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【随時更新】能なし達の挽歌 ー Brainless Elegy ー:全セクションまとめ版

目次

煌めく繁華街の明かりから逃れるように、仄暗い路地裏に人影が駆け込んでくる。まるで、ではなく事実として、双眼鏡の様に突き出たアイ・レンズが特徴的な、あるいはそれ以外の特徴に乏しいツナギ姿のその人物は、確かに何者かに追われていた。

「クソっ!なんなんだ、アイツは!重装ボディ持ちが5人は居たのに…」

双眼鏡男は路地裏の空調用室外機の影、壁際に身を寄せ、自身の来し方の様子を伺う。追跡者の姿がないことを確認し、安堵した瞬間。

「残念だが、そろそろ終いにしようや」

すぐ後ろから、路地裏の闇に溶けるように佇む、黒いロングコートを纏った人物が告げる。

「先回りかよ、畜生がっ!」

「ホントは面倒なんだが、一応、規定通りいくぜ?当方トラブル・シューター・ガラン。貴存在をシステムの安定を脅かすトラブルの主要因と判定、拘束措置を執行、と。抵抗を諦め、速やかに投降して貰えりゃあ、お互い楽でハッピーだぜ?」

「うるせえ!うるせえ!!便利屋風情が、偉そうに!!」

泡を食ったように吐き散らすと、双眼鏡男は右手に装着されている筒状の金属装置を黒コートの男に。

ガォンッ!

向けようと、した。

だが、ガランと名乗った男の、真っ直ぐに伸ばした右手から暴力的な爆発音が響く方が、幾分か速かった。マズルフラッシュが、衝撃にはためくコートから覗くガンメタルカラーのサイバネティックス・ボディを、闇から切り取るように浮き上がらせるが、それも一瞬のこと。シリンダーと直線的な装甲パネルで構成された戦闘的なボディは再び静寂と夜闇に溶け込んでいった。

「ーージっ、ガガっ!?」

胸元に30mm重金属弾頭の直撃を食らった双眼鏡男は、派手にビルの壁に叩きつけられ、スピーカから歪んだノイズを漏らした。

ガランの顔面、頭頂から顎先までを、滑らかに曲線を描きながら覆っているバイザーの表面中央をピピッと、軽快な音と青白い走査光が左右に走り抜ける。

「さてと、そんじゃあ本当にここで終いだ。”アンダー”から上がったばかりで、舞い上がっちまったのかわからんが、”ミドル”じゃあ何でも好き勝手、とはいかんのさ」

双眼鏡男のサイバネティックス・ボディは、質量弾の直撃で中央フレームすらも無残にひしゃげている。最早まともに機能を果たせてはいない、との解析結果が視界端に浮き上がるのを確認し、ガランはそれでも油断なく30mm口径の怪物的なリボルバーを構えたまま、言葉を続ける。

「しっかし、一人でこっそり楽しむ、だけならまだ良かったんだがね。物理破壊力の乏しいショック・ブラスターとはいえ、銃の密造、取引。コイツだけはダメ、マジでご法度だ。そりゃ、オレ達は全身が凶器みたいなもんだがね。流石に遠距離攻撃能力は制限せざるを得ないってのは、分かってもらえるかい?」

「…シューター、システムの犬、め。自分達だけ、得意げに、銃を、振り回し、やがる。世界、は、もっと、自由で、ある、べきなんだ。…それを、見て見ぬ振りを、して。自分達の特権が、なくなるのが、そんなにイヤか…?」

「ハッ、俺の庭で悪たれ共が、お前さんの作った銃で好き勝手ドンパチやらかすのが、自由な世界ってんなら、かなりイヤかもしれんだろうさ。さて、もう動けんのだろ?そのまま、もうちょい大人しくしといてくれや。アンタの脳ミソがどれだか、ブレイン・タワーの中での特定が終わる頃合いだから、な」

二人はそれぞれ、チラリと夜闇の中で尚黒々とそびえる、まさしく塔としか形容できない建造物に視線を送る。

「はん、悪いが、アンダーに、出戻る、のは、ボディを、自由を、失うの、だけは…!」

『切断。ディスコネクト』

システム音声が響き、ガクンと双眼鏡男の全身が虚脱する。ボディとブレイン・タワー内の脳髄との接続を切り離したのだ。恐らく、どこか別の場所にスペア・ボディがあるのだろう。所詮どうしようもない悪あがきではあるが、もしこのまま逃がせば、脳髄の特定は一時ストップし、少なからず時間は稼がれてしまう。

「チッ、そんなカンタンに逃してたまるもんかよ…!」

しかし、事態をある程度予想していたのか、即座にガランは腰の後ろ、ホールド・ポイントにリボルバーを懸架し、双眼鏡男に駆け寄る。

瞬間、素早く右の手首部分に仕込まれた格納機構が展開すると、スルリと伸びたワイヤー・アームが、ガランの精巧な五指式マニピュレータにメモリ・チップを握らせていた。ガランは一切の無駄も遅延もなく、双眼鏡男の首筋にあるコネクタを探り当てると、そのままチップを突き立てる。

『解析。完了。自動実行。接続確立。再コネクト』

再びシステム音声が響くと双眼鏡男の全身がガクガクと揺れた。

「ガっ?どう、いうことだ…!」

双眼鏡男から出力される音声は、動揺か再起動のエラーか、あるいはその両方か、とっぱずれたイントネーションとノイズまみれの酷いものだった。

「まあ、アレだ。シューターの特権は銃火器の保持だけじゃあなくてな。こういった切断対策用強制再接続プログラムも、システムから特別に供与されてんのさ。便利屋は便利屋なりにできることが色々あるってこった」

言いながらもテキパキと、手慣れた様子でガランは双眼鏡男のサイバネティックス・ボディの四肢を極め、ねじり、力任せにもぎ取っている。

「ヤ、ヤメ、ヤメテ…くれ…」

当然、痛覚なぞ通してはいないはずなのだが、それでも自身のカラダが壊され引きちぎられていく様は、とてつもない喪失感と絶望を双眼鏡男の精神に刻み、苛んでいるようで、その出力する音声は、先程までの調子と打って変わった弱々しいものであった。

「さて、一丁上がり、だぜ。回収チームも向かって来てることだし、今夜は店じまいーーーとは、いかねえのかよ…」

一仕事を終えたガランの視界には、無情にもテキスト・メッセージの新着を知らせるアイコンと「【重要】新しい依頼【緊急】」の文字列が浮かび上がっていた。

薄暗く静謐な部屋の中、キュイキュイと、やや場違いに思える甲高い金属同士の擦過音が転がり。

『接続確立。コネクト』

いかにも機械的なシステム音声が響いた。暫時、静けさが再び占有権を取り戻したかに思えたが、ブゥーンという重低音が響き、部屋の中央に据えられたテーブルの上から、布製カバーごと部屋のヌシが身を起こすと、途端にガチャガチャとノイズがちな駆動音とプシュっと何かから空気が抜けていくような音が空間を満たした。

「アー、アー、テステス」

大仰な音と共に一通り両腕端部、球状の掌から120度ずつの角度で生えている三指式マニピュレーターを曲げ伸ばしした部屋のヌシは、おもむろに首筋に配置されている二基のスピーカを鳴らす。

「かなり長いことノーメンテで放置されちまってたみたいだが、動かすぶんには問題なさそうだな」

テストの続きなのか、あるいはクセなのか独り言をわざわざ音声出力しながら、現在のこの部屋の主であるガランは、ドスンと無遠慮に床に降りたった。

「しかし、今夜は看板だと思ったんだが、はるばるユーロ・エリアでの緊急依頼とは、な。しかも、こっちは…まだ昼下がりかよ、お天道さんが眩しいな、オイ」

ガランが壁面に指先を向けると、透過採光モードが起動し外光が部屋内を満たす。舞い上がるホコリがチラチラと乱反射し、少し前までの落ち着いた雰囲気を完全に消し飛ばしていく。

「このシューター・オフィスはーージャーマニー・カテゴリ、の、アー、ベルリン・クラスタ?オイオイ、”ハイア”への連絡昇降路が近えじゃねえかよ。ってこた、セキュリティ・レベルもーー高いな。トラブル発生件数も少ねえし、常駐シューターは、ほぼCクラス、Bクラスがちょっぴりに、Aクラスは皆無、と」

ブツブツと、誰ともなく呟きながら、ガランは視界内の仮想ウィンドウに情報を流しながら、四肢を曲げ伸ばし、身体感覚の確認を続ける。

「しかし、個人からのAクラス・シューター指定の緊急依頼か。システム発の依頼ほど緊急度は高くねえだろうけども、概ね依頼自体か依頼人のどっちかが、ロクでもねえんだよなあ。今回はどうかねえ。Aクラスはカテゴリ越えて、依頼が入ってくるから、マジで当たり外れがデカイのが難だぜ」

Bクラスのままの方が良かったのかねえ、などと独りごちながら、ガランは机上のウェスを掴み、直線と直角で構成された無骨な顔の真ん中に据えられたメイン・カメラと、ついでに鎖骨のあたりにある左右のサブ・カメラのレンズからホコリを拭う。

「ンー、後はアシストだが、ヨシ。モナカもカバスも二つ返事。偶然、ジャーマニーに居てくれてラッキーだったぜ。ーーしっかし、このボディ。動くは動くが…流石に、チっとばっかし重いか、なッ!!っと!!」

末端に向けて拡がる円筒状のデザインが特徴的な脚部でズタンズタンと不恰好なステップを踏んでいたガランは何を思ったか、突然、勢い良く跳ね上がり、後方に宙返りしようとしてーーー思い切り背中から床に墜落した。

一段と派手にホコリが舞う中、ビビッ、と微かなビープ音が聞こえる。

「…アー、どうやら依頼人が到着したみたいだな。遊んでる暇はねえぞ、ってな」

ここまで来ると完全にクセなのだろう。ノイズ混じりの独り言を出力しつつ、のっそりとガランは起き上がり、いつの間にか下敷きにしていた古茶けたコートを無造作に羽織ると下階に続く階段へと向かった。

その先で待っていた、見た目は完璧に木製の階段は、ギシギシとガランの重量に抗議するように軋み音を立てる。

「…まさかとは思うが、マジで木を使ってんのか?わりと貴重品じゃねえか。…壊したら、マズイ、よな?」

おっかなびっくり、慎重に歩を進める、などという事は、このボディには望むべくもない。ドタドタと、一歩ごとに乱暴に踏み板を蹴立てながら下降していく。

「しかし、ここのシェア・ボディは最低の部類に入るな。こんな状況じゃなけりゃ絶対に使うこたないだろうぜ。…スリルがある分、退屈はしないがね」

というのが、ガランの正直な感想だ。整備状態もそうだが、構成も杜撰というか適当に有り合わせのパーツをくっ付けているような有り様で、特定の美意識を所有している人々には耐え難いに違いない。ガランは何処か楽しげですらあるが、それはそれで特殊な反応だ。

しかし、あにはからんや。下階、接客用のスペースにおりたガランの視界に映ったのは。

(…おおっと、コイツぁ、中々のハズレくじかもな…)

白磁のような独特の光沢を放つ曲面を主体に成形されたボディが、最低限の手入れはされているのだろうが、どうにも見窄らしい応接室のソファに収まっている光景だった。間違いなく高級レーベルに所属する職人の手からなるワンオフ物であろう”ソレ”は、オフィスの内装とは明らかにミスマッチであり、妙に場違いな印象を与えてくる。

(…ありゃあ、全身同一レーベル同一アーティストで揃えてんな。ってことは、十中八九、”統一的構成思想(ユニコーディズム)”の信奉者、だよなあ、やっぱり)

