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やめるのをやめようとする人たちー【日本ダルク取材】

※こちらの記事は、「宣伝会議 編集・ライター講座 第41期 卒業制作優秀賞受賞作品」より一部抜粋したものです。

やめるのをやめようとする人たち

 2020年12月23日、恐らく日本一薬物依存者と接しているであろう、薬物依存者の回復をサポートする施設、日本ダルク(近藤恒夫代表)を訪れた。    同代表が理事長を務めるNPO法人アパリ[ⅰ]の事務所の中を通り抜けた奥に日本ダルクの事務所はあった。事務所兼応接室は20畳程ある広々とした空間だったが、その日そこにいたのは今回お話をしてくれたディレクターの三浦さんがだけだった。壁にはダルク設立に関わった方々の写真や、覚醒剤所持で逮捕された誰もが知る有名人の写真が飾ってある。

 インタビューを始めるや否や「高校を六年行って専門学校二年のうち一年は刑務所に入っており仕事では暴走族のビデオを作って薬物依存者の世界大会を機に30歳でダルクに来て・・と、挨拶代わりに早口で一気に経歴を紹介してくれた。ダルクのスタッフは三浦さん含め9割以上が薬物経験者だ。

 ダルクで働くことについて尋ねると、「苦しんでいる人の支えになれて嬉しい」みたいな答えが返ってくるのかと思いきや、「最悪。客層も最悪、下手なヤクザ事務所よりも全科持ちが多いし」と真逆な答えが返ってきた。しかし、やりがいは何ですか?という問いに対しては「面白いやつが多いし、秘密を平気で話せるから、心を開いて話が出来て、一日何回か大笑いが出来る。そして何よりここにいると薬をやらないでいられる」という答えが返ってきた。

 三浦さんはダルクに入って驚いた事が三つあるという。
まず、当時の建物のトイレには、決して一人になるな‐Never aloneと書かれていたこと。「何だこれは。トイレは一人になるところだろ。」と思ったそうだ。
 二つ目に、それまでずっと自分は意志が弱いと思っていた三浦さんだったが「君はとても意志が強いねぇ。親が泣こうが友達がいなくなろうが、刑務所に入ろうが、使い続けたんだろ?」とダルクの代表である近藤恒夫氏に言われたこと。初めてそんなことを言われて、意志が弱かったんじゃない、向きが違っていたんだ。と気づいたそうだ。
 三つ目は「薬をやめることをやめなさい」と言われたこと。一見矛盾するようにも思えるが、三浦さん自身も百回以上やめてきた。しかし、やめなさいと言われるとその事を考えてしまう。それよりも他の人の手助けをしなさい。(薬を)やりながらそれは出来ないから、という事だった。

 依存しやすい人の共通点は、自分の事を大切に出来ない人が多い、と三浦さんは言う。薬を使うというのは少しずつ自殺しているということ。「どうせ俺なんて」という口癖の人が多い。20年程前に三浦さんが厚生省の研究班と一緒に行った時の調査結果では、10年間家族と一緒に朝食を食べる人とそうでない人を比べると、一緒に朝食を食べていた人の方が依存者が少ない、という調査結果が出たそうだ。だから家族と一緒に朝食を食べてほしい、と三浦さんは言う。
 さらに三浦さんは続ける。「日本は薬物使用者等に対し、怖い、ダメ、と言う。しかし、風邪をひいたら喉が痛いですよ、学校行けなくなりますよ、と脅さないですよね。手を洗いましょう、うがいをしましょう、と言うでしょ。それと一緒なんです。脅しても予防にはならないんです。大切なのは、自分が少しでも人の役に立てる、と思う事なんです。回復しようと努力している人に非難をすると回復者が増えない。だから理解をして欲しい」と続けた。

  日本ダルク。そこは多くの犯罪者たちが往来し、解決困難な課題に取り組んでいる場所にも関わらず、何故か居心地が良かった。多くの人たちが頼ってくる所以かもしれない。

気づかない人たち

 依存者たちも初めは「やめられる人」だったのかもしれない。自分では気づかぬうちに「やめられない人」になっていた。もしそうなる可能性を認識していたら、依存してなかった人は多いのではないか。

 やめられなくなってしまった彼らは、仕事を失おうが、立場があろうが、捕まる可能性があろうが、もう自分の意思で抑制することは難しい。快感や娯楽や現実逃避の為だけにやるのでもない。脳が、身体が、必要としているのだ。まるで一週間砂漠をさまよった人が水を求めるかのように。人が水や空気がないと生きられないのと同じように彼等はその依存しているものがないと生きられない。そんな彼らに反省だの立場だのを問うのは愚問だと私は思う。彼らは犯罪者ではあるけど病気なんだ、と三浦さんは言う。しかし私は既存の言葉では「病気」としか言い表わせざるを得ないのだろうが、何かもっと違う適切な言葉が必要だと思った。

 取材後、三浦さんに未完成の記事をお見せした。そこには後に削除した向精神薬依存の事例も入っており依存度は変わらないのに飲むのが良い事とされてしまっているといった内容だったのだが、その部分を読んだ後頷いて、口を開いた。「仕事依存の人もそうなんだよね」と。家庭等を壊しているのにも関わらずやめられない人が多く、本人や周りも気づいていないどころかいい事として褒め称えられる。

  人は何かしら熱中しているものや、はまっているものがあると思う。しかし、それは本当にやりたい事だろうか?今すぐやめられる事だろうか?



[i] NPO法人アパリ(特定非営利活動法人 アジア太平洋地域アディクション研究所)は、既存の医療・司法システムの考え方にとらわれず、国境を越えて病的依存症の予防・回復支援に必要な情報、プログラム、人材の育成、ネットワークの構築を務座している。


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