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能なし達の挽歌 ー Brainless Elegy ー#1

煌めく繁華街の明かりから逃れるように、仄暗い路地裏に人影が駆け込んでくる。まるで、ではなく事実として、双眼鏡の様に突き出たアイ・レンズが特徴的な、あるいはそれ以外の特徴に乏しいツナギ姿のその人物は、確かに何者かに追われていた。

「クソっ!なんなんだ、アイツは!重装ボディ持ちが5人は居たのに…」

双眼鏡男は路地裏の空調用室外機の影、壁際に身を寄せ、自身の来し方の様子を伺う。追跡者の姿がないことを確認し、安堵した瞬間。

「残念だが、そろそろ終いにしようや」

すぐ後ろから、路地裏の闇に溶けるように佇む、黒いロングコートを纏った人物が告げる。

「先回りかよ、畜生がっ!」

「ホントは面倒なんだが、一応、規定通りいくぜ?当方トラブル・シューター・ガラン。貴存在をシステムの安定を脅かすトラブルの主要因と判定、拘束措置を執行、と。抵抗を諦め、速やかに投降して貰えりゃあ、お互い楽でハッピーだぜ?」

「うるせえ!うるせえ!!便利屋風情が、偉そうに!!」

泡を食ったように吐き散らすと、双眼鏡男は右手に装着されている筒状の金属装置を黒コートの男に。

ガォンッ!

向けようと、した。

だが、ガランと名乗った男の、真っ直ぐに伸ばした右手から暴力的な爆発音が響く方が、幾分か速かった。マズルフラッシュが、衝撃にはためくコートから覗くガンメタルカラーのサイバネティックス・ボディを、闇から切り取るように浮き上がらせるが、それも一瞬のこと。シリンダーと直線的な装甲パネルで構成された戦闘的なボディは再び静寂と夜闇に溶け込んでいった。

「ーージっ、ガガっ!?」

胸元に30mm重金属弾頭の直撃を食らった双眼鏡男は、派手にビルの壁に叩きつけられ、スピーカから歪んだノイズを漏らした。

ガランの顔面、頭頂から顎先までを、滑らかに曲線を描きながら覆っているバイザーの表面中央をピピッと、軽快な音と青白い走査光が左右に走り抜ける。

「さてと、そんじゃあ本当にここで終いだ。”アンダー”から上がったばかりで、舞い上がっちまったのかわからんが、”ミドル”じゃあ何でも好き勝手、とはいかんのさ」

双眼鏡男のサイバネティックス・ボディは、質量弾の直撃で中央フレームすらも無残にひしゃげている。最早まともに機能を果たせてはいない、との解析結果が視界端に浮き上がるのを確認し、ガランはそれでも油断なく30mm口径の怪物的なリボルバーを構えたまま、言葉を続ける。

「しっかし、一人でこっそり楽しむ、だけならまだ良かったんだがね。物理破壊力の乏しいショック・ブラスターとはいえ、銃の密造、取引。コイツだけはダメ、マジでご法度だ。そりゃ、オレ達は全身が凶器みたいなもんだがね。流石に遠距離攻撃能力は制限せざるを得ないってのは、分かってもらえるかい?」

「…シューター、システムの犬、め。自分達だけ、得意げに、銃を、振り回し、やがる。世界、は、もっと、自由で、ある、べきなんだ。…それを、見て見ぬ振りを、して。自分達の特権が、なくなるのが、そんなにイヤか…?」

「ハッ、俺の庭で悪たれ共が、お前さんの作った銃で好き勝手ドンパチやらかすのが、自由な世界ってんなら、かなりイヤかもしれんだろうさ。さて、もう動けんのだろ?そのまま、もうちょい大人しくしといてくれや。アンタの脳ミソがどれだか、ブレイン・タワーの中での特定が終わる頃合いだから、な」

二人はそれぞれ、チラリと夜闇の中で尚黒々とそびえる、まさしく塔としか形容できない建造物に視線を送る。

「はん、悪いが、アンダーに、出戻る、のは、ボディを、自由を、失うの、だけは…!」

『切断。ディスコネクト』

システム音声が響き、ガクンと双眼鏡男の全身が虚脱する。ボディとブレイン・タワー内の脳髄との接続を切り離したのだ。恐らく、どこか別の場所にスペア・ボディがあるのだろう。所詮どうしようもない悪あがきではあるが、もしこのまま逃がせば、脳髄の特定は一時ストップし、少なからず時間は稼がれてしまう。

「チッ、そんなカンタンに逃してたまるもんかよ…!」

しかし、事態をある程度予想していたのか、即座にガランは腰の後ろ、ホールド・ポイントにリボルバーを懸架し、双眼鏡男に駆け寄る。

瞬間、素早く右の手首部分に仕込まれた格納機構が展開すると、スルリと伸びたワイヤー・アームが、ガランの精巧な五指式マニピュレータにメモリ・チップを握らせていた。ガランは一切の無駄も遅延もなく、双眼鏡男の首筋にあるコネクタを探り当てると、そのままチップを突き立てる。

『解析。完了。自動実行。接続確立。再コネクト』

再びシステム音声が響くと双眼鏡男の全身がガクガクと揺れた。

「ガっ?どう、いうことだ…!」

双眼鏡男から出力される音声は、動揺か再起動のエラーか、あるいはその両方か、とっぱずれたイントネーションとノイズまみれの酷いものだった。

「まあ、アレだ。シューターの特権は銃火器の保持だけじゃあなくてな。こういった切断対策用強制再接続プログラムも、システムから特別に供与されてんのさ。便利屋は便利屋なりにできることが色々あるってこった」

言いながらもテキパキと、手慣れた様子でガランは双眼鏡男のサイバネティックス・ボディの四肢を極め、ねじり、力任せにもぎ取っている。

「ヤ、ヤメ、ヤメテ…くれ…」

当然、痛覚なぞ通してはいないはずなのだが、それでも自身のカラダが壊され引きちぎられていく様は、とてつもない喪失感と絶望を双眼鏡男の精神に刻み、苛んでいるようで、その出力する音声は、先程までの調子と打って変わった弱々しいものであった。

「さて、一丁上がり、だぜ。回収チームも向かって来てることだし、今夜は店じまい…とは、いかねえかよ…」

一仕事を終えたガランの視界には、無情にもテキスト・メッセージの新着を知らせるアイコンと「【重要】新しい依頼【緊急】」の文字列が浮かび上がっていた。

【続く】

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