いわゆる、”特定の美意識”の所有者であることが十二分に推察できる依頼人、である。

こういった思想に染まった方々は啓蒙にも余念が無い事が多く、関わる都度、思想の押し売りに閉口してきた苦い記憶がガランの思考野に浮かんでは消える。

(…まぁ、このボディにゃ開け閉めするような口も苦味を感じる舌も付いちゃいねぇみたいだが)

音声出力はとっくに止めてはいるものの、それでも益体も無いことを考えながら、しかし嫌気をおくびにも出さぬよう、ガランは依頼人の向かいのソファにゆったりとした動きで収まる。

「…まさか、君がシューターなのかね?」

一拍おいて、表面装甲下に巧妙に配置され外観からは認められない依頼人のスピーカから、想定通りの定型句が吐き出された。整備が不足しているとはいえ、音声センサはその定型句をきっちりと拾い、ガランは少しげんなりとした。

「…エエ、そのまさかで間違いありませんがね。…ミスタ・スタンリア?」

「マルグラフ・フォン・スタンリアだ」

微動だにせず依頼人は即座の訂正を行う。
人類のほとんどが脳髄以外、生身の肉体を有さず、遺伝的形質が形骸などというレベルですら無い、この時代にあっても貴種の血という概念と、それに連なる貴族主義思想は保護を勝ち取っており、かろうじてではあるが、その存在を残すことに成功してしている。

(そういや、この辺は貴族主義思想の保護地区だったか。とはいえ、ガチの貴族かぶれは初めて見るぜ。いやはや、コイツはどうにもツキにゃ恵まれなさそうな依頼な気がしてくるってもんだ)

何故かプリセットされている舌打ち音を思わず出力しかけるのを、すんでのところで我慢しながらガランは改めて問う。

「アー、申し訳ない、フォン・スタンリア。早速ですが、依頼の内容をお聞かせ願いたいのですが…」

「待ち給え。君は未だ私にシューター・ライセンスの提示を行っていないようだが。正当なプロセスを踏まずに依頼内容を聞かせられるわけがなかろう」

「アー、こいつぁ重ね重ね申し訳ございませんでしたな。普通、シューターのオフィスに依頼人とシューター以外が潜り込んでいる、なんてこたないんですがね?まあ、そちらがお求めなら、いくらでも見てって下さいや」

依頼人を怒らせてこの案件をフイにした方がマシかもしれんな、と、どうしようもない思考を働かせながら、ガランはわざとらしく大袈裟なアクションで、喉部のあたりに埋め込まれた光学式出力装置を起動、ライセンスをホログラフ表示する。

「…Aクラス・ライセンス、シューター・ガランに間違いないようだな」

一体どのような感情が込められているのか、類推することもできない平坦な音声が依頼人から出力される。

「…アー、今回の依頼は、随分と緊急だと伺っているんですがね?」

まさに、ガランが依頼を受諾したのは僅か数分前のことである。その上、エリアをまたいだ依頼でもあったため、個人持ちのボディを輸送する暇もなく、オフィスのシェア・ボディでの対応となったのだが。

「そのとおり。緊急なのだ。そして、それ以上にまた、重要でもある。そのためのAクラス指定、そのための高額な追加報酬だろう。だが、どうだ?実際に現れたのは、頭部こそ汎用型の傑作品、パラグリン・レーベルのマークⅣを戴いてはいるが、胴から脚にかけては単純な構造ゆえの頑丈さだけが取り柄のハーマサット・レーベル、それも二世代前の型落ち品、腕部に至っては精密さの欠片もないケヌークァ・レーベルの低価格モデルなどという、美意識の欠片も感じさせない、かといって機能性を重視しているわけでもない、愚劣なボディ構成の人物だ。まさに正気を疑うと言わざるを得ないコーディネートではないか。本当にこの緊急かつ重要な依頼に足る人物か、私が疑うのも当然ではないかね?」

そんな事情を酌むわけもなく、依頼人はあくまで平坦な音声を出力する。

「君もプロフェッショナルであるのならば、依頼人が実力に疑問をもつようなボディの使用は即刻やめ給え」

(…まったくツイてないぜ…クソッタレめ…)

啓蒙モードに入りつつある依頼人を眺め、ガランは心中で依頼人を選ぶことのできない己の生業に人生何度目かの呪詛を吐きつけた。そんな、現在の主の内心に呼応したのか、肘部の関節モータはガリガリ、と不機嫌な唸りを漏らしはじめていた。

「そんで?結局、キンキューかつジュウヨーな依頼とか言っちゃってさ。貨物車両専用のハイウェイ上で?事故で立ち往生してる自動操縦ビークルから?荷物を引き取るだけって?実際のところ、ただのお使いじゃん!?ボクが出張るような案件じゃないんじゃないの!?」

薄い金属繊維羽を震わせながら、ふわふわと滞空しているように見えて、その実、相当な高速飛行をしている、手のひら大の金属球は不機嫌そうに甲高い音声を出力した。

「分かってるよ、んな事は。ただ、オレはこっちのエリアじゃ、そんなに土地勘ねえからよ。別に報酬割合もそっちの言う通り、ビタイチ負かってねぇし、なんなら荷物を無事受け取ったら、そのまま直帰でも良いから!ちょっとくらい黙って付き合ってくれんかね、モナカさんよ!」

ガランは二輪駆動ビークルにまたがり、ハンドル部に据え付けられたアクセルグリップを捻りこんで車体を加速させながら、これも音声出力で返す。

「オッケイ!言質取ったよ!流石にカテゴリ間を何往復もするのは無駄だかんね!」

「何だよ、自分の工房があるフランス・カテゴリ入ったから、さっさと帰りたくなってきただけじゃねえか?いや、気持ちは分かるけどよ!」

数分かけて依頼人の貴重なご意見を拝聴し、何とか依頼内容を聞き出すことに成功したガランは、依頼を受けた時点で要請していたアシストとオフィス前で合流していた。

一人は先程から不満を漏らしながら、都度有利な条件を勝手に増やしていっている、羽根付き金属球。人体を模した二足二腕のボディが、その操作効率の良さからマジョリティを占めているにも関わらず、奇矯にも小型球体オーニソプタを普段遣いのボディにするモナカ。そして。

「へへっ、オイラは合法的にカットバセりゃ何でもイイからよウ、今回も最後までバッチリ付き合うぜエ!!」

ハイウェイ上を駆ける二輪駆動ビークルからも荒い音声が出力される。マイナなボディ嗜好を持つ人物の中でも、とびきりの変わり種であるのが、このカバスだ。前時代のバイクと呼ばれるビークルの再現に血道をあげるあまり、自らがバイクになった業の深い人物として、車輪式ビークル愛好者界隈では有名である。

「いや、最後までも何も、カバスの製作工場はベルリン・クラスタじゃん」

戻るだけでしょ?ズルいよなあ、とピュンピュンと小刻みに軌道を変えながらモナカは飛び回っている。

「それを言うなら、オレはカテゴリどころか、エリアまで越えて来てんだがな?」

「そういえば、ガランはアジア・エリアが拠点なんだっけ。割とコッチの依頼受けてる気がするけど、このへんってそんなにAクラス居ないわけ?」

「アー、確かに絶対数が少ないこともあるんだがな、なんつうか、厄介な緊急依頼が出たとき、大体オレくらいしか手が空いてるのがいなくてな…。全くツイてんだかツイてないんだか…」

「オイラ達はそのおかげでアシスト報酬もらえてんだからなア。Aクラス・シューター様様ではあるさねエ」

「そうさな、Aクラス・シューターはカテゴリ間の移動にかかる申請手間が多少簡易化してるから、な。そうでもなきゃお前さん方とつるむようにはならんかったのは確かだな」

ガランの言葉通り、Aクラス・シューターはカテゴリ間は勿論のこと、エリア間ですら移動に融通が効くため、Aクラスをわざわざ指定するような依頼は、カテゴリ間の移動を短時間に行うことが必要な、機動力が物を言う案件であることが多くなっている。今回の依頼も、”事故現場”がジャーマニー・カテゴリから西方面、更にカテゴリを一つ挟んだ先であるため、高速で移動、運搬が行えるアシストが必須であった。

そのため、丁度その条件を満たす二人がボディ込みで、ジャーマニー・カテゴリに所在しており、なおかつアシストを引き受けてくれたことは、ガランにとって不幸中の幸いであった。なんとなれば、最初からケチの付いているこの”クソッタレな”依頼が、多少不都合な展開を迎えても、どうとでもなるような気分にすらなっている。

「そういえば、さ、ちょっと前からの疑問に思ってたんだけど。カバス、自律走行できるよね?なんでガランがフル・マニュアルで操作してんの?」

「イヤイヤ、モナカの方こそ何言ってんだよウ。バイクが自分勝手に動く訳ナイだろウ?」

「そうだぞ、モナカ。フルオート機能なんてついたら、そりゃバイクじゃねえだろ!」

「えー、なにコレ、ボクがおかしい流れなの」

これだからマニアック連中は、とボリュームを落としブツクサ言い始めるモナカを尻目に、車上の二人はご機嫌に飛ばし続けている。

「舗装された直線道路はやっぱり良いやねエ。街中だとエンジン出力の10%くらいしか出せないンだよウ。やっぱり、たまにはアクセル全開吹かさないとなア。ハイウェイは貨物専用だから、普通は走行なんざアできないのよウ。ここをブッ飛ばせるのが報酬でも、オイラは全然構わないくらいさア」

「ん?そうなの?そんじゃあさ、カバスの分、ボクにちょっと回してよ。近々、贔屓のレーベルから新製品が出るみたいでさ」

「相変わらず、がめついなア、モナカは。オイラは報酬いらないとは言ってナイぞウ。オイラのボディは金食い虫だっての知ってんだろウ?貰える分はシッカリ貰わなくっちゃア」

カバスのエキゾーストパイプがドルンと音を立てる。

「ま、報酬に魅力無いんなら、アシストなんかやんないしね。ていうか、カバス、なんかまたボディの形、変わった?その駆動装置の辺りとか、そんなじゃなかったよね?」

「オ!何だイ、ようやくバイクに興味出てきたのかイ?そいつア結構!なんだけれどもよウ。前回のアシストで会った時はネイキッド!今回はフルカウル!そんくらいの違いは、一目で見分けてくれよウ」

「し、知らないよ、そんなの!ていうか種類なんてあるのかよ。ほとんど同じに見えるんだけど!」

「ご歓談の中、悪いんだけどなあ!そろそろ事故のあったカテゴリに入るぞ!折角カバスが専用のホールドポイントをボディに取り付けてくれてんだ、ちゃんと収まっとけよ」

「いやいや!だ・か・ら!飛行制限区域だとボクがいる意味ないじゃん!って話だよ!」

当初の憤懣を思い出したかのように、ひときわ大きく不満げな声を上げるモナカ。実際、事故の影響なのか、”事故現場”の周辺には飛行制限がかかっている。

「飛ぶ時は、常に信号出してなきゃいけないことくらい知ってんだろ!?あ、信号出さなきゃいいだろ、とか言うなよ?ボクの知り合い、バレてボディ没収されてんだからな!」

「いや、シューターが規定違反の無信号飛行させるわけねえだろ。ンー、それに、な。意味ないこともねえんだよ。ちょいとその事故ってのがキナ臭くてな、イヤな感じなんだよ。いざってときに上を抑えられるメンツが居るか居ないかじゃあ大違いなことくらい分かんだろ?なあ、モナカさんよ、これでも、かなり頼りにしてるんだぜ?」

