見出し画像

内部留保課税の議論は混乱しやすい

岸田政権の掲げる「新しい資本主義」は成長と分配の好循環ですが、与野党問わず企業の内部留保を活用して労働者の賃上げをしろ、内部留保に課税して消費税を減税しろ、という主張が増えています。
共産党は、「内部留保は、利益から株主配当や役員賞与などを差し引き企業内にため込んだものです。アベノミクスのもとで2012年から 20年にかけて内部留保は130兆円も増え466兆円になる一方、働く人の実質賃金は年収で22万円も減りました」と言って、内部留保への課税を提案しています。自民党の方も、税制調査会で内部留保課税が議論されました。
確かに、内部留保が企業が貯め込んである現金や預金なら、それを労働者に分配する、あるいはそこに課税するというのは、政策としてあり得る話でしょう。

しかし、内部留保という言葉は会計用語ではなく、人によって意味が違ったりして議論が混乱しています。
企業会計では、経常利益に一時的な損益を加味し、法人税や住民税などを差し引いた残りが当期利益(純利益)となります。当期利益から株主へ配当し、配当しない分を毎期積み立てたものが利益準備金です。
内部留保が、当期利益から株主へ配当した残りを意味するなら、「内部留保は過去最高の484兆円です。 それが役員報酬と株主配当にまわりました」という金持ちをやり玉に挙げる言い方は間違いになります。当期利益は、すでに役員報酬や配当をした後に残るものだからです。

一方で、内部留保が利益準備金を意味するなら、内部留保に課税しろというのは若干意味不明です。利益準備金は、貸借対照表の貸方(右側)にあるもので、現預金や不動産などのように何らかの実体があるものではありません。貸方にあるのは、借方(左側)にある資産が存在する原因、つまり借金なのか、あるいは株主からの出資なのか、ということに過ぎません。なので、企業の現金や預金に課税するという資産課税なら意味は明確ですが、内部留保に課税すると言うのは、ちょっとおかしいということになります。

「内部留保」を賃上げに回してもらうのは、政府としては、企業や経済団体に対するお願いベース、あるいは内部留保を活用して賃上げした企業に特典を与えるといった方法でしかできません。給料をどうするかは、法令の範囲内であれば、あくまで企業の自由だからです。
それで、給料を増やす分配政策あるいは景気対策として、内部留保に課税して賃金や設備投資を増やすように誘導するという「内部留保課税」の主張がされているのです。これは、税を負担する能力の大きい人にはより大きな負担を求めるという垂直的公平の観点から、意義のあることではあります。
しかし、企業が内部留保に課税されないように人件費や設備投資を増やして利益を減らそうとすると、過剰な雇用や設備投資になってしまう可能性があります。そもそも内部留保に課税しても、賃金や設備投資が増えるとは限らないという人もいますし、内部留保を減らすと、いざというときの備えがなくなり倒産リスクも高まります。

「内部留保を賃上げに回せ」というのは、選挙用のプロパガンダならまだしも、実際に導入するには、何に課税するのか意味を明確にして国民に説明し、その効果や影響を見極める必要があるでしょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?