見出し画像

夫婦自転車珍道中 in フランス -4

ラスト2キロで、私が漕いでた自転車の電池はついに切れた(むしろここまでよく持った)。電動自転車の電動アシストなしのペダルの重さはすごい。死にそうになっていたら、夫が変わると言ってくれた。私ももう結構限界だったので、ラスト1キロ変わってもらった。のろのろ進みながら、なんとか予約したエアビー(Air bnb)の宿に到着。

深夜0時だった。

16時に出発して8時間、なんとかついた。帰り道のことは考えたくなかった。シャワーを浴びて、買ったビールを飲んで、1時半に寝床についた。


翌日。

夫は昨日の右手がまだものすごく痛いと言った。近くの病院までは歩いて45分。小さな反動に呻いており、歩ける状態ではなかった。病院に電話をしたら「では、救急車に向かわせますね」とのことで20分後に本当に来た。

バタバタと着替えて用意していたら、窓の外から青いサイレンがチカチカとして「あ、迎えに来た」と、出所する犯人のような気持ちになぜかなりながら、外に出た。

救急の男性二人はテレビドラマのように冷静沈着で温かく、これぞプロだと思うお仕事だった。夫が右手以外特に問題ないことをわかると、少し冗談も交えながら私たちを乗せて、サイレンを鳴らしながら高速で病院へ向かった。人生初の救急車だった。(こんな日が来るとは……。)

画像1
青い光はSF感があって、結構楽しんでいた私。


着いたのは隣町のフォンテーヌブローの緊急病院。

夫は緊急搬送口から、私は表の待合室で待つように言われた。病院の中はクーラーが効いて寒かったので、外のベンチで持ってきた文庫本を読んでいた。途中クロワッサンとパンオショコラを買いに街中へ行ったりしながら、2時間くらい待ったと思う。

同じベンチの右側に座っていたおじさんが「中国人ですか?」と私を見て聞いてきたので「いえ日本人です」というところからいくらか病院に来た経緯を話した。

「で、おじさんはどうしたんですか?」と聞くと、見せてくれた右腕は包帯でグルグルだった。「昨日ガラス瓶を持って家の中を歩いていたらね、靴紐につまずいて前に倒れて、手から離れた瓶が地面に割れて、その破片が腕に刺さったんだ」となかなか衝撃的なエピソードを話してくれた。私たちも昨日から散々だったなと思っていたけど、怪我の具合だとこの人の方が相当ひどいナと思った。

そんなこんな話していたら夫が戻ってきて「骨も異常なし。ただ衝撃で数日痛むだろうけど、痛み止めを飲んでいたら大丈夫だって」とのことだった。打ち身で済んだようで、本当に良かった。

じゃあ痛み止めをもらいに薬局に行こうとしたけど、その日は日曜日で9割の薬局は閉まっている。これまた隣町の薬局まで行かないといけないらしい。ガラス瓶のおじさんは、自分の腕が痛くて色々しんどい状況なのに、すごく丁寧に薬局の方向へ行くバスの乗り方を教えてくれた。困難な時も人に優しくできる人って素晴らしいなと感動してしまった。立ち去る時にさようならと挨拶したら、彼のシャツの右側は血で赤黒く染まっていたのが忘れられない。


無事薬局へ行って薬をもらい、街中で昼ご飯を食べて、ようやく旅らしいことを一つした。でもすでに15時を回ろうとしており、二人ともくたびれていたので、計画していた観光は既にどうでもよくなって、美味しいワインとつまみになるものを買って、宿に完備されていたNetflixでBlack Lagoon(フランスでもかつて人気だった日本のアニメ)を一気見しながら、料理をしてまったりしようということになった。

夫の右手は結局大事には至らなくて本当に良かったのだけど、使えないことは変わりなかった。食事も全て左手で食べるほどだったので、自転車なんて無理だった。

問題は帰り道だ。自転車屋さんに「自転車を持って帰れない」と言うしかない。しかしレッカー代をいくら請求されるかが二人とも怖かった。昼食後、コーヒーを飲みながら綿密に打ち合わせた。「自転車1台、バッテリーが通常の倍以上の速さでなくなった(本当)。結果、私たちはライトなしで走らなければならず転倒した。怪我をして救急車代+治療費も出して(本当)、3週間以上右手が使えないから仕事もできなくなる(これはちょっとオーバー)から、そちらのメンテナンス不足も責任なのでレッカー代は負担したくない」という線で行くことにした。

書きながらも、こういう言い訳力は父親譲りで、頭がよく働くと我ながら思う(偉そうにいうことではない)。日本にいたら多くの人を敵に回していたゴネる力だけど、フランスでは必須のスキル。いつもゴネる必要はもちろんないけど、