「…エー、また、そのイヤな感じなの?ガランって、どの仕事でも、毎度毎度、イヤな感じがしてんじゃない?その上、本当に毎回ロクな事になんないしさぁ」

でも頼りにされてるんじゃなぁ、仕方ないなぁ、とモナカはハンドルバーの中央、アナログメータの上方に増設されているホールドポイントに渋々ながら着陸してみせる。三本爪のアタッチメントが立ち上がり、球状のモナカのボディをしっかりと固定した。

「…ところで、ガランの旦那よオ、オイラは頼りにサレてんのかねエ?」

「あたぼうよ、カバス、お前さんもしっかり頼むぜ?」

声を掛けつつ慎重な力加減でカバスのタンクをはたきながら、ガランは更に車体を加速させた。

「「ワーオ」」

路上で停止しアイドリング中の車上、モナカとカバスの出力音声が見事なハーモニーを奏でる。

さもありなん。高架ハイウェイ上の”事故現場”は凄まじいの一言に尽きる様態を示していた。表面の舗装はもちろんのこと道路自体が砕けている。はては道路下部の金属材すらも捩じ曲がり、差し渡し十数メートルは完全に断絶してしまっている。かろうじて、側面のガードだけが残存しており、決して建設途中の現場等ではなく、もともとはきちんと整備されたハイウェイであることを健気に主張していた。

「あちゃア、これじゃあ自動走行用のガイドポインタも何も完全にオシャカだなア」

「下ではもう初期対応チームが瓦礫の処理を始めてるみたいだけど…コレ、どう見ても復旧に2、3日はかかるんじゃないの?」

こんなオオゴトなんて聞いてないんだけど、とモナカが文句をつける。

「それが事故の詳細はサッパリ。原因不明の崩落、だそうだ。どうにもイヤな予感、すんだろ?」

「現場には、立ち往生してるボット・キャリアがいるんだよね?データ、引き上げられてないワケ?」

「事故の影響か、通信が途絶、なんだとさ。だから、不安に思って依頼したんだとよ」

本当に不安に思っているのか、窺い知ることはできなかったが、依頼人は確かにそう言ったのだ。

「そういやア、今日の旦那のヘッド・パーツ、パラグリンのマークⅣなんだろウ?確か、かなり良いセンサ積んでるって話だけれども。そいつでも何も見えねエのかイ?」

「ンー、今現在は、特に、妙な反応は、ねえな」

ガランは、こめかみの辺りに三つ指を添え、センサ機能を切り替えながら、周囲を念入りに走査する。そして、収得したデータをアシスト二人とリアルタイムで共有し、手早く解析を行っていく。

「いや、ほんとに良いモン積んでんなア。汎用ヘッドで、ここまで数値が出るもんかねエ。コレに比べりゃオイラの目や耳は働いてないも同然だあなア」

「その分、かなりデカいんじゃなかった?ボクのボディには全然収まんないみたいだし」

「お前さんのボディじゃ積めるセンサの方が少ないんじゃないのかね?っと、痕跡はーーー大分薄まってるが、火薬をブッぱなした感じだなーーーん、やっぱ何らかドンパチがあったか?ーーいや、此方側ではこれ以上は無理だな」

「ま、そりゃそうか。どうせ荷物受け取らなきゃなんだから、渡るしかないんだけどね。そんで、どうやってこの断崖を越えんのさ?」

飛行は禁止なんだろ、と目の前の断崖を羽根で指しながら、モナカが当然の疑問を投げかける。

「そうだなあ、カバス、イケそうか、コレ?」

「チョイと待ちなよオ、旦那ーーーヨシ!このルートはどうかネ?」

ガランは視界にオーバレイ表示されたカバスの提案ルートを見て、思わず口笛音を出力していた。

「相変わらずお前さんの提案は最高にキマッてんな!だが、まあ実際コイツが最短最速だろうさ。提案してきた以上は、勿論このルート、イケんだろ?」

「オウサ、旦那が操作をしくじらない限り問題はないぜエ。ま、流石に今回は多少のしくじりならオイラの方でもカバーするけどよオ」

「ちょっと!二人だけでゴチャゴチャすんなよな!ボクにも見せろよ!どうするつもりさ!」

しかし、二人はそれには答えず、(^-^)を視界端の共有テキスト・ウィンドウに表示するだけだ。

「ハ?何、フザケてる…え、ちょ、ま、なんで急に加速してんだよーーーマ、じかよおおぉおお、ああああ、落ちる落ちてるだろコレェッ!」

急発進したバイクのハンドル上、モナカは素っ頓狂とも思える絶叫を放った。断崖に向かって飛び込んでいったのであるから当然の反応だろう。
車体は自由落下とのベクトル合成で放物線を描く。このまま、ただ落下するのに任せるのならば、墜落、大破の未来しか有り得ない。しかしーーー勿論と言うべきか。間髪をいれず、ガランはカバスのボディを巧みに操作し、前輪を引き上げウィリーの体勢を取ると、断崖から飛び出すようにネジ曲がった金属材に駆動する後輪をグリップさせ、飛び跳ねた。

「あああああああああああっ!?」

それでも、モナカの絶叫はやまない。それもそのはず。飛び跳ねた車体を遥か下の地面と水平になるように倒したガランは、重心と車体バランスを絶妙にコントロールすることで、かろうじて残った側面のガードを走っているのだから。ほぼ数瞬とも言うべき時間ではあるが、バイクは重量を忘れ去ったような軌道を描き、そのままの勢いでもって向こう岸へと、横滑りに着地した。

「オイオイ、なんでお前がいっちゃん情けねえ声あげてんだよウ。普段からピュンピュン飛び回ってんのはモナカだけじゃんかよウ?」

「バイクの!ハンドルに!くくりつけられて!スタント・アクションを!されるのは!初めてなんだよ!!」

音量最大で喚き散らすモナカ。もしも、エモーション・トレース型のフェイス・パーツがついていれば、ガランもカバスもニヤニヤとした笑顔を浮かべているだろう。

「悪い悪い、そういうリアクション取れるヤツって中々いないから、な」

「もし、次やったら本気で帰るからね!アシスト報酬も絶対返さないぞ!」

「っと、立ち往生してるキャリア・ビークルってのはアレか…」

「話、逸らすなよ…ん、誰か人が、いる?貨物輸送専用のハイウェイに…?」

そう、都市迷彩柄のマントに身を包んだ人物が一人。そして、姿形は判然としないが、もう一人、確かに足元に倒れ伏している。

つい先程までの弛緩しきった雰囲気が、急激に張り詰めていく。これは明らかに異常な事態だ。

(モナカ、飛行許可の緊急申請、出しとけよ。一悶着はあるぜ)

(とっくに出してる。そっちも追加の補助申請しといてよ、アシストの申請だけじゃ弱いんだから)

仮想テキスト・ウィンドウで素早くやり取りを行い、ガランはカバスのボディからゆっくりと降車する。

(カバスは合図で突っ込め。モナカは上から。二人の撹乱に乗じて、オレが背後に回り込みながらの接近、制圧を行う。フォーメーション・Bだ)

(了解)

(任せてくんナ)

短い打ち合わせを瞬時に行いながら、ガランはそのマントの人影と対峙した。

「…荷物受け取り依頼を受託したシューター・ガランだ。アンタ、事故調査かなんかのシューター、か?」

そのような可能性はないことを予感、というよりむしろ確信していたが、あえてガランは確かめるように話しかける。しかし、その右手を油断なく右腰のホールド・ポイントに保持されている.38口径自動拳銃へと伸ばしながら、だが。

「…足元のそいつはーーー接続、切れてんのか?」

そう、そして足元に倒れ伏すボディは微動だにしない。内部駆動音もない。完全に未接続状態だ。

「…また、邪魔者を送り込んできたか。ならばここで間違いない、ということだな」

ぼそり、とマントの男は低く呟く。

「ン、一体何の話だ…!?」

「何も知らんのなら、わざわざ教える義理もあるまい」

ガランの問いかけに一応の返答を返し、マントの男はおもむろに手を翳した。

次の瞬間。

『『『切断。ディスコネクト』』』

三人からシステム音声が響いた。

「んぬっ!?コイツは!?」

ガランは頭部を押さえながら蹌踉めくと、構えようとした自動拳銃を取り落してしまう。カバスも一瞬、動き出しかけたが、そのままバランスを崩し、その場にガシャンと派手な音を立てながら倒れた。ハンドル部分に固定されているモナカも完全に停止してしまっているようで、だらんと羽根が力なく垂れ下がるばかりで、ピクリともしない。

しかし、マントの男のかろうじて見える目元は微かに動揺を示していた。確かに本体である脳髄との接続を断った。先程響いたシステム音はその証左である。そのはずなのに、ガランは蹌踉めいただけで倒れては、いない。どころか、音声を出力してさえ、いる。

「…いや、想定外の事態であるが、問題ない。直接打撃による排除を行う」

だが、すぐさま気を取り直したか、マントの男は決断的な速度で、まっすぐガランへと向かってくる。

「アァッ!?何だよ、この状況に、このボディはよぉ。恨むぜ、オレ!!」

しかし、ガランの混乱ぶりも相当のものだ。一度ぐるりと周囲を見渡し、向かってくる男の存在を初めて認識したかのように、慌ててファイティング・ポーズをとる。

「向かってくる人影、ひとつ!記憶領域にあんのは、近接戦闘関連、のみ!!そんなら、ブチのめせ、ってことでイイんだよなあ!?」

今、確かにガランのボディは、完全に自分自身と切り離された状態だ。しかし、シューターにはボディに存在する、演算機能や記憶領域を利用した非接続環境下での活動を行うための方法、というものがある。

通常サイズのボディに備わる機能は、人間一人の記憶の全てをバックアップし、人格を完全にエミュレートするには当然に不足している。が、逆に言えば記憶等をそのスペックで運用可能な容量に限定して保存し、疑似人格を構築することは可能なのである。たとえ、理論上、短時間ならば、等の注釈がつこうとも、だ。

先に拳、いや掌底を繰り出したのは、マントの男。その右手はフックの軌道を描き、ヘッドを刈らんと襲いくる。

「ーーシャッ!!」

「このッーー」

しかし、寸前に構えたアーム・パーツは、軌道上に差し込まれている。ガランは左腕側面で掌打を受け止めると、そのまま前蹴りでのカウンターを狙う。

「フッ!」

一呼吸。マントの男は掌底の反動をそのまま使い、半身となるように体を捩り、蹴りを避け、側面へと回り込もうとする。巻き上がるマントがガランの視界を塞ぐ。

しかし。

「ーーツァッ!」

気合とともに、ガランの伸ばした蹴り足が、そのまま横薙ぎの中段回し蹴りへと変化する。慣性など無視したかのようなメチャクチャな挙動にガランの腰の内側、スタビライズ・モータからギャリギャリと異音が走る。しかし、それだけにマントの男にも予想し得ない動きであった。

「グッーー」

噛み殺したような音を上げながら、男はその一撃を受け、流し、衝撃方向に自ら飛び、ダメージを可能な限り、殺す。そのまま、何事も無かったかのように立ち上がると。

「ーーー今の一撃に反応、するか」

やや悔しげな言葉が溢れる。

「ヘッ、こちとらこんなボディだが、Aクラス・シューターだぜ。そう簡単にヤれると思うんじゃねぇぞ?」

ガランは構えを崩さず、キュッキュッと細かいステップを踏みながら、ジワジワと距離をとる。

「さて、どうにも焦って手を出してきてるみたいだな?時間はこちらの味方、なのかね?」

ガランの指摘にマントの男は苦い表情を目元に浮かべる。明らかに時間を掛けたくない様子だ。

「ーーーまったく厄介だな。厄介だが、詮方ない。あまり使いたくはなかったがーーーこれならば果たして、どうだろうな。ーーー龍頸掌打・地裂<ドラグフィスト・グランデ>!

