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不幸という夜が明けた先に@トグルという物語/エピローグ

2023年6月。

トグルの事業は重要な局面に差し掛かっていました。伊藤嘉盛よしもりに続いていたのは、眠れない日々です。当時の彼は、連日のように考える日々を過ごしていました。頻発していたのは、5日間にわたり睡眠時間が3時間以下のような状況です。加えて海外への出張が重なっていました。時差や移動の疲れなどにより、2023年5月、6月あたりから彼が気にかけていたのは、自らの体調です。思考のパフォーマンスが落ちている実感が、本人にありました。その状況を心配していた私『S』は、彼との打ち合わせの冒頭、体調を尋ねることが習慣になっていました。

S:最近の体調はどうですか? 眠れていますか。

伊藤:眠れていないです。今日も5時...5時半まで寝ることができなかったですね。

S:ベッドで身動きせず、水も飲まずに考え続けてしまって眠れない、というやつですか?

伊藤:でも事業アイデアを1つ生みました。

S:夜中に?

伊藤:はい。事業は、SaaSのビジネスというか。なので、いいかな、という感じですけど。

S:晴れやかな気持ち?

伊藤:まあ...少し複雑です。それよりも、トグルのマネタイズについて、いろいろと考えていて、それで気づいたことがありまして。ミッドジャーニー(Midjourney)を使ったことがありますか?

https://www.midjourney.com/home/

Midjourneyとは、画像を生成する人工知能プログラム。文字入力による説明文から、画像を作ることができ、AI関連の動向にアンテナをはっている、イノベーターやアーリーアダプターの間で爆発的な人気を集めたサービスです。

S:数回ですが、あります。

伊藤:ミッドジャーニーが画像を生成する過程に、めちゃくちゃ似ているなと思って。ぼんやり考えて、もう1回シミュレーションして、具体化して、もう1回考えて、さらに具体化していくっていう過程です。私が夜中に考え続けるときと、すごく似ています。「ぼんやりしたアイデアから考えて、事業へと具体化するっていうのを繰り返して、シミュレーションして、答えを出すというのをやってるんだな」と。私も、映像で考えるんですよ。

S:文字や文章ではない?

伊藤:はい。「商談先に営業へ行って、何を話すかをシミュレーションし、実際に行ったら、どういう提案書を開いて、何ページ目の、どんな提案が書かれてる場面で、どんなリアクションをもらう」のようにです。提案書の枚数も5ページあるなら、その枚数分の資料をちゃんと想像します。

S:資料には文字もあるんですか?

伊藤:あります。「クロージングで、どういう話をして、契約はどうなって、社内に戻って来て、エンジニアにどういう指示を出して、営業メンバーにも指示を出して」というのを全部、頭のなかでシミュレーションします。

S:実際に相手がいて、相手の返事もシミュレーションする?

伊藤:します。それが全部、具体的な映像として頭のなかで動きます。

S:すごいな...映像というのは、映画やドラマのような動く映像?

伊藤:そうですそうです。それを何回も、何周もやるんですよ。ずっと、ぐるぐる。

S:1周目で商談先からダメ出しがあったので、2周目を初めからやって商談先のダメ出しを乗り越えよう、みたいな?

伊藤:そうです。そこから、同じ順番でやります。すると、だんだん各工程の詳細が肉付けされ、内容が鮮明で情報量が詰まった資料になるんです。逆に、つまずくポイントも、かなりハッキリします。

セールストークの
ここが
いつもスムーズに
話せない
そこを改善すると
この事業の特徴は
3つだ
そうなると
パワポの資料構成は
こうだな

伊藤:という具合に想像するんです。一旦、アイデアが固まったら次は社内です。そこから事業が立ち上がって資金調達になって、上場時の企業価値を評価するところまで、一連の流れでシミュレーションします。つまずくことなく1周できたら、2周目です。もう1度やり直して、粗い工程を見つけます。見つかったら、2周目の最初に戻り、3周目です。最初から、もう1回、繰り返す。というのを4時間、5時間、夜中にやるんです。

S:今朝も、それを5時半までやっていた?

