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【読書感想文】〆切本

締め切りとは作家のみを苦しめるものにあらず。学生ならば宿題や試験が、社会人ならば納期や発表日が存在する。締め切りに苦しむ作家の姿は他人事ではなく、読者の人生すら重なって見えるものである。

新刊というわけでもなく図書館でふと目に入って借りたのだが、いつかどこかで書名を聞いたことがあったのかもしれない。ちょうど明治~昭和の文豪の随筆や手紙の類いに興味を持っている時期なので、目次をめくって知った名前がいくつもあるのを見て読み始めた。

本書の中では、締め切りに追われ、精神的に追い詰められ、時に体調を崩し、他人に迷惑をかけることを恥じては自信を失い、関係者に頭を下げ、あるいは逃亡し、しかしなお原稿は上がらない、という作家たちの悲鳴が切々と綴られている。はじめのうちはそれを、「あれほど高名な文士でもこんな人間らしい言葉を書き残しているものか」と、さながら美術館の展示品でも眺めるような気持ちで読んでいるのだが、そのうち記されている文章が自分の身の上と重なってくる。学生時代を越え社会人生活を送る中で、締め切りに追われたことのない人間などおそらくいないのだから。

個人的には締め切りというものは非常に苦手だ。締め切りに限らず、人と約束をするというのがあまり好きではない。もし破ってしまったら信頼を損なう、という不安が先に立つのだ。最初から約束などしなければ破ってしまう恐れもない。けれど、そうやって締め切りを作らずに何かの仕事を為せるかというと、おそらく難しいだろう。もし破ってしまったら、という不安があるからこそ、手を動かすことが出来る。締め切りも不安もなく「まあいつか完成するだろう」という心持ちでいては、完成より先に寿命がやってくる。寿命は人生の締切、とは、本書から受け取った最も強烈なメッセージのひとつである。

そういった真面目な感想もあるが、一方で、名前をよく知る作家の「1日の執筆ペース」が具体的に記されている、という面白さもある。自分は現在ほとんどの外部に出す(格好付けた言い方をしているが要するにSNSや文章投稿サイトに載せると言う意味だ)文章はデジタルで書いているため、文章の量といえば文字数であり、自分が1時間に(あるいは1日に)どのくらいの文章が書けるかということは文字数で把握している。そのため、原稿用紙に何枚、という記述を見るたび400字をかけて文字数を算出しては、なるほどなるほど、と訳知り顔をする、といった楽しみ方をした。

ちなみにこの文章はここまでで原稿用紙2枚半である。文字数も締め切りもない上にいつ終わっても構わない文章だから何とも思わないが、1日中机の前で唸って2枚しか書けない、と嘆く作家の目の前にある文字量だと思うとなんとなくしみじみとした気持ちになるので不思議なものだ。

付記:リンクを張るためにAmazonを見たらどうやら続編の「2」が出ているらしい。こちらにも有名な文豪たちの名前が連なっていたので、是非読んで見たい。

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