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LanLanRu文学紀行|黒い兄弟

リザ・テツナー著

舞台:1830年頃 / スイス・イタリア

『アルプスの少女ハイジ』を読んだら、同じくスイスを舞台にした、こちらのお話も読みたくなってしまった。『黒い兄弟』。日本では、世界名作劇場のアニメ『ロミオの青い空』の方が通りがいいかもしれない。
煙突掃除夫としてミラノへ売られたジョルジョが、同じ煙突掃除夫の仲間たちと秘密結社「黒い兄弟」を結成して、助け合いながら困難な中を生き抜いていく。実際に行われていた、児童売買と児童労働をテーマにしたお話。

煙突掃除夫というお仕事

ジョルジョたち「煙突掃除夫」の仕事は、煙突の中の「煤」をきれいに取り除くこと。暖炉で石炭や木を燃やすと煤が出るが、これが煙突の中にたまってしまうと、火がよく燃えないばかりか、煙が逆流して火事の原因にもなってしまう。
だから煙突掃除は暖炉を使う家では欠かせないのだが、もちろんエアコンのフィルター掃除のようにはいかない。上手にやらないと、部屋まで煤だらけになってしまうし、高いところに上らなければいけない危険な作業だ。それに、煙突といっても垂直のものばかりではない。3階や4階建ての大きな家になると、一 軒の家の中でも、煙道となる煙突が複雑に入り組んでいて、とても素人の手に負えるものではない。それで煙突がつまると「煙突掃除夫」が呼ばれるようになった。

さて、この「煙突掃除夫」。煙突は狭いので、この仕事には体の小さな子供がぴったりだった。身寄りのない孤児や貧しい家庭から売られた子供たちが煙突掃除夫として雇われていたが、そうした子供たちの記録に注目したのが『黒い兄弟』の作者、リザ・テツナーだった。

児童売買の記録から生まれた『黒い兄弟』

リザ・テツナーはもともと童話の語り手として知られている。ドイツ出身の女性で、ラジオを通じて子どもたちに物語を聞かせる仕事などをしていたが、ナチ政権発足後、ナチスに反抗してスイスへ亡命したところ、亡命先のスイスの図書館で、煙突掃除夫として子供たちが売られていた古い記事を見つけたという。リザ・テツナーはその記録を題材に小説を書いて、1941年、スイスで『黒い兄弟』を出版した。
彼女自身の言葉が巻頭に書かれているので、その一部を引用したい。

 スイス国立図書館の古い記録のなかから、わたしはある変わった報告を見つけました。それは『小さなスイスの奴隷たち』という題のものでした。昔、ティチーノ地方の山奥に住む貧しい農夫たちは、八歳から十五歳になる自分の子どもたちをミラノの煙突掃除夫に売っていたことがあるというのです。
 その報告書には、こう書かれていました。
「子どもたちはぼろをまとい、多くは裸足のままで、たとえそまつな靴をはいていても靴下まではいている子はいなかった。子どもたちは寒さにふるえながら、食べる物もろくにもらえず『煙突掃除!煙突掃除!』と声をからして一日中、歩きまわらなければならなかった。売られた子どもたちは、まるで動物のように小船のなかにつめこまれ、ロカルノからマジョーレ湖の対岸のアローナへと運ばれた。そんな船の一せきが最近カンノビオとカネロのあいだで転ぷくし、十六人の子どもたちが溺死した」
 この古い記録から、わたしはジョルジョとその仲間たちのことを知りました。小さくて器用なばかりに、下から煙突にもぐりこんで屋根までのぼり、素手で煤をかき落とさなければならなかった子どもたち。その、手に汗にぎる物語を、わたしはみなさんにお伝えしたいと思います。

『黒い兄弟』に描かれる 煙突掃除夫の少年たちの厳しい生活

『黒い兄弟』には、煙突掃除夫の少年たちの過酷な生活が描かれている。彼らは太るからと食事もろくにもらえず、煙突にもぐりこんでは煤をかき落とさなくてはならなかった。煙突掃除の仕事は危険なもので、窒息死や転落死などで命を落とすこともある。
主人公のジョルジョも、煙突の中で身動きがとれなくなって、危うく命を落とすところだったが、カセラ先生に救われて九死に一生を得た。体に悪い煤を吸い続けているために肺も悪くなっていたようだし、餓死寸前の栄養失調の状態だった。もちろんそれはジョルジョだけの話ではない。

ほとんどの少年が親方の家で乱暴を受けていました。赤毛は納屋で眠り、アントニオは家畜小屋を寝床にしていました。ダンテは、すきま風の吹く寒い玄関で寝起きしていたので、一日中、体のふるえがとまりませんでした。
「食い物はあまりもらえないんです。太らないように」とアウグストがいいました。
「なぜ、太ってはいけないんだい?」先生は、アウグストの目を見ながらたずねました。
「太ったら、煙突に入れなくなるからです。煙突掃除夫はやせっぽちじゃなくちゃいけないんです。太ったら、役に立たないですからね」

あすなろ書房『黒い兄弟』下巻 p204

結局ジョルジョ達は、生きのびるために「スイスでならきみたちの味方になれる」というカセラ先生の言葉を信じて、ミラノから逃げだすしかなかったのだった。

『黒い兄弟』関連作品

世界名作劇場のアニメ「ロミオの青い空」
世界名作劇場の中でもファンが多い作品と聞くが、私自身何度も見返しているので、その気持ちはよくわかる。

主人公の名前はロミオになっているし、ストーリーも大胆に変えているので、原作の『黒い兄弟』とはまるで違う。けれどもアニメとしてはそのほうがよかったのだろう。原作は少年売買や労働の苛酷さが中心に描かれているが、「ロミオの青い空」はロミオとアルフレドの友情物語だ。
アニメの中では、アルフレドは正義感が強く勇敢で頭脳明晰。『白鯨』を愛読し、12歳にしてヴォルテールを暗記するほど読みふけるのだから、本当にずば抜けている。ロミオ自身は文字も読めない無学な少年だったが、アルフレドの想いを受け継ぎ、勉学に励むことになる。
アルフレドが願ったのは、子供たちが差別されることなく、誰もが自由に学び、生きられる世界だった。日本で暮らしていると忘れがちだけれど、世界にはまだ学校に行けない子供たちがたくさんいる。学ぶことができる幸運を忘れないためにも、また、学ぶ意味を考えるうえでも、大切にしたい名作アニメだと思う。

■煙突掃除夫を題材とした作品
・『水の子』(チャールズ・キングズリー著)
■同年代のスイスを描いた作品
・『アルプスの少女ハイジ』(ヨハンナ・シュピーリ著)


〈参考文献〉
・リザ・テツナー著『黒い兄弟 上』(あすなろ書房, 2021)
・リザ・テツナー著『黒い兄弟 下』(あすなろ書房, 2021)
・野間正二(2008)「煙突掃除人バートは、なぜ「最高にラッキー」なのか 
   ー煙突掃除人のイメージの変遷ー」
  https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/ER/0015/ER00150L001.pdf


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