伊藤:はい。

S:打ち止めというか。明け方の5時半に思考実験を終わることができるのは、何をもって終了なんですか?

伊藤:完成度が高い、という判断ですね。「おおよその完成度が高くなったら止まる」という感じです。

S:完成度が「1」から「10」があるとして「10」が最高得点。その場合「おおよその完成度が高くなった」とは10段階の、どのあたり?

伊藤:アイデアという観点なら7、8、9です。最初は、もっと粗いんです。

S:粗い状態を10段階でいうと?

伊藤:ゼロですよね、1ですらないというか。アイデアとしては「あのプロダクトでマネタイズしたいな」のような、ただ、それだけから始まります。

S:何の形にもなっていないというか、願望や希望だけがある感じ?

伊藤:近いですね。そこからなんです。「あのプロダクトでマネタイズしたいな」「ということは、じゃあ営業へ行こう」そうなって実際に営業先の場面を想像します。

S:自分が営業先にいる映像が見える?

伊藤:見えます。そこで「どういうプレゼンをするのか」を考えます。「どういうキャッチコピーで売るのか」を想像し「こういう反応が来るから、そうか。これは初期費用で、もらうのではなくて反響課金か。成果報酬型の仕組みがいいな」というのがわかるんです。

S:次は?

伊藤:次は...「成果報酬型のプランは1件あたり、じゃあ、だいたい10万円で設定しょう。すると仲介手数料の場合は、仲介手数料の10%ぶんくらいまで、もらえるかな。それなら料金プランを検証し直そう」となります。料金プランが決まったら、そのプランを持って、もう1度、営業に行って商談です。プレゼンを始めて、相手から反応をもらって、契約になって、それから社内です。

S:社内とは?

伊藤:「エンジニアに、どうやって詳細を伝えて物を作るか」を考えます。考えていると「プロダクトのなかは、ああいう組み込みかたになるから、物の売りかたは、こっちのほうがいいのかな」のような気づきがあって。気づいたら、もう1回、最初に戻ります。

S:戻るとは?

伊藤:営業先ですね。

S:最初のプレゼンをするところから?

伊藤:いちからプレゼンです。

S:ここまでの過程は全部、映像なんですか?

伊藤:映像です。プレゼンを始めて、相手から反応をもらって、契約になって、社内に戻って「エンジニアに、どうやって指示をして物を作るか」を再度、考えます。だんだん物が、できあがっていくわけです。できあがったら、シミュレーションの対象は売上に移ります。「このプロダクトで10社から受注が取れたら、大まかな組織の体制やマネジメントを誰がやって、営業スタッフが何名ほど必要で、エンジニアの体制はどうなって」と想像する。次は「それが10倍に、さらに10倍になったら、売上は月に5,000万円になって、そうなったときの組織体系は?」みたいなことを考えて「そうすると、エクイティストーリーのなかで株主に対して、どんな説明になるか。既存の売上が、いくつかあるなかで、この新しい売上が立ったときに投資家からは、どういうQ&Aが出るだろうか。その質問には、どんなアンサーを出すのが望ましいか」となります。これは個人投資家、機関投資家、既存のエンジェル投資家、ベンチャーキャピタルの、すべての場合のQ&Aバージョンをシミュレーションします。すべてのQ&Aをやり終えて「なるほど。このプランだと機関投資家からの印象は、よさそうだから企業価値は上がりそうだな。ビジネスを拡大するために機関投資家から調達するには、どうしたらいいだろうか。そのためには、こういうリストがあるな。じゃあ、そこで機関投資家に話をするなら、どういうプレゼンがいいだろうか」そうなって、またプレゼンが始まって...という感じで、延々と続いてしまうんです。全部、映像で。

S:映像って、どのくらいのクオリティなんですか?

伊藤:なんか、ぼやけていて。それが、とてもミッドジャーニーっぽいんです。

S:ぼやけている感じは、粗い画像?

伊藤:はい。

S:しっかり動いていて、映画やドラマのような、滑らかな映像なんですか?