不意に男が叫ぶと、腰に据えられた四角のボックスからも、いくつかの重ね合わされた音声が同時に響いた。そして、そのまま鋭い踏み込みから、掌打を足元に向かって放つ。その掌打によって路面が吹き飛び、瓦礫がガランを襲う。範囲は広く動きも不規則ではあるが、その分緩慢な攻撃である。ガランが先程までの調子であれば、ダメージを負うことなく躱すことができる、はずであった。しかし、何故か再び蹌踉けたガランは、もろに礫弾の大半を食らってしまう。

「ヌアっ!?ンだよそりゃ、処理落ちしかけちまっただろうがよ!?」

咄嗟にヘッド・パーツを両腕で庇うガランの視界の端々に、オート・トランスレート・アプリケーションのエラー・アイコンがちらつく。何種類かの言語を重ね合わせて出力された敵の音声を、アプリが解析、翻訳を自動実行しているのだ。が、明確に意味の通じる訳が、難しいのであろう。急激にリソースが食い潰されていく。そして、その負荷で、ガランの動きは確実に鈍っている。

死鎌乃一咬<シックル・デス・マスティカ>!

その隙を捉えんと、身を低め、駆け寄ったマントの男は、しなるような後ろ回し蹴りを頭部めがけて打ち放つ。

「カッーー」

寸での所、上体を反らすことに成功するガラン。それでも、やはり動きに精彩を欠いており、先程のように打撃を割り込ませることができない。もはや防戦一方だ。

転身・鉄山靠<ナザド・デストラクション>!

「ーーーこの、いい加減にッ!」

背中全体を使った重い一撃を、上体を振り戻したガランは肩からのタックルのような動きで強引に潰す。が、踏ん張りが効かず、大きく体勢が崩れてしまった。

しかし、自動翻訳機能の穴を突いたとはいえ、こんなモノは所詮「初見殺し」の類の裏技的テクニック。通常の状態であっても、反応に一瞬の遅延を伴う程度にはなっただろうが、即座に対抗措置を取れる程度のものだろう。

だが、今は本体との接続が途切れ、ボディのリソースで無理やり疑似人格をエミュレートしているような非常事態である。畢竟リソースはギリギリであり、無理矢理なオーバーワークとエラーの発生がメモリに食い込み、ガランの戦闘経験のいくつかは、何処かへ消し飛んでしまった。

ならば不要なソフトウェアを切るべきか?否、バカバカしい状況ではあるが、至近戦闘中にそのような隙を晒せるわけがない。

それも先程から、頭部を破壊せんと執拗に襲い来る連打を、ギリギリのところで捌き続けているのであるならば、尚更である。

炯炯連弾掌<ブリッツェン・ラッシュ・クラッシャー>!

「グゥッ!」

しかし、最早それも限界であった。視界を塞ぐような拳でのフェイント。その後の本命、鋭く掬い上げるような掌底が、ガランの顎部から顔面をこそぐように破壊していく。

遂にガランは膝を付き。

項垂れ。

腕が、下がり。

そしてーーー右手に、足元に落としていた自動拳銃を握っていた。

「!!しまっーー」

パンッ!パンッ!パンッ!と正確に三回。乾いた炸裂音が響いた。

咄嗟に急所に当たることは防いだようだが、マントの男は着弾の衝撃で大きく距離を取らされていた。ボタボタと男の体から、液体が地に落ちる。

「ーーー成程な。頭部の破壊が、即致命打とはならないのか。やはり厄介極まりないな、機械の体というのは」

「へへっ、あんだけ、守り固めたんだ。流石に引っかかってくれねえと、な。コイツ、パラグリンのマークⅣはセンサを大型化したせいで、メモリや演算に必要な機能は全部、脊柱フレームに押し込まれちまってる。そんな中々に珍しい配置なもんだから、囮に使うにゃ丁度良かったのさね。ーーーそれに、生身の肉体をお持ちのアンタは、そんな事知らねえ、だろうしな」

そう。そのマントの男はサイバネティックス・ボディではない。現代の人口比では希少である、血を流す生身の肉体を有している。

「そして、もう一つ。状況解析する余裕が出てきたからなあ。タネが割れてきたぜ。コイツは、ジャミングじゃあない。今は壊れちまってるが、センサーのログに妨害波の反応がないし、ジャミングなら、数分に一回ペースで妨害波を出し直す必要があるからな。じゃあ何か?ーーーとなら、ハッキングしかねえわな」

そして、ガランはコートの内側ポケットから取り出した、強制再接続プログラムの入ったメモリ・チップを自身のスロットに差し込む。

『解析、完了。自動実行。接続確立』

システム音が鳴り、ガランは再び立ち上がる。

「フゥ、どうにか凌げたみたいだな。お疲れさん、オレ。しかし、離れたとこからこっちの接続プログラムを書き換えるなんざ、どういう方法でやってんのか教えてもらいたいもんだぜ。だが、まあ、そういうことだと分かってりゃ対処のしようもあるってもんさ」

サブ・カメラの視線を切らないよう、銃口と体の正面を、出血箇所を押さえ呼吸を整えるマントの男に向けたまま、ジリジリと移動したガランはカバス、モナカにもそれぞれチップを挿入した。

『『解析、完了。自動実行。接続確立』』

「よしッ!ようやく再接続できたよ!飛行許可も下りてるからね!」

再起動したモナカは、途端にホールド・ポイントから身をもぎ放つようにして飛び立った。

「さあて、形勢逆転、だな!」

「覚悟しなよッ!ボクの華麗な空中殺法が火を吹くぜッ!!」
得意気に羽ばたく金属球が、キュルキュルと回転しながら、午後を過ぎ赤く煌めきだした宙を舞う。そして、その後ろでは後輪を急駆動させた二輪ビークルが、その場で円を描くように駆け出し、その勢いのままに起き上がった。路面にタイヤ痕が焼き付く。

「オウオウ!派手にズッコケさせてくれたなア!オイラのボディにキズ、入っちまってるじゃねエかよオ!?コイツはキッチリ落とし前を付けてもらわないとなア!!」

「……流石に、これでは、排除は無理、か」

悔しげに顰める目元が、頭部に巻いた布と首元のマントの間から覗く。

「さて。トラブル・シューター・ガラン。貴存在を受託依頼の達成を脅かすトラブルの主要因と判定、拘束措置を執行、といかせてもらうぜ?」

「ーーー必ず取り戻すぞ」

「何をーーー待て、それは!?」

訝しむ声を上げるガランのサブ・カメラは、いつの間にかマントの男の右手に握られていた円柱型の金属にフォーカスを寄せる。

パウッ!

制止する間もなく男の右手は金属筒を放り投げ、次の瞬間、強烈な閃光が視界を灼く。ガランは反射的に顔のあった場所に腕をかざすが、カメラ・センサは既にそこにはない。サブ・カメラが閾値を越えた光をオートマティックにカットするが、結局それは視界を暗黒に閉ざす結果となってしまった。

「ミギャっ!?」

「ムゥ!!」

異口同音にモナカ、カバスがうめき声を上げた。あちらも両者共々、センサに閾値超えの閃光を、まともに喰らったようだ。光を遮る腕を持たないのであればそれも当然か。

「ああ、クソっ、スタン・グレネードか!?随分、準備が良いんだなあ!?」

三者三様、ブラック・アウトした視界映像に、緑色の【復旧まで後3秒】の文字列がポップする。

「カバス、モナカ、音拾え!方向くらい分かるだろ!?」

「いや、コッチには寄って来てない!ってことはーーー」

復旧した視界に写ったのは、先程までとほとんど変わらぬ景色。

ただ一点、マントの男が居ないことだけが違い、であろう。

「ーーーああ、チクショウめ、逃しちまったか」

モナカもすぐさま空に上がるが。

「ダメだ、ハイウェイ下に逃げられたみたい。下はーーー荒れ地、それも洞穴地帯だ。ボコボコに穴が開いてる。地下洞穴のどれかに潜ったんだろうけどーーー追いかける?」

「いや、お前さんだけじゃ無理だろ。オレもメインのセンサが粗方ブッ潰されたからな。追跡にゃキビしい状況だろうさ」

「オイラも今回はオフロード仕様じゃあないからなア。無理すると足回りがダメになっちまうかもだゼ」

「しかし、アイツーーー襲撃犯、だよね?わざわざハイウェイぶっ飛ばしてまで、なんだって貨物車両なんて襲うのさ。それも生身のーーー”ハイア”の人間だろ?」

「分からん。情報が少ねえんだよな、っと、そういや、そこに一人ブッ倒れている奴がいたな?」

マントの男がはじめに立っていた所、そこにはハックされた上で強制切断の憂き目にあったのであろうボディが一つ倒れている。

「ちょっと吸い上げてみようか」

モナカはピュンと、ボディの上に移動すると、倒れたボディのコネクタに自身のケーブルを伸ばす。

「んー、やっぱり内部領域にはパーソナル・データの残留はないね。接続プログラムはーーーうん。書き換えられてる。あとはーーーそうだね、パルクール。都市内運搬用の機動制御プログラムが残ってるくらい?」

「オイラたちみたいに、強制再接続して話は聞けないのかイ?」

「どうかね、ちょっとばっかし時間が経ちすぎてるかもな。このプログラムも万能じゃねえからな。他のボディに繋いでいたり、”アンダー”に潜られてたりすると、もう効かねえんだよ」

マ、試してみるかね、と呟きながら、ガランは先程までモナカのケーブルが刺さっていたコネクタに、プログラム・メモリを挿入してみたが。

『エラー』

やはり、システム音はエラー通知を返すだけであった。

「ーーー駄目か。しかし、かなりの高機動セッティングだな、コイツは。全くどういうことなんだ?」

しげしげと倒れたボディを見ながら、ガランは唸る。

「レーベルは何処だろ?ーーーっていうか刻印、削られてない?ウーワ、キナくさーい」

モナカの指摘通り、ボディの各所には削ったような跡が見受けられる。それもレーベルやアーティストといった製造元に繋がりそうな刻印が施されていたであろう場所に、である。

「コイツは一度、回収して解析しないと何も分からんだろうなア」

「同感だな。しかし、今回も厄介事には事欠かねえ、か」

一旦、謎のボディに対する解析を諦め、ガランは、次に貨物車両に向かった。

一般的な都市間流通用の無人運搬ビークル。コンテナにはこじ開けられたような痕跡もなく、外観から損傷は見受けられない。しかし。

「ーーーコイツもハッキングされてんのか。完全にシステムがトんでるな」

「ってことは、あのマントの狙いはこの貨物ってこと?そんな狙われるようなモノ運ぶかな?そもそも、そこまでのモノなら無人車両で運ばないでしょ?」

「そこだわな。正直、アイツの狙いもさっぱりなんだよな。っと、とりあえず、依頼はちゃんとやっとかねえとな」

車両前方のハッチのコネクタから流通システムに手早くアクセスしたガランは、依頼人から預かった暗号化キーで代理受け取り申請を行う。

『認証。貨物引取者。シューター・ガラン』

システム音の後、バチン、プシューと音をたてコンテナが一部開放し、一辺が1mはあろうかという金属製の立方体が一つ差し出された。

「えっ、デカ!カバス、こんなの積めるわけ!?」

「ギリギリだなア。旦那が背負うとして、後は重量と重心次第だがよオ、サスには負担だなア。旦那ア、コイツはチョイと追加ではずんでもらわねエとよオ」

「アー、分かった、分かったよ。……この依頼、オレの取り分残らねえんじゃねえか」

このサイズはガランも予想しておらず、思わず残骸しか無い頭を抱えるようなポーズをとる。

「しかし、サイズもそうだけど、えらく厳重に梱包したもんだね。特殊合金製じゃない、コレ?なんか保温装置や通気装置までついてるみたいだし。何が入ってんのさ?」

「アー、依頼人は服飾デザイナーなんだとよ。そんで今回の荷物であるところのブリテン・カテゴリ職人謹製の、この布地がないと明後日の展示会に間に合わんのだとさ。植物繊維で織られているから、とか、温度とか湿度がウンタラ、とか言ってたかな」

