。

四巡目(ラスト)

焼きたての誘惑に負けてピザ1ピース追加

シェーキーズでは焼きたてピザがリアルタイムで入荷していく。

店員A 「ほげほげピザが焼きたてです、いかがですか〜」
一同  \\  いかがですか〜  //

焼きたてアナウンスが店内に響き渡る。結構な頻度でアナウンスされるのに、毎回ほんの少し店内はざわつく。客がソワソワしだす。うまそうだな、行こうかなという気持ちになる。

もう腹は10分目。どうしても食べておかねば後悔するものを逆算して考え、皿にとる必要がある。

だがしかし、人間という生き物は焼きたてに弱い。私も御多分に洩れず、焼きたての誘惑に負ける。焼きたてのエビマヨピザを1ピースとり、ついでにマカロニもとって、さらについでに美味しかったコーヒーゼリーもとって、席にとんぼ返りした。

四巡目を食して、腹はもう何も入らない状態になった。でも最後まで健やかに美味しく食べた。原価のことは気にしない。そのための食事券でもある。食事券は私のような人間のためにあるのだろうか。きっと違う。


私は少しの無理でも、身体に即時反映されてしまう。我慢容量が極小なのだと思う。ストレス耐性が皆無なのだと思う。いかにも現代人っぽく、昭和の時代を図太く生きた母と父に笑われてしまいそうな人生を過ごしている。

そうはいっても図太さはなかなか手に入らない。野菜と違ってどこのスーパーを探しても売っていない。生誕して29年が経とうとしている時点で手に入らないものは、きっとこれからも手に入らない。自分を変えるのではなく、理解して受け入れるしかないフェーズに来ている。

これからも私はバイキングへの姿勢を含め、「無理をしない」「頑張らない」といった力まない系モットーを胸に、日々を過ごしていこうと思う。


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