伊藤:そうです。

S:完成度というか、解像度みたいなハッキリ感は?

伊藤:映像の完成度としては6割、7割くらいの感じですね。

S:かなり昔のテレビ放送だと映像が粗いですよね。細部まで見えない。白黒放送とか。粗いというか、ぼやけている感じは、そうした古い映像の感じですか?

伊藤:近いですね。

S:場所や人物などは認識できる?

伊藤:できます。映像では、プレゼンは会議室の机でやっています。

S:そのシミュレーションを伊藤さんは昨日の何時から、やってたんでしたっけ?

伊藤:昨日は夜中の1時から明け方の5時半までです。

S:4時間半...。冒頭で「上場時の企業価値を評価するところまで、一連の流れでシミュレーションします」と話していましたよね。そこまでで1周だとして「あのプロダクトでマネタイズしたいな」という、ゼロに戻って始まるというのは、4時間半のあいだに何周くらいするんですか?

伊藤:10周するのかな、という感じです。

S:そのシミュレーション、思考実験をするときは平均して毎回、何周くらいするんですか?

伊藤:5周から10周です。5周は少ないときですね。

S:5周から10周が、アベレージ?

伊藤:アベレージです。

S:毎回、伊藤さんは深夜の思考実験で4時間半を考え続ける。「あのプロダクトでマネタイズしたいな」みたいな最初の願望から「上場時の企業価値を評価する」という最後まで、一連の流れでシミュレーションする。それは平均して最初から最後までを5周から10周する。そのアイデアの完成度は10段階で7、8、9くらいの水準になると。ここまでが、伊藤さんのなかでは、1つのかたなんでしょうか?

伊藤:ああ、そうですね。

伊藤:いま説明したのはビジネスの立ち上げなので、株式の調達まで含めて、大きいプロジェクトになってしまいます。いち機能の場合なら、たとえば、ChatGPTを使って記事を作るとか、わからないですけど。そういう機能単位だと、どういう構成で画面のデザインがどうで、画面の遷移がこうで、みたいなことをずっと考えます。

S:実際にあったことで、直近だと機能単位の具体例はありますか?

https://toggle.co.jp/mine-value/

伊藤:『SKETCH(スケッチ)』というプロダクトの、アクイジの物件配信機能みたいなのがあるんですけど。物件配信機能は結構シンプルなので、それも結局はマーケティングというか。誰に売るかっていうところから、プレゼンがスタートして。「どういう機能が刺さるのかな」「いくらくらいで売れるんだろう」「どういう機能を持てばいいのか。ノーコードで(コードを書かずに簡単に)作るためには、どうしたらいいんだろうか」そういう感じで考えていきますね。そのときは2時間程度で終わったんですけど。

S:深夜の思考実験が?

伊藤:はい。

S:何周くらいしたんですか?

伊藤:それでも5周から10周くらいですね、やっぱり。

S:でも2時間?

伊藤:はい。

S:めちゃくちゃ興味深いな......。整理のための繰り返しの質問になりますが、5周から10周するというのは思考実験の、かただと。それをアイデアから1度、企画書に落として商談するっていうところから、実際に詰めていって、プロダクトになっていく。プロダクトでなければサービスなのか、社内の運用なのか...という具合に進んでいくかたとしての思考実験があるわけなんですね。

伊藤:かたですね。気づいたんですよ。「これミッドジャーニーっぽいな」みたいな。

S:夜中に考えちゃう、みたいなことは、いつ頃からですか?

伊藤:以前からです。そういう意味なら学生時代に音楽をやっていたんですが、その頃からです。

S:音楽をやってた頃の商談先は、どんな人を想定していたんですか?

伊藤:ライブですね。

S:ライブハウスのオーナー?

伊藤:うーん...。弾き語りで、どういう曲の構成にしてとか。そういう意味ではお客さんなんでしょうね。ライブに来る人、ユーザーというか。

S:質問を変えます。「ミッドジャーニーのようだ」と、自分の思考実験の特徴を1つ掴んだとき、どう思いました?