ログに残すのも億劫だったのか、思い出し思い出し話すガランの説明は、どうにも中途半端だ。

「ンー、や、でも、ガラン、コレ、どこかで、一回開けられてるっぽい」

金属箱の周りをグルグル飛び回り隅々まで見回したモナカは、ポツリと言った。

「ーーー何だと?」

「何か、封印スロットに、非正規手順で、開けられた痕跡、がある。たぶん、だけど。一応、中を、確認したほうがいいかも。って勝手に開けちゃマズイか。マズイよね。マズイよ!何を言ってるんだよ!」

よほど集中しているのか、普段とは違い、確認するように一言一言区切るように発していたモナカは、途中で我に返ったのだろう、自身を諌めるように叫んだ。そもそもシステムに属するトラブル・シューターの前でして良い発言では、決してないのだから。しかし、ガランはそんなことを気にしてはおらず、それどころか。

「ーーーモナカ、お前さんの工房はフランス・カテゴリ、だよな?」

何やら、不穏な発言を、する。

「えっ、そりゃ、あるけど……いや、待った、待て待て待て。嫌だよ、ヤダかんね、ボク」

真意を図りかねたか、ヘドモドとモナカは返す、が。すぐに気付く。ガランが何をさせようとしているのかを。

「でも、気になんだろ、お前さんが言い出したことだぜ?それにお前さんの工房なら、ピッキングした上で元通り封印もできるんだろ?」

「いやいやいやいや、シューターがそんな事を唆してどうすんのさ!バレたらタダじゃ済まないわけだろ!?」

焦りながら、モナカはガランに食って掛かった。ログも即座に消去、というか、記録を取ること自体が危うい。慌てて機能をオフにするが、ガランは全く気にしていないのか、そのまま普通に言葉を続ける。

「だが、今回のこの依頼に付随して襲撃があった。下手すりゃテロルの可能性すらあるぜ?コイツを開けた途端に、ドカン、はないだろうが、できるだけ耐性のある設備で確認した方がいいだろうがよ」

そういえばガランは、こういうヤツだ、多少の違反や危険よりも、最短ルート、直撃を好むんだった、とモナカは内心で呻く。

(ーーーだから、厄介事を呼ぶんじゃないの?)

とは、音には出さない。

「なるほどねエ。確か、モナカの工房にゃ、耐爆耐食耐熱、くらいまでならあるんだろウ?まァ、オイラの工場にもあるんだが、近いのはモナカの方だわなア。けども、そンなら依頼人が立ち会いの下でやるのが筋じゃないのかイ?」

どことなく乗り気なカバスが、至極妥当な案を提示する。

「そうだよ、筋は通さなくちゃ!」

コイツ、自分の工場じゃないからって、ちょっと楽しんでんじゃないか?いや、でも、その提案なら、危ない橋を渡らなくて済むかも、などと思いながら、モナカも、コレ幸いとカバスの提案に乗っかる。

「いや、さっきも言ったがこの件、依頼人がどうにもクサい。はっきり言ってタイミングが良すぎる。普通、こんな依頼が出ること自体が珍しいし、襲撃まであるのは偶然じゃあないだろうよ。まあ、裏表全部包み隠さず依頼してくるヤツなんてほとんど居やしないんだけどな。マ、なもんで、できるだけ依頼人にも伏せて行動したいってことさ。もし、仮に、ドカンといって被害が出たとしても弁済はキッチリするからよ、どうかね、モナカさん?」

しかし、ガランは引き下がらなかった。コレは。この流れは。モナカは、過去の経験を思い出す。コイツとは、決して短い付き合いではないのだから。

「ーーーはぁ、貸し、だかんね。今回は、かなり高いから。覚悟しといてよ?」

暫しの沈黙の後、諦めたようにモナカは告げた。

ガランは、肩をすくめるジェスチュアで答えた。

7

フランス・カテゴリ、パリ・クラスタの細工職人街の一角にモナカの工房はある。モナカの普段の仕事は金属細工、彫金や金属繊維を生かした装飾品の作成等、だ。実際の所、普段、使っているボディの金属羽根も、凄まじく薄く加工された上に、細やかな彫金を施された作品の一つである。

「この辺か、案外近かったな」

背中のアタッチメントに金属函を接続したガランは、カバスをゆっくりとモナカの工房前に停めると普段よりも丁寧な動きで降車する。

「解錠してるから、入ってきてよ」

一飛先に戻ったモナカからの、音声通信を確認し、そのまま、鉄柵の丁度中央にある、石造りのアーチに綺麗に収まった門扉をゆっくり押し開ける。カバスが緩々と自走しながら門をくぐると、ギィと音を立て扉は閉まる。

「しかし、良かったのかねエ。”現場”をほたらかしたままでよウ」

建屋まで数歩分の石畳を鳴らしながら、カバスは問うた。

「現在受託中の依頼が最優先、だろ?システム経由で申し送りはしてるし、依頼完了後に改めて情報共有する算段もつけてる。それで勘弁してもらうしかねえわな」

そう、今頃、先程の”事故現場”には、別のシューター・チームが到着する頃合いであろう。ガラン達は”現場”を荒らすだけ荒らした挙げ句、現在受託中の依頼があることを盾に、トンズラを決め込んだ形だ。

「うへえ、ボクならそんな”現場”の調査、解析なんてやってらんないね。結構、恨み買っちゃったんじゃないの?」

家中にいるであろうモナカが、音声のみ割り込ませる。

「いや、担当のメグレは一応、知り合いだから、な。まあ、ちょいと経費は必要だが曲げたヘソくらいはなんとかできる、ハズだ」

「ふうん。そんなら良いけどさ。これ以上ボクの迷惑が増えないように気をつけてよね!」

腹を括ってしまったのか、モナカはすっかりいつもの調子だ。

「へいへい。しかし、初めて来たが、なかなか立派な工房じゃねえかよ。随分とハイソサエティな方だったんだな。これからは、サーを付けたほうがいいかね?」

「冗談!この辺は貴族主義とは無縁だし。そもそもそれって、ブリテンの文化じゃなかった?詳しくないけどさ。ーーーさ、入って」

無駄口を叩きながら、軽く足下の土埃を払い、玄関をくぐるガラン。

「あ、カバスは、予備のボディ、今、空けるから。絶対にそのボディで入ってこないでよ。」

「何だよウ。ちゃんと足回り拭えば、大丈夫だよウ」

「気分の問題!バイクが自分ちに上がりこんできたら、何かヤじゃんよ!」

ヒッデエなア、とカバスはボヤくものの、流石に家主のルールには従うほかない。そのまま、外壁に沿って停まり、スタンドを立てた駐車姿勢を取ると。

『切断。ディスコネクト』

一度、ボディからの切断を行った。

『接続確立。コネクト』

「ホ、中も立派モンだねエ」

しかしすぐに、テーブル上の金属球型のボディに繋ぎ直したカバスは、驚嘆の声を上げ、そのままジロジロと好奇の視線を部屋中に飛ばす。

産業革命後の欧風建築様式を模したモナカの工房は、こざっぱりと片付いており、また、近場の作業台に無造作に置かれた、細かな文様を刻まれた装飾品も、まるでそういった展示物であるかのような雰囲気を醸し出している。木と石を組み合わせた見た目の室内は、普段のモナカとは相反した落ち着きに満ちていた。

「アー、モナカさんよう、予備のボディがあるなら、ヘッド・パーツも置いてないかね?流石にいつまでもコレじゃあ調子が出ないんだが」

しかし、サブ・カメラで過ごすのは限界なのだろう。鑑賞もそこそこにガランは三指で、己の脊柱フレームしか残っていない顔の残骸を示す。

「ええと、メイン・フレームがハーマサット、なら、ネック・ジョイントは、ユニバーサルの、5版かな?」

ヒュイン、と風を切って工房奥から現れたモナカは、キュルキュルとコマドリのような動きでガランの周囲を飛び、ボディのバージョンを確認しながら聞く。

「いや、もうちょい古い。4.8だ」

「ウエー、マジかよ。暗黒時代じゃん。でも、4系なら、選択肢は無いね。お代はサーヴィスするから、絶対文句は言わないこと。そっちのドレッサーの中、一番左のボックス。外した残骸はーーー右手のカゴにでも」

「了解。助かるぜ。ーーーサーヴィスってなんだよ?そんなヤバいのか?」

「ーーーまあ、見れば分かるよ。ウン。あ、その前に、奥の精密作業スペースに背中のソレ、置いてきてよ。軽く触っとくから」

「アー、ハイハイ」

含みのある言葉に無い首を捻りながらも、考えるのは無意味と悟ったか、ガランは大人しく指示通り背中の”荷物”を、フェイク・ウッドで作られた前室と比べて、どこか寒々しいのっぺりとした金属壁に囲まれた奥のスペースに慎重に下ろすと、そそくさとドレッサーに向かった。

間を置かず、隔離スペースに飛び込んできたモナカは、蜘蛛をモチーフにしているのだろう、多脚ユニットに収まる。そのまま羽根を内部に収めると、その場所に出現したコネクタに作業用工具を繋ぎ、作業に取り掛かる。

「しかし、ホントウ結構良い設備だよなア。オイラは詳しくないけどよオ、ここまでする必要あるのかイ?」

モナカと比べると覚束ない羽根使いで、カバスもスペースにふよふよと入ってくる。

「金属加工って、薬品を扱うんだよ。必要なら溶接とかもするし。だから、万一に備えて、防災設備付きの隔離スペースを、わざわざ置いたんだよ。ーーーただ、その万一には爆弾処理班の真似事は入ってなかったんだけど、ねえ」

「ソレばっかりはお星さまのめぐり合わせってモンだろウや。しっかし、まア、モナカ、よく気づいたよなア、オイラにゃこの封印の何処がオカしいかなんてエのはサッパリだゼ」

モナカは精細アームを繰り出し、函と蓋の継ぎ目に施された、特徴的なエンブレムを弄り回している。

「んー、コツはあるけど、今回のコレは比較的わかりやすいよ。ガランもメインのカメラ・センサ生きてればすぐ気づいたと思うし。後でデータ共有したげるよ」

「悪いなア。どうにもそういったもんには縁遠いもんでねエ。ーーーそういうのは何処で習えるもんなんだイ?」

最低限、邪魔はしないよう距離は取っているものの、好奇心が押さえられないのかカバスは問いかけを続ける。

「ーーー鍵職人の徒弟をやってた時期があったんだよ。ガランと知り合ったのもその時期。結構装飾に凝るヒトでね。お陰でボクも金属細工の職人さ」

世間話程度では作業の妨げにはならないのか、モナカも普通に応じる。

「ハハアン、さては、オイラみたいに旦那にトッ捕まってから、ツルみだしたクチじゃねえのかイ?金庫破りなんぞやらかしてよオ」

「ノー・コメント!詮索は止めてよね!」

「そんな隠すことでもないんじゃないかねエ。まァ、人それぞれ、ってヤツかイ」

少し踏み込みすぎたかネ、と音声を出さずに心中で己に呟くと、カバスは言われたとおり、それ以上の詮索を止めて引き下がった。

「それで、その封印はどうにかなりそうかイ?」

「ん。ブリテン発送の貨物、なら物理セキュリティは、まず間違いなくレストレード・レーベルが手掛けてるはずさ。電子認証と暗号キーの複合で、ハッキングには強いんだけど、実はピッキングにホールがあってーーー緊急時用の、バックアップに付け込めばーーーこれでどうだ!」

