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祭りのあと

試合開始のホイッスルは主審の動きに注意していないと聞き取れないほどだった。

J2昇格の可能性を残したまま迎えたホーム最終戦。
今シーズン最多の7,562人が詰めかけた白波スタジアムはキックオフ直後から熱気に包まれていた。

けれど、試合のスコアはなかなか動かない。
勝たなければ上位チームの結果次第では完全に昇格の可能性が絶たれるという状況で、時間が経つのが早く感じる。
ここ数試合、勝ち切れないことが続いていたこともあって、観ているだけでも焦りが募ってきていた。

それでも声援や手拍子がやむことはなかった。
昇格したいというだけではなく、ホームでの勝利が見たいという思いがスタジアムを満たしていた。

そうして迎えた後半40分。
スタジアムは静寂に包まれた。

左サイドをドリブル突破した圓道選手がふわりとクロスを上げる。
中で待ち受けていたロメロ・フランク選手が頭で合わせる。
身体をひねって枠内にボールを押し込もうとする気迫が伝わってきた。
そのボールを相手GKが触った、ところまでは見えたけれど、ボールの行方がわからなかった。
きっと多くの観客がそうだったのだろう。スタジアムはしんと静まり返った。

おそらく時間にしたら1秒もないほどのあと。
ボールがゴールの内側に転がっているのが見えて、サポーターたちは立ち上がった。
歓声と拍手が巻き上がった。
試合開始のときに最高潮に達していたと思われた雰囲気は、さらに高まった。

明治安田生命J3リーグ 第33節
2022年11月13日午後1時2分キックオフ@白波スタジアム
鹿児島ユナイテッドFC VS FC岐阜
1-0(0-0、1-0)
天気:曇り 気温:27.8℃
入場者数:7,562人

油断した

この日もいつものように試合開始の2時間前ぐらいに白波スタジアムに着いた。
これまたいつも通り、バックスタンドで席を確保すると、いったんスタジアムを出るとメインスタンド側へと回る。

スタグルを食べるのはもちろん、この日はワンタッチパス会員向けの抽選会も目当てだったのだけれど、すでに終わってしまっていた。
1,100人に当たるというので、油断をしていた。
当選確率がどの程度だったのか分からないけど、当たる当たらないは別にして、抽選ぐらいはできるつもりだった。
それほど多くの人がスタジアムを訪れていたということなんだろう。

気を取り直してスタグルの列に並ぶと、スタグルエリアの端のほうが見渡せないほど多くの人であふれかえっていた。
年々増えているユニフォームを着用している人が多いのはもちろん、前回のホーム戦で配られたTシャツを着ている人の姿も目立った。
きっとこうやってサポーターの数が増えていくんだろうなと思う。
やっぱり人が多い所というのは、そこにいるだけでなぜだか楽しく感じる。
祭りが楽しいのもそのせいなんじゃないかと思う。

そんな楽しげな様子を眺めていると、列に並ぶのも苦にならない。
この日は選手の背番号や出身地にちなんだメニューを提供するコラボフェアをやっていた。
いくつか気になったメニューの中で選んだのは岡本將成選手とコラボしたとやまポークカツカレー。

とやまポークを食べるのは初めてだったけど、甘味を感じられる豚肉でおいしかった。
次節の相手は富山だし、ゲン担ぎ的にもいいメニューだった。

アディショナルタイムは6分

冒頭で書いたように試合は最高の雰囲気で始まった。
チームも自分たちの、鹿児島らしい、サッカーを展開できていた。
惜しいシュートも何本かあった。
シーズン当初のように声出しがなければ、ため息が大きくなっていたのかもしれない。
けれど声出し応援の戻ってきたスタジアムの熱気は衰えなかった。

後半40分に先制してからは、重心が少し後ろになって、押し込まれる時間が長くなった。
そんな展開の中、表示された後半のアディショナルタイムは6分。

1点差で勝っている状況では、長すぎると感じる時間だ。
ただ、この日は少し違う感覚だった。
もちろん、同点にされてほしくはないのだけれど、でももっとこのチームのサッカーを見たいと思っていた。

ホイッスルが鳴った

結局、スコアはそのまま動かず、鹿児島ユナイテッドはホーム最終戦を勝利で飾ることができた。

試合が終わって覚えた感情は勝利の喜びとか高揚感ではなく、寂しさだった。
終了直後に2位の藤枝が勝って、昇格の可能性がかなり低くなっていたこともわかっていたけれど、寂しかったのはそのせいじゃない。

このチームの試合を目の前で見られるのが最後だったからだ。
うまくいかない試合もあったけれど、勝利で終わる試合では選手たちはほんとによく走っていた。
この日の試合だって、決勝点を奪ったロメロ・フランク選手は最後に足をつっていた。
見ていて気持ちのよくなるサッカーができていた。

それに加えて、この日のスタジアムが多くの観客でにぎわっていたのもあるんだろう。
祭りに行って、屋台でおいしいものを食べて楽しんで、でもその帰り道が少し寂しい感覚に似ている。
試合中は半そでのユニフォームでも暑く感じていたのに、試合後のセレモニーのころには肌寒くなってきていたことも相まって、寂しさが募った。

鹿児島ユナイテッドが今年戦う試合はあと一つ。アウェーでの富山戦。
気軽に行ける距離ではないので、DAZNでの観戦になる。
逆転昇格の可能性は著しく低い。
でも、最後まで鹿児島らしいサッカーを追及してほしい。
その姿を観られたら、長いシーズンオフを乗り越えられる気がする。


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