伊藤:「ミッドジャーニーは、よくできてるな」と思いました。でも当然ですよね。いまのAIは全部、人間の脳科学などからヒントを得て、作っているわけですから。当然です。「同じだな」と。同じだなというか「なるほどな」と思いました。

S:興味深いなぁ...。伊藤さんの思考というか、アイデアをゼロから生み出して具体化していくプロセスは、ChatGPTやミッドジャーニーに代表されるAIのようだと。人間である伊藤嘉盛よしもりが、それらのAIと同じようなプロセスをたどっているということですよね。それが裏付けされたというか。

伊藤:確かに、そうですね。

S:今朝、生み出した事業アイデアについても聴かせてください。

伊藤:今朝の思考実験は「賃料が高いマンションを企画しないといけないな」という願望というか希望から始まり、屋上にドッグランが付いた、ペット可マンションに行き着きました。このときの出発点は「屋上にドッグラン作るのは、どうだろうか」というアイデアです。そうなると屋上にドッグランを設置する。「ペットを飼ってる人が喜ぶから、賃料は上がるだろう」と。最初は、真っ新らなマンションの屋上をイメージします。そこにドッグランを作って。

S:伊藤さんの頭のなかで?

伊藤:頭のなかで。そうすると、エアコンの室外機や給水、変圧器などの制御装置は、どこに置くんだろうと考えながら。あと柵の高さ。

S:ドッグランの?

伊藤:そうです。「芝は、どうやるんだろうな」とか。そうしたマテリアルを1つひとつ確定させていきます。それでドッグランを作ったら、オペレーションです。たとえば掃除のオペレーションをどうするんだろうと。実際に犬が走ったのをイメージして、走り終わった犬がいなくなりました。すると、オシッコやウンチが気になります。これを自動的に流したらどうか。「自動で流すと、屋上の防水が痛みそうだな」みたいな。その問題が課題として残ります。そういう感じで1つひとつ、どんどん映像を繰り返します。「じゃあ3年後は、どうなっているんだろうな」となります。

S:どうなってるんですか?

伊藤:柵の張り替え時期が来て、屋上防水が弱くなっている恐れを考えました。それは利用が進んだ場合ですが、一方で使われなくなるケースが起きたらどうか。これを時系列で、次から次へ進めていく感じですかね。

S:その思考実験は結果、どうなったんですか?

伊藤:結果は、ものすごくシンプルで「なんか、いいな」という仮説に至ったので、みんなに話すんです。

S:みんなとは、トグルのメンバー?

伊藤:そうです。

S:これから?

伊藤:もう話しました。さっき、ランチしながら気軽に話したんですけど、なんていうか...みんなからすると文脈が飛んじゃってるんですよ。

S:文脈とは、前の晩の思考実験ですか?

伊藤:それもありますね。でも私からすると、あらゆる可能性を検討してて。

S:あらゆる可能性とは?

伊藤:サウナ付きとか。

S:サウナ付きのマンション?

伊藤:そうです。でも、サウナだと屋根を設置する必要があります。そうなると容積率にひっかかる恐れがあったり、メンテナンスの頻度やコストなどで手間がかかったりとか。いや、もちろん、サウナについても何周も、シミュレーションしてるんですよ。シミュレーションがボツになってるんです。みたいな感じでなんですが「ドッグラン付きのペット可マンションがいいよ」みたいな感じで、ランチで気軽に伝えたときに、その文脈がないわけです。

S:トグルのメンバーから「ペット可よりも、サウナ付きマンションは、どうですか」みたいに言われたら、もしかして「ボツになりました」のような一言で会話が終わっちゃう?