ピン、と小気味良い音を立て、函体の上面が薄くスライドし、浮き上がる。プシィと、気の抜けるような音が響くと同時、ガランもドレッサーから戻ってきた。

「お、ようやく戻った?とりあえずのヘッドはソイツでいいかな?完全オリジナル、モナカ・レーベルの付け心地はどうだね?」

戻ってきたガランのヘッドは、細かな装飾が彫られたガラス球に置き換わっていた。中央には光源があるのか薄らぼんやりと発光している。

「いや、よくもまあこんなもん作ろうと思ったよな。結局中身はお前さんのボディのスペアだろ?控えめに言って、ナントカと紙一重だと思うぜ?」

出力音声と同期して、色が変わり、都度浮かび上がる文様も様変わりする。中では粉末状の何かが舞っているのか、ふわふわキラキラとしたアクセントとなっている。

「作業中の気分転換だよう。言うほど悪くはないと思うけどね」

「ーーークッ、ッハハハハ、ダメだ、旦那、我慢できねエや、ヒッ、何だいそりゃあ、スノードームのお化けじゃねえかイ!?」

「ーーーこれで視界、全然悪くねえんだよなあ。力の入れ方、おかしいだろ。どうなってんだよ」

「企業秘密、だよ。そんなことより、ホラ!開いたんだから、さっさと確認しちゃってよね。時間、かけると良くないだろ」

「そんなことってな、人様の頭をーーーいや、時間掛けると依頼人に疑われるか……?マズイのはその通り、か」

言葉を飲み込み、切り替えるように頭を振るガラン。ブワッと粉末が舞い、ツボにはまったのか、カバスは地面に墜落して笑い転げる。

「よし、開けるぜ」

「オッケー、ログは切ってる、万一の準備も、良いよーーーカバスも、いつまで笑ってんのさ、準備、良い?」

「ヒッ、いや、大丈夫だよウ、やってくださいやア、クヒッ」

締まらねえなあ、どうも、と呟きながら、ゆっくりと蓋を持ち上げるガラン。

「アー、なんだ、今回も随分でかいトラブルがやってきちまったみたいだな?」

開け放たれたハコの中には、更紗の布地にくるまれるようにして、生身の肉体を持つ少女が一人、丸まるようにして収まっていた。

「でかいトラブル?なにさ、ソレ?」

「オイラにも見せてくんなよオ」

呆然と呟いたきり停止してしまったガランを訝しみ、カバスは羽根を震わせ、モナカは蜘蛛足を伸ばして、高さを稼ぎ、ハコの中を覗き込む。

「ーーーって、ハァ!?人間!?バカじゃないの!?」

「イヤイヤ、旦那ア、流石にコイツはシャレにならんのじゃないかイ」

やや間が空いたが、すぐに二人も動揺を見せる。

「ーーーとにかく、外に出してやらねえと」

一足先に正体を取り戻したガランは、ハコの中身をそっと抱えようと、したが。

「そういえば、モナカ、このスペース、生身の人間は大丈夫かね?どうにも、この身体だと、その辺が無頓着でいかんな」

「ーーーえっ、ああ、そうか、残留ガスとか、汚染ーーー汚染ね。いや、大丈夫。この辺の工房は時々”ハイア”の顧客が来るから。このスペースも、換気したばかりだし」

「いやはや。オイラの工場で開けなくって、良かったぜエ。ナマニクだと、すぐイチコロだア」

「ーーーそんで、生身のカラダってどのくらいの強さで掴めたっけかな」

「ちょ、怖いこと言うなよ!」

最初の衝撃は過ぎ去ったが、それでも微妙な緊張感は拭えず、ガランが壁際の比較的清潔そうな台に、ゆっくりと”荷物”を下ろすまで、沈黙が場の支配権を握る。

「ヨシ。ひとまずは、ヨシ、だ」

「でも、さ、その子、何かグッタリ、してるんだけど、もしかして、さ」

息を詰めていたモナカは、殊更、不安そうに問いかける。

「いや、ちょっと待て、確かに意識は、無い。無い、が、呼吸は、しているな。生きてるぜ、安心しな」

「そっか、生きてるのか、良かった。うう、良かったあ」

どっ、と安堵を漏らすモナカ。

「さて、意識のないお嬢さんを、ジロジロ眺めていじくり回すのは、問題ある気がするが、緊急事態だ。もうちっと詳しく調べさせてもらわんと、な」

「いや、そうだろうけど、え、なんかイヤらしい言い方じゃない?わざと?」

「ーーー今の旦那の見た目だと、どうなんだろうなア、この状況。いやはや、Bクラス・ムービー・コンテンツ、かねエ」

「おい、二人共、うるせえぞ」

安堵ついでに徐々にペースと、無駄口が戻ってくる。

「肌は褐色気味の黄色、黒髪、で短い。ベリィ・ショートってくらいか?髪質は良いな、きちんと手入れされてたんだろう。元々は、長かったのかもしれんが、どうも適当に刈られた、みたいだな。毛先が揃ってない。首筋にフィルム状の何かが付着、こめかみ、手首、足首等々に吸盤か何かの痕ーーーチッ、何か、処置をされてるかーーー?外科的処置、じゃないが。手間はかかってる、な。肉体年齢はティーンに入ってるか、ってとこかね」

意外と性能の良い、スノードーム・ヘッドで、ガランは情報の収得と解析を続ける。

「つまりは、誘拐事件ってことになんのかイ、旦那ア。この嬢ちゃん、”ハイア”の行方不明者、とかかね?」

「そんじゃあ、ハイウェイのマントマンは、この子の身内ってこと?取り戻す、とか言ってたよね?」

「どうかね、共通項は生身ってだけだがね。それに、行方不明者リストにはーーー該当者は無いな。そうなると、届け出もせず、自力で取り戻そうとしてることになるがーーーダメだな、やっぱり情報が薄い。全体像がまだ見えねえな。依頼人がどこまで噛んでるのか。黒幕が別にいるのか。アー、そうだ。そのハコ、他は、何か入ってねえか」

「ん、そうだね。ちょっと、見てみようか」

ガランが振り向くと、既にモナカはハコの縁を蜘蛛足の先でホールドし、ボディの大半をハコの中に沈めていた。

「ちょっと、待ってよーーー樹脂製のシリンダー、生体用の無針注入器かな?表記によると、鎮静剤と、後は栄養剤のシリンダーが2つにーーーこのインベントリーは、自動展開装着型の防護スーツと、フル・フェイス・タイプの耐汚染マスクーーーじゃないかなーーーそれとーーーあっーーーコレ、は」

モナカが、その精細アームでつまみ上げた布端には、ひと目ではガラス細工の嵌め込まれたボタンのような、カメラ・センサが、付いていた。薄っすらと赤く点滅。暫時、弛緩する空気が漂ったが、我に返ったようにガランは布をひったくり。

「アー、よし、まずセンサ潰すぜ、んで、叫ぶ。チクショウッ!!」

宣言通り、カメラ・センサを叩き潰した。

「叫びたいのはコッチの方だよ!?ああもう、相手方がなんなんだか分かんないけどさ、勝手に開けたのバレてたってことだよね!?」

「そうだな、それは間違いないだろうぜ。アー、クソッ!完全に油断してたな!信号発信のチェックを怠るとは情けねえ!カバス!表のボディに繋ぎ直してくれ!状況を確認、頼む!」

「おうサ!」

『切断。ディスコネクト』

カバスは、すぐさま言う通り接続し直し、音声通信を繋ぐ。

「ヨシ、お二人サン、心して聞きなヨーーーこの工房にピンポイントでサイレンス・フィールドが展開しつつあるよウ。それもかなりの高品質だぜエ。具体的には爆発音程度までなら吸収するレベル、だアなア。つまりはーーー」

「ーーーアタック、だな。もうそろそろ日が落ちる。猶予はないな」

一旦、大声を上げたおかげか、やや落ち着いた様子のガランは顎ーーというより下半球が正確かーーを擦りながら、思案する。

「アタック、だな、じゃあないだろう!?どうするつもりさ!!」

「迎撃、は悪手、かーーー?敵の規模も練度も読めねえな。それに、奪還なら良いが、証拠の隠滅ーーーつまりはこのお嬢ちゃんを消すだけなら、工房を吹き飛ばして仕舞い、か、さてーーー」

%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%

日が暮れ始めた。同時に、東の空から徐々に網目状の星々がさんざめく夜の領域が広がる。

モナカの工房を囲む影の数は、前庭に6、左右の壁際に1ずつ、建屋後ろに4の、いまや12を数える。それぞれの細部には微妙な違いが認められるものの、同一のレーベル、アーティストの手からなるボディであろう、ルネサンス前後の西洋甲冑をモチーフにしたその出で立ちは、まさに戦装束に他ならず、暴力を煮詰めて型をとったかのように、その体色さながらのギラギラとした鈍色の殺気を振りまいている。しかし、それに反して、駆動音も足音も重装式とは思えないほど静かなのは、消音領域の機能が万全である証左か。更に影の幾人かは、柱状の金属を構えている。ショック・ブラスターの類であろう。影の隙間から漏れる走査光は毒々しげな朱色。

《何か問題は》

《二輪ビークルが屋内に入った。おそらく逃走手段》

《対象には発信装置が》

《レーダーから目を離すな》

短文が影達の視界端を流れる。

《構わん。突入する》

影達は、不要なアイ・コンタクトすら削った、最小限最高効率の動きで包囲を完了し、先頭の影が、ひとつ、今まさに、踏み込まんと、扉にーーー。

触れた、瞬間。

無音のまま、弾けるように扉が内側から砕ける。そのあまりの静けさに、エキゾーストパイプから煙を不満げに放ちながら、二輪ビークルが躍りだした。車上には全身に布を巻き付けた人型。背には不自然な膨らみ。

《抜かせるな》

《抑え込め》

しかし、スクラムを組むかのように、前庭の影が4つ、素早く立ち塞がる、が。

次は、右で不測事が起こる。窓が破られ、円盤型の大型ドローンが、レストレード・レーベルのエンブレムが輝く金属函を抱えて、飛び出してきた。急旋回とともに螺旋状の軌道で浮き上がる。

《構わん。落とせ》

《撃て、撃ち落とすんだ》

しかし、対空砲火の如く吐き出されたショック・プラズマは、射手の期待には応えられず、虚空へと悔しげに減衰光を残すのみだ。円盤は挑発的に左右に振れる。

生まれた一瞬の間。二輪ビークルから注意が逸れる。その隙を見逃すわけもなく、駆動輪を浮かせ、回転するジャック・ナイフ・ターンで、二輪ビークルは囲む影にしたたかな一撃を見舞わせる。間髪入れずに、急発進。前庭が、突破される。

円盤も、その機に乗ずるべく、反対方向へと飛び立つ。

《ツー・マンセルを2チームずつ。追え。破壊しろ》

《イエス・サー》

苛立たしげに腕を振るい、指示を飛ばしたのは影達のリーダー格か。すぐさま、前庭の4体は二輪ビークルを追うため、踵のローラーを駆動させ、街中へと飛び出し、右側面の1体と後ろの3体は、肩甲骨付近の圧縮空気式スラスターユニットを展開、円盤を追い宙へと上がる。

