見出し画像

【お題 掌編小説】001/366

as far as I know様のセットお題『仮想惑星』よりお題をお借りし、1時間程度で書いた掌編です。

001 沈黙を語り聞かせるごとく

 カシャン、カシャン、と金属の板がこすれ合う音を立てながら、プレートメイルをまとった一人の兵士が森へ続く道を歩いていた。戦争が終わり、村に戻ってきたその兵士を迎えたのは、どこかよそよそしい村人達の眼差しだった。兵士は自分がどの家に帰るべきか分からなかったし、みなもまたそれをどう伝えるべきか分からない様子だった。
 兵士には生まれたときの記憶が無い。ただ、村の人たちが、この村を代表して戦争に行って欲しいと頼むので兵士になった。いつの間にか持っていた鎧兜や槍は妙に体に馴染んだため、兵士はもしかしたら自分は最初から兵士になるために生まれたのかも知れない、と思った。
 村の広場で途方に暮れている兵士を見かねて、ついに誰かが、石工の家に行くといい、と言った。だから兵士は、森の中にある洞窟の近くで、石を採っては形良く削っている老人の家を目指して一人歩いていた。
 やがて視界が明るくなり、目の前に切り立った崖が現れる。ぽっかりと黒い洞窟が口をあけているそのかたわらには、小さいながら立派な石造りの小屋が立っていた。その小屋の前に立ってみても、兵士はそこが自分の帰るべき場所であるかどうかよく分らなかった。けれども、他に行く当てもない。木製の扉を叩くと、こつこつ、と硬い音がした。

「ごめんください」

 ややあって扉が開かれると、そこには白髪頭の、体の大きな老人が立っていた。顔はしわだらけではあったが、山の中で暮らす者らしい精悍さを持ち、その体は鍛えられている。何者にも動じないような、まさしく石のような印象の男だった。一瞬その姿に圧倒された兵士は、慌てて口を開く。自分は村の兵士で、戦争から帰ってきたところだということ。帰る場所が分からなくて困っていたところ、村人にここに来るよう言われたこと。兵士が話している間も、老人は一言も口をきかなかった。けれど、兵士が自分の事情を話し終えると、扉を大きく押し開けて彼を中に招いてくれた。
 石工の家は、ほとんどの空間が作業場だった。床の上には石材にするために削り出されたらしいブロック状の石が転がっており、机の上にはそれよりもずっと大きくて重そうな石の塊が乗せられている。老人はその前に置かれた背もたれのない椅子に座り、やはり、一言も口をきかなかった。
 兵士は家の中に案内されるまでの間も、そして作業場についてからもとめどなくしゃべり続け、いくつもの質問をした。ここは本当に自分の帰る家なのか。自分と石工はどういう関係なのか。自分は生まれたときの記憶がないが、それは何故なのか。老人はその質問には答えず、じっと兵士を見つめていた。不意にその眼差しを、自分はどこかで見たことがある、と兵士は気付いた。

「私は以前にもあなたと会ったことがあります」

 そう告げると、老人はやわらかく目を細めた。

「私は……」

 兵士は作業場をぐるりと見回す。机の上に置かれた石の塊は、人の形をかたどった彫像のように見えた。

「私は、ここで生まれた……」

 兵士はこの家に着いてからずっと開いていた口を、静かに閉じた。片手を腰の横に添え、槍を地に立てる。足下はしっかりと大地を踏みしめ、顔は大いなる敵を睨み付けるようにやや上方を向ける。それが、兵士が生まれたとき、否、つくり出されたとき、つけられていた姿勢だった。
 動かなくなった兵士を見つめていた老人は、ゆっくりと椅子を立った。先ほどまで光を反射して鈍く光っていた鎧兜も、オリーブ色をしていた瞳も、今は灰色の石になっている。その表面を慈しむように撫でながら、ようやく老人は口を開いた。

「そう、お前は私がつくった。この村は小さく、若者も少ない。それでも戦争には、人をやらなければならなかった。誰も自分の息子を戦場にやりたくなどない。だから兵士の石像を作り、兵士となるように願った」

 願いを聞き届けた石像は、その日から兵士になった。

「そして今、お前が何を願われているか……やはりお前には分かるんだろう」

 石像はもう、何も喋らなかった。

(1669文字/76分)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?