伊藤:そうそう、そうなんです。

伊藤:話を戻すと、ドッグラン付きペット可マンションの仮説は、寝て起きた朝に検証しました。「ドッグランがあるペット可マンションは本当に賃料を高く設定できるのか」その実例をインターネットで探したんです。(スマホの画面を見せながら)たとえば、このマンションなんですけど、ここは山手線の駅から徒歩14分です。立地条件としては悪い。でも屋上にドッグランがあります。周辺相場から査定すると賃料は18万円3,000円です。しかし、このマンションの実際の賃料は20万5,000円。坪単価で十数パーセントほど、高い賃料設定になっています。十数パーセントの高い賃料設定は、かなり収益性が高いです。物件価格が5億円のマンションなら、5,000万円を上乗せできるわけです。「あ、これは仮説の通りだな」みたいな手応えを感じました。でも、みんなには「ドッグラン付きのマンションが、よさそうだよ」という話は私の思いつきだと、思われてしまって。

S:そのことを伊藤さんは、どう感じてるんですか?

伊藤:うーん...そうですね。「結構、みんな、ここにたどり着くのになあ」と。

S:「ここにたどり着くのになあ」をもう少し教えてください。

伊藤:土地を仕入れるためには、より、高い価格で入札する必要があります。でも話は、そう単純ではありません。販売利回りをコントロールできないなかで、物件価格を上げるとなると、賃料を上げる必要があります。賃料を上げようとするとハードウェアで変化をつけることになり、規模が小さい会社はオペレーションを内製化するにはリソースが足りないため、ハードウェアコストに対して、どれだけ賃料が上がるかを考えると...のように合理的に考えると実際に、やれることは限られているんですよ。屋上のドッグランは人工芝を敷くだけですからね。新築時の設計から企画しないと、屋上の動線を確保できないので、管理会社には実現できず、デベロッパー機能も持つトグルとしては、その強みを生かすことにもなります。

S:ドッグラン付きマンションを実際に提案したときの、メンバーのみなさんの最初のリアクションは?

伊藤:いや、薄いです。「まあ、そうだよな」とも思って。

S:「まあ、そうだよな」とは?

伊藤:ドッグラン付きマンション、というアイデアだけを聞くと、とってつけたような感じがしますからね。

S:さっきの解説は伝えたんですか? 土地を仕入れるためには高い価格で入札する必要がありますの説明部分です。

伊藤:いえ。

S:何か理由があってのことですか?

伊藤:正直、ほかのこと考えてるから説明が手間だなと思ってしまって。

S:ほかのこと?

伊藤:ドッグラン付きマンションのアイデアは、私にとって終わった話です。みんなに話をしている時点では次の、考えることリスト、みたいなものに私の意識が向いています。

S:そこから、もう一度、ドッグランの付きマンションのアイデアの説明をすることを億劫おっくうに感じる?

伊藤:そうですね。「わかってもらうように説明するのは面倒だなあ」と思ってしまって...。だから結局は、私が現実世界にアイデアを落とし込まないと、時間がかかるということですよね。

S:「時間がかかる」の部分をもう少し教えてください。

伊藤:どんなに私が「大事だ」そう主張しても、相手が自分で真剣に、めちゃくちゃサーベイして、2週間や1カ月などで、コストをかけてシミュレーションしないと、この答えにはたどり着かないので。そうして自分でたどり着かないと、その相手は、きっと納得して動くことはないと私は考えています。でも、そうなると、いま、みんなは手元の仕事で忙しいから。その状況で、その2週間や1カ月という時間を割くことは選択肢になり得ません。危機が迫って「賃料を上げることができないと、もう物件を仕入れられない」とか。そうした中長期的な課題に、本人が直面したときに初めて考える――。なんだろうな...以前も話した火事の話がありますよね。

S:火事の話...。秋に起こるであろう火事の被害を春に伝える、みたいな話ですか?

伊藤:そうそう。本当に、秋になって火事が起こるまで、火事の被害の程度に気付かない。でもそれは目の前の手元の仕事がある状況なら、気づくことのほうが難しい。

S:話を聴いて思ったんですが、伊藤さんにとっては手元の仕事に、思考実験のようなシミュレーションがあるということなんですかね。経営者としての役割、というほうが近いんでしょうか。

伊藤:それでいうとGoogleのスケジューラーって、みんな多分、コアタイムとして認知するような時間帯は9時から18時くらいまでだと思うんです。

S:その前や後、朝や夜に自分だけの時間として予定を入れることはあるけど?