《ーー残りは待機。俺が中に入る。発信装置は動いていない》

《取り外されたのでは?》

《それを確認する》

《イエス・サー》

《ご武運を。ラヴェル卿》

一瞬、揺らぎを見せたが、ラヴェル卿と呼ばれた影は再び冷徹さを取り戻し、改めて工房へと踏み入る。偽の木石が散りばめられた部屋の先、レーダーの反応はそこからだ。

ブラスターの先端を突き込み、動体センサーを併用し、慎重に、しかし、素早く、内部を走査したラヴェル卿の視界には、対象に取り付けられているはずのフィルム型発信装置がアンティークのメトロノーム上でゆらゆら揺れている様が映るのみ。

「………ッ!!」

感情の発露を抑えることが叶わず、思い切り作業スペースの金属台を殴りつけるラヴェル卿。しかし、消音領域の作用は完璧であり、音なき振動が走るだけだ。

《サー。状況を》

《ーーー発信装置は取り外されている。勘の働く連中だ》

《では、我々も彼奴らを追いますか》

《いや、待てーーー》

その時、ラヴェル卿の暗視モードの視界が捉えたのは、金属板に覆われたスペースの奥。廃棄金属回収用のダスト・ハッチが大きく口を開け、黒々とした闇を吐き出す光景であった。

《三手に分かれた。ターゲットがどれかは不明。遺憾ながら分散して追う》

何処かへと、報告を打電しながら、ラヴェル卿は残りの部下3体と合流し、ハッチ内へと姿を消した。

暫くの静寂の後、消音領域は徐々に霧散していき、メトロノームが規則的な音を鳴らす暗闇だけが残った。

ギィ、と微かな軋み音。ドレッサーの開き戸から、人頭大のスノードームが覗く。辺りを見回すと、一度引っ込み、ゴトゴトと音を立てていたが、すぐに更紗を巻かれた何かを抱えて飛び出してきた。そのまま、粉々の扉に向かうと、ドタドタと夜闇に駆け込んでいく。頭部の光源から軌跡が尾を引いたが、それもすぐに見えなくなった。

パリ・クラスタの北側。一時間もすればネオンが輝き出すであろう歓楽街は、未だ宵の口の微睡みの中だ。大通りから少し入った路地のすぐ右手、地下への階段の先にあるバー、”ジュノン”も開店の準備中のようであり、未だ扉は開いていない。しかし、そこの女主人にツテのあるガランは、事前にメッセージを飛ばしていたこともあり、無遠慮に踏み込んだ。

「あら、どちら様かしら?セクシィな球根頭さん?」

「ーーーいや、メッセージ飛ばしただろうがよ、ソピア。オレだ、ガランだ。アー、この頭は緊急避難だ。今日は、色々あったんだよ」

色々、に万感の思いを乗せられるよう試みたのか、絞り出すような音声を出力するガラン。

ソピアと呼ばれた女主人は、どこか気怠げだが、均整の取れた、まさに絶世と言っても良い美女であった。豪奢な金髪は腰まで伸び、形の良いバスト、くびれたウェスト、丸いヒップを真紅のナイトドレスが艶やかに引き締める。勿論、”ミドル”に居を構える以上、この身体もサイバネティックス・ボディではあるのだが、ほとんど生身と見紛うばかりの、完璧なボディだ。

「突然、連絡をよこして店を貸し切りたい、なーんて。アタシの店もそうだけど、アタシ自身だって結構高価よ?アナタの稼ぎだと一晩で破産しちゃうかも」

意味深な流し目を送りながら、ソピアは囁くように声を発する。

「ソッチじゃねぇよ。悪いけどな。ちょっと奥の部屋借りるぜ」

軽口に付き合うつもりはない、とズカズカとカウンター後ろの扉からプライベート・エリアに入り込むガラン。部屋の奥、キングサイズのベッドに、そっと布包みを下ろす。

「あらら。ちょっと期待してたアタシが馬鹿みたいじゃない。なあに?その大事に抱えて来たお荷物は?」

特に気にするでもなく、鷹揚に部屋の入り口、扉枠にもたれて、ソピアは問うた。

「厄ネタ、だよ。これに関しちゃ、申し訳ねえ、と先に謝っとくぜ」

ふわりと包みを解いて、布を広げると一糸纏わぬ褐色肌の美少女があらわれる。

「ちょっと、ここ、持ち込みは禁止よ?アタシも混ぜてくれるって言うなら、考えなくもないけど。まさか、この一晩はアタシに店から出ていけ、とか言わないわよね?」

「違う違う!!そういうんじゃねえよ!分かって言ってんだろ!?今回も完全にトラブル絡みだよ!依頼の結果こうなってんだ!」

あくまで邪険に対応するガランを、楽しげに眺めながらソピアは、尚も軽口を連ねる構えだ。

「なによ、冗句じゃない。通じないの?アナタ。仕事人間だとは思っていたけれど、本当にそうなのね?ーーーところで、このお嬢さん。攫ってくるのがお仕事なの?」

「人攫いの依頼でもねえよ!アー、しかし、結果的に攫ったことになんのか?この場合はよ」

「場合も何も。ついさっき、システムがこーんな通知出してるんだけど?」

ソピアが右目を器用に眇めると、ガランの視界端にメッセージがポップする。

《シューター・ガランがスタンリア卿宛の貨物を略取し、更に卿が後見を行っている”ハイア”の少女を拉致したとの通報があった。ついては、全シューターに対し、システム発の依頼を発行する。ガランの身柄を確保。少女を救出。貨物を奪還せよ。詳細は添付のデータを参照することーーー》

ア゛ア゛ンッとしか形容できない唸り声が、ガランのスピーカーから響く。

「ーーークソックソッ。後手に回っちまったかよ!!それもよりによって、後見、だァ!?事前に準備してねえと、このタイミングで、んなもん出せるわけねえよなァ!ってこた真っ黒じゃねえかッ!!あンの貴族かぶれのクソッタレがッ!!

思わず吼えるガラン。

「落ち着きなさいな。あんまり大声出してると、通報されるわよ?」


「ーーーアー、チクショウ、不用意に手ぇ出すんじゃなかったかよ。しかし、どうだ。他のシューターも駆り出されるなら、あの二人で時間はどのくらい稼げるかね」

ひとしきり吼えて落ち着いたのか、プシュッ、と関節部を鳴らしながらガランは腕を組み、天井を仰ぎながら状況の整理を始める。

「流石。切り替え、早いじゃない」

「アー、何だ。事ある毎に手配かけられてるしな。どうせ大半のヤツは、またアイツか、程度にしか思わんだろ?」

どこか諦めた風に肩を竦めてみせるガラン。

「ところで、アタシ、知らせてはいないわよ」

まだ、だけどね、と妖しげな笑みで口元を彩るソピア。

「いや、それに関しちゃ信頼してるぜ。何しろーーー」

「あの時も、そうだったわよね?アナタは、余計な首を突っ込んで、システムから手配をかけられてーーー」

笑みを深め、ソピアが囁く。

「ーーー悪いが、思い出話はまた今度だ。まずは情報。後はどうするにせよ”ハイア”に上がらねえと、だな」

「ーーー本当、アナタは変わらないわよね」

呟いたソピアは、寂しげな視線を流す。ガランは、そちらを見ていない。

「ん。あら、囚われのプリンセス、お目覚め、みたいよ?」

更紗の上、少女の肩が不規則に揺れ始めたのを目敏く見つけたソピアが注意を促した。

《できることは協力するけど、まずはアナタ自身でお話しなさいな》

音声出力を止め、戸口から離れたソピアはカウンターの方へと回り、カチャカチャと開店作業の続きを始めた。

「ーーー」

ゆったりと起き上がった少女は、自身の状況にあまり頓着していないようで、その裸身を隠す素振りも見せず、ベッドの上で座り直すと辺りを見渡している。その黒い瞳は、未だ薬物の影響下にあるのか、トロンと眠そうな印象だ。

さて、一先ずの正念場だ、とガランは自身に言い聞かせ。

(正直な話、この年頃のお嬢ちゃんとは、どんな感じで喋りゃあ良いのかねえ。もしも、状況を誤解した嬢ちゃんが闇雲に暴れ、叫び出したりしちまったら、どうすれば良いのか見当もつかんぜーーー)

それでも、内心、独りごちる。

「お嬢ちゃん。混乱してるとは、思う。だが、聞いて、否、信じてほしい。オレは味方だ」

少女の目線に合わせるように屈み込み、可能な限りの真摯なトーンを、意識して出力しながらガランは告げる。が。

少女は軽く首を傾げただけで、特に何も返すことはなく、おもむろにガランの頭を揺する。

「綺麗」

呟いた少女の瞳に映る球状の頭部。内部を舞う粒子はキラキラと虹色に輝いている。

「ーーーアー、その、な?」

《今のは、多分ドラヴィダ語族系の単語じゃない?》

まだ顔を出す気はないらしいが、ソピアがポップアップ・メッセージで助け舟を出す。

《ちゃんと翻訳した言葉を出力したげなさいな》

「ーーーそういうことかよ。どうにも生身の人間相手は慣れねえな」

他者とのコミュニケーションは、基本的に相手の自動翻訳アプリ任せである。その癖で、いつもの調子で話しかけてしまっていた事に気付いたガランは、チョッ、と舌打ち音を軽く鳴らした。

もしやハイウェイのアイツも言葉が通じてなかったのか、と、ふとした考えがガランの頭に過る。が、今はソレはどうでも良い。兎にも角にも目の前の問題に再び取り掛かることにする。

「アー、アー、悪いな、お嬢ちゃん。これで通じるかい?」

突然、流暢に自分の分かる言葉で話しかけられた少女は、驚いたように目を大きく開いた。

「あ。ごめんなさい。何か私に話しかけてたんですね?つい、その。ええと」

「オレの名前はガランだ。安心してくれ、お嬢ちゃんの味方ーーーシューターだ」

「シューター?」

「ん?いや、トラブル・シューターだ。お嬢ちゃんの暮らす”ハイア”にも時々トラブルがあるだろ?その解決をやってるんだ」

”ハイア”ーーー私、そこで暮らしているんですか?」

どうにも噛み合わない。が、ガランには思い当たる節があった。できれば、思い当たりたくはなかったのだが。

「ーーーすまん。ちょっと確認だ。お嬢ちゃん、名前、じゃねえな。そうだ。何かーーー覚えていることはあるかい?」

「本当に、ごめんなさい。気がついたらココに居て。それ以外は、何もーーーええ、分からない。変ですね」

クスクスと可笑しそうに笑う。

ガランはーーーもし、ヘッド・パーツに感情表示機構が備わっていれば、とびきりのしかめっ面が表示されていることだろう。

「なあに。そのお嬢さん、もしかして記憶、無いの?」

ある程度、状況を把握したのか、ソピアが部屋の入り口に戻ってきていた。

「あ、もうお一人、いらっしゃるんですね。何だかそちらの方は安心する形。親近感、みたいな」

「ああ、アタシのボディは人体を限りなく精巧に模倣してるから。要はお嬢さんと似た形をしているの」

「そうなんですか。残念。私の頭もこんな丸くてキラキラしていると良かったのに」

確かに何だかプニボコさらもじゃしていますね、と自身の顎から耳を撫で上げ、髪に無造作に手を突っ込みながら、少女は、また楽しそうに笑った。

「ーーー嬢ちゃん、随分と落ち着いているんだな。不安じゃ、ねえのかい?そのーーー」

ーーー自分が、何者か、分からなくって。

そう、言葉に出しそうになるが。その滑稽さにガランも思わず笑いそうになる。

しかしソレは自嘲の類。

(おいおい、まるで自分が何者か。オレ自身は、ちゃあんと分かっているみたいじゃねえか)