伊藤:そう。でも基本、仕事となれば相手があってのことですから、みんな、ここで動くと思うんです。でも最近の私は、寝れない日が週に2日くらいあって。なぜかと言えば...


伊藤:夜中の1時から、ここ(明け方の5時半くらい)までをベッドで思考実験してるわけです。そこでは、日付なら前日になりますが、ベッドに入る前の日中の会議やインプットをアウトプットしながら、自宅までの帰路で考え、それらを含めて自宅でも夜中の1時から明け方の5時まで考える。少なくとも人の倍、脳が働いてるわけです。脳が倍の稼働をしているというか。でも夜の時間って、働いてるように見えないわけです。

S:体も動かしてないし、深夜だし、ベッドのなかだし?

伊藤:そう。その文脈が相手に抜けているから、翌日のランチで気軽に話しても「いきなりアイディアが降りてきた」みたいな、思いつきの連続のように映ってしまうということですね。

S:ぶっ通しで、5時間弱の思考実験ですから、情報量は相当でしょうね。その情報が文脈として抜け落ちるのか...。

伊藤:おそらく、私の思考実験を全部、言語化というか。それを自然言語で表現すると5千文字、1万文字のような分量になっていて、それが書き出されたものを初めて読んで、人は「なるほど」みたいな感じに、なるわけですよね。でも私からすると、すべてが映像です。映像で考えてるので、映像を自然言語に戻すコストが尋常ではないわけです。

S:面白いといったら失礼かもしれませんが、これだけ言語化することに長けた人が、言語化に、コストを感じるって興味深いですね...。言語化にあたり、自らのエネルギーを消費するような感覚は?

伊藤:あります。

S:負担に感じますか?

伊藤:感じますね。

S:逆説的だ...。すごく論理的で、抽象的なことを言葉にし、宇宙の法則から現場の飛び込み営業までを1本のやりで、串刺しにして話せる人が、言葉ではなく物事を映像で処理してる。それを説明しようとして言語化することを負担に感じる。その文字量は5千や1万字のテキストになると。この話は必ず制作に盛り込みたいな。どこかのエピソードでコンテンツにしたいですね。

伊藤:これ、話しながら思ったんですが結構、めちゃくちゃ重要な話だと思うんですよね。

S:めちゃくちゃ重要だと思いました。

伊藤:たぶん私の特異性だと思う。

S:頭脳労働、という視点なら実際に思考実験をしてるわけで、25時から29時、場合によっては30時までの時間は、本当に労働してる時間なんですよね。

伊藤:そうですね。恐らく私は、1つのことを長く思考をするという特異性があって。水曜日の午後から、月曜の早朝まで同じことを考える、みたいなことができてしまうんです。もちろん寝るタイミングがあって、でも寝れないのが2回あってみたいな感じなんですけど。その期間は、ずっと、いまのシミュレーションを繰り返します。繰り返している過程で、日々、いろんなインプットが入ってくるじゃないですか。というプロセスが、少しずつ学習データになりつつ、その日の夜に私は、再びシミュレーションする。「じゃあ、もう1回、あそこからシミュレーションだ」みたいな感じでアイデアを作ります。その間は大袈裟でなく、ずっと考えてるから、人に話しかけられても話を何も聞いてない、何も返せないみたいな感じなんです。そういうときは食事も考えながらで、お風呂もそうだし。それらの私の特異性が、私にかかわる人、今回ならトグルのメンバーには伝わったほうが、会社として幸せな気がしますよね。

S:しますね。加えて、話を聴いていて思ったことがあるんですが、言葉にしてもいいですか?

伊藤:どうぞ。

S:「悲しいな」と思いました。ドッグランの話が、思いつきのアイデアとして仲間に受け取られてしまう構造、状況への悲しさ、寂しさですかね。私は、伝わらない現状を不幸だなとも感じました。伊藤さんの特異性として、少なくともトグルのメンバーには、伝えたいな。

伊藤:実際には、ドッグランのアイデアの前に、民泊、ホテル、サウナ、2段ベッドのドミトリー式、シェアハウスの可能性をすべて私は、シミュレーションしています。その仮説が軒並みNGで、ドッグランにたどり着きました。

S:「水曜日の午後から月曜の早朝まで同じことを考えちゃうんです」という話は、もしかして民泊、ホテル、サウナ、2段ベッドのドミトリー式、シェアハウス、ドッグランまでの思考実験のことを指してますか?

伊藤:はい。

S:ベッドから起きて家を出て、外出している日中の時間以外に、先週の水曜日の午後から今日(月曜)の早朝まで、毎日深夜、自宅で4時間半をかけて考えていたわけですか?

伊藤:ドッグランの仮説にたどり着くまで、思考実験の総時間数はおそらく、40時間とか50時間とかだと思います。もっと、かかっているかもしれません。今回はドッグランでしたが、プロダクトの機能、営業、人事、財務、企業文化など、思考実験は多岐にわたります。

S:この事実は確かに、伝わったほうが幸せですね。



【制作にあたり/トグルという物語】
「今回ならトグルのメンバーには伝わったほうが、会社として幸せな気がしますよね」この言葉、このエピソードを伝えるために私『S』は、伊藤嘉盛よしもりにかかわったのだと確信しています。

理解を妨げる誤解や勘違いを減らすとは、減らないことによって溜まり、そこから生まれる不幸、という夜が明けること。明けた先に広がる景色には、よしもりさんがいう幸せがあります。そこへ、伊藤嘉盛よしもりと、トグルを近づける行為が私にとって『トグルという物語』だったのかもしれません。

幸せ。そう文字にすると、その表現は月並みで、味気なく感じます。「でも、それでいい」そう腹の底、奥で思いながら、その2文字と出合うまでの旅路は私にとって、ほかの何にも替えることができない豊かな体験でした。特別な仕事でした。感謝しています。


2024年1月現在のトグルは、新たなステージに突入しています。

2023年12月時点のトグルをよしもりさんから見ると、伝えたいニュースは4つ。1つ目は、正社員のエンジニア比率が30パーセントを超えたことです。

当初、トグルはプロダクトの開発拠点を海外で外注化していました。そのため正社員のエンジニアは1名でした。それを止め、進めていたのはエンジニアの内製化です。現在のプロダクト開発は、フルタイムの正社員が主導しています。そのエンジニアの比率が、トグルの正社員の1/3を超えたのです。これは、トグルがテクノロジー企業になっていく、新たなステージを迎えたことの象徴といえます。よしもりさんの言葉を使えば「テクノロジー企業になる準備が整った」のです。

2つ目は、上場の準備について。トグルは、監査法人との契約が間もなくスタートします。いわゆる、N-2期です。アイデアだけだったトグルの事業は、それを具現化し、実際に売り上げを立て、現在は上場の準備を始めています。1つの目標は、2年半後の上場です。最短なら2026年5月頃に上場するようなスケジュールで、2023年12月末時点のトグルは動いています。

3つ目は、用地取得のペースについて。現在のトグルは土地を毎月3件から4件、仕入れています。完成商品ベースで毎月20億円、毎年100%で成長してくようなスピードで、急速に事業は拡大しています。

4つ目は、会社のM&Aです。国内に、建物の図面を作る技術を持った企業があります。その会社が目指す世界観、方角は、土地の解析が終わり、どんな建物が建つのか、わかった状態で、土地情報が流通していくもの。『建築、不動産、金融の融合』というビジョンを持った経営者が、その会社を率いており、よしもりさんと意気投合したことで、トグルにグループジョインするに至りました。

これら4つのニュースは、トグルという物語の新たな幕が上っているサインです。それを伝えていくのは、あなたかもしれない。その舞台で、主演のよしもりさんと一緒に物語を作っていくのは、あなたです。そう聞いて、ワクワクするなら、あなたなら、できる。(S)

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