「そうですね。何だか良く分からないけれど、不安、ではないですよ?」

そんなガランの思考に構うことなく、少女は小首を傾げながら応答する。

「そのキラキラ頭のおかげ、かもしれませんね」

「ーーーそうかい。そりゃ、こんな頭になった甲斐もあるってもんだな」

ガランは、下らない考えを追い出しながら、胸中に呟く。

(ンな事は、全部解決してしまった後、暇を持て余してしまって、どうしようもなくなった時にでも考えるこったぜ、ガラン。どうせ答えなんざ無えんだからな)

「何にせよ、この娘が落ち着いてるのは良いことだわ。そうじゃない?」

ざっくりと、ソピアが纏めたが、勿論ガランにも否やがあろうはずもない。

「ーーーそうだな。下手に混乱して逃げ出されるよりは、良いか。んじゃま、とりあえず、今の状況を説明するかね。それなりに端折るが、まずは黙って聞いてくれ」

少女はゆっくりと頷いた。

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「説明もいいけど、まずは着替えだとアタシ思うんだけど?」

「ーーーいや、いきなり話の腰折ってんじゃねえよ」

「子供とはいえ、レディの肌よ?いつまでも晒すものじゃないでしょうに。ほら、ガランは後ろ向いてなさい。それが礼儀でしょ?アナタも。ちゃんとサイズ合いそうなの、見繕ってきたから安心して。アタシに任せなさい」

ほらほら、ハリーハリー、とソピアが場を仕切る。言われてみれば当然の内容でもあるし、ガランにも否やはないのだが。

「ーーー今回の仕事はどうにも。とことんペースが握れねえのな」

嘆息一つで、頭を振り振り姿勢を変えるガラン。両手に衣装を重ねて、ベッドに向かうソピアが何故そんなにも楽しげなのか、彼には想像することすらできなかったが、まあ、任せて問題はないだろう、とは思っている。そもそも、細かな気配りが苦手なガランは、この手の配慮込みでソピアを頼ったのだが。

「どうしたの、ガラン。ちゃんと説明してあげなさいな。時間、無いんでしょう?」

まさか、ここまで主導権を奪われるとは想定していなかった。嘆息を二つ目。後ろ向きのまま、スピーカの出力を二人がいるだろう方へ向けながら、説明を始めた。

「ーーーアー、分かった。頼むからちゃんと聞いててくれよ。さて、まず、大事なことだが、オレ達と嬢ちゃんは根本的に異なる部分がある。見た目が違う理由でもあるんだがな。オレ達はカラダ全部が機械に置き換えられている」

キン、キンと、球状の掌と胸部装甲板が打ち合わされる音が響く。

「嬢ちゃんのカラダは、肉や骨で、オレ達のカラダは鉄や樹脂だ。一応、言っとくが、嬢ちゃんのカラダの方が本来的な人間のカラダだぜ。オレたちは処置に耐えられる程度まで成長したら、脳ミソーーー頭ン中にあるパーツだな。コイツ以外はサッパリ切り落とされる」

コツコツと、頭部のガラス球を弾く音。

「そんでもって、脳ミソは生命維持用のボトルに詰め込まれて、ブレイン・タワーって建物の中に収められるって、決まりになってる。で、このカラダは、そのボトルに収められた脳ミソと無線方式で繋がっていて、そこから操作している。量子通信、だったか。難しい話なんで、オレもあんま理解しちゃいねえし、普段は意識もしてねえがな。そしてーーーここから大事だぜ。つまりは、オレ達は常に同じ姿をしているわけじゃねえ。なんかの拍子で、オレとソピアの姿カタチが入れ替わることがあるかもしれんし、見た目は今のオレでも中身は全然違うヤツってことも有り得るんだ」

コッチの方が動きやすいとは思うけどカワイくはないわよねえ、だの、あらこの色アナタに似合うわよ、だの、素敵じゃないヤダ迷うわねえ、だの姦しいソピアの声を強いて無視しながら、ガランは続ける。

「んで、オレ達みたいな全身機械化人間は地表にあるミドル・グラウンドーーー通称”ミドル”で暮らしてる。そんで嬢ちゃんみたいな生身の肉体持ちは、もう少し上に暮らしてる。物理的な距離の話だな。そこはハイア・ケージーーー”ハイア”と呼ばれてる。嬢ちゃんも、まず間違いなく其処から来ている。ただ、これが1つっきりって訳じゃねえのが、面倒なトコでな。幾つかのエリアに点在しているのさ。だから、その内の何処から来たかは、実際に上がって確かめてみるしかねえ、ってことでもある」

もぞもぞと動き回る音、衣擦れの音、ソピアの声は聞こえるが、少女の声はない。どうやら律儀に「黙って聞いて」いるらしいが、リアクションが無いなら無いで、ガランをそこそこ不安な心持ちにさせた。

「となれば、まずは”ハイア”で、嬢ちゃんを知ってる人間を見つけ、あの貴族気取りのクソ依頼者野郎の通報内容にケチを付ける方向で行きてえ、っのが、今後の方針だ。質問、あるなら、もう喋っても良いぜ?」

「コッチも終わったわ。向き直っていいわよ」

兎にも角にも、一段落。というところでソピアからも声が掛かった。
ガランが向き直った先の少女は、合成レザー製の黒ジャケット、膝丈のグレーのパンツを身に着けていた。脚は、これも黒のタイツで包まれており、全体的に黒で統一された中にシルバーの装飾がアクセントを加えている。

「ーーーソピアの店の衣装にしちゃ動きやすそうで良いじゃねえか」

随所のバンドやら鋲やらは機能性とは無縁のように思えたが、とりあえず目立つこともなく、いざという時に動きが阻害されないようであるのは評価できる、とガランはそう思った。

「ーーーほんと無粋よねえ。とりあえず脱ぎ着が難しそうだったり、動くのに慣れが必要な格好を外したら、ウチにあるのはこんなモノね。似たようなのは、まだあるから。幾つか持っていきなさいな」

心底がっかりしたような表情をあからさまに浮かべながら、ソピアはそれでもテキパキと持ち運び用のインベントリ・ユニットに替えの衣類を詰める。ガランは、そのソピアの反応を見て、一瞬怪訝そうに首を捻ったが、ノー・コメントとすることにしたようだ。

「あ、ありがとうございます!それと、あの質問、なんですけど!」

当の少女は、対照的にガランの評価を微塵も気にかけていない様子で、一言感謝を述べると、勢い込んで質問を投げかけてくる。記憶がないことの不安感はないようだが、逆に好奇心が通常よりも上乗せされているのかもしれないな、とガランは思った。

「その、もしかしたら凄く失礼なのかも、なんですけど。そもそも何故お二人のカラダは機械なんですか?ご自分の意思で機械化した訳ではない、ように聞こえたんですけど」

(……なるほど、そこから、か)

彼我の差異を生じせしめた原因、ソレについてガランには、思う所がある。あるが、今は端的、或いは教科書的な回答に終始することにガランは決めた。

「そうだな。オレ達は自分の意志で、肉体を手放したわけじゃねえ。それを決めたのは”システム”だ」

「すみません。その”システム”っていうのはーーー?」

「ああ、”人類種保存システム”、だっけか。たしか制式コードかなんかもあった気がするが、ま、”システム”つったら、大体コレの一部だし、大体のヤツは”システム”としか呼ばねえな」

「人類という種を保存するための、システムーーーですか」

少女に記憶はないが、単語や語彙の意味はどうやら通じているようだ。記憶喪失以前は比較的高度な教育を施されていたのだろうか。

(……ってこた、この記憶喪失は確実に人為的な処理だろうな)

と、ガランは推測を進めながら、質問の回答を己の知識の中から拾い上げる。

「そうだな。ちょっとばかし昔の話になるそうだが、人類ーーーオレ達は全滅しかけたそうだ」

「え!そうなんですか!」

そういえば、オレはこの話を最初に聞かされた時は、どんな反応を返したのだったか。ちらと思考野を感傷が掠めた気がしたが、ガランは無視した。

「なんでも人間の数が、増えすぎたんだとよ。結局、オレ達のご先祖様は最後の最後、ドン詰まるまで解決策を用意できなかった。資源も何もかもこの星すべてを絞り尽くして、大地も枯れ果て砂と化して、二進も三進も行かなくなっちまった時に、ネットワークAIーーー”人類種保存システム”が生まれた。と、言われている。実際、当時の状況なんざ分かったもんじゃ無いがね。まあ、その”システム”様の結論は、人類存続のため、最低限必要な器官だけを残して、最高効率の生命維持を行う、だった訳だ」

「それじゃあ、私ーーー”ハイア”のヒト達はどうして?」

「あんまり気分のいい話じゃねえだろうがな。標本<サンプル>、だそうだ。ヒトのカタチを保存しておくための生体標本。それが収められてる上空の隔離ケージ。だから、”ハイア・ケージ”だとよ」

どうにも胸クソ悪い表現だぜ、とガランは吐き捨てる。

「別に行き来がまるでできないって事は無いわ。文化交流って名目なら、結構融通が効くのよ」

ソピアがフォローを入れるように質問を引き継いだ。

「文化交流、ですか」

「そう。”システム”は知的活動による発展、創造性が人類の本質である、と定義している、そうよ。だから、今、地表にカラダを持ってるのは、人類文化を維持、発展できる者ーーー”何かを作り出せる”能力を持っている者、ってことになるの。アタシはカクテルのレシピを再現したりとか、このボディのデザイン、コスメ、パヒューム、結構色々やってるわ。やっぱり生身を持ってるヒトに色々試してもらわないと、ってところもあるのよね」

「それじゃあ、ガランさんも何かを?」

「いや、そういった意味じゃあオレは”能なし”だ。シューター、ってのはそういうの以外で地上に居る事を許されてんだ」

手を振り、首をすくめるジェスチャーと共に、ガランは答えた。

「人間同士、毎日顔つき合わせて、コミュニュケーションを取ってると、摩擦や軋轢なんかが出ることがある。相性が悪い組み合わせってのは、意外とあるもんだ。そうなると、トラブルが起きる。それは社会全体に不利益を、もしかしたら不可逆の一撃を与える事になるかもしれねえ、ってな。だから、そういうのを解決、あるいは物理的に排除する力を持った奴らが一定数いんのさ」

「えっと、”システム”はそういう事はできないってこと、ですか?」

至極当然の疑問だ。ガランも時々思い出したように浮かべている疑問でもある。

「そうだな。理由は知らんが、”システム”自身は物理世界への干渉能力を持たない。持とうともしてない節もあるな。その辺全部をトラブル・シューター連中に投げてる訳だ。だから、まあ、追手を躱しながら、ハイアに向かう、ってのが解決手法の一つになり得る訳だけどな」

「それなんだけど。さっきから”ハイア”に昇るって、言ってるけど。何かアテはあるのかしら?」

質問もある程度、一区切り、と判断したのか、ソピアが実際的な懸案事項を振り向けた。

「ン。まあな。そこらも一応、事前の準備は何とかなってる、はずだ。連絡昇降路まで行き着けりゃあ、何とかなる算段はあるぜ?」

「あらそう。準備が良いわね。それじゃあ、後は、一番難しい問題を解決しなくちゃ、よね?」

「アー、他に何かあったかね?」

「何言ってるのよ。この娘の名前、決めてあげなきゃ、じゃない」

驚愕に見開かれた少女の目が次第に期待と喜びに満ちたものに変わっていくのを、横目で見ながら、そりゃ確かに難儀だな、とガランは三つ目の嘆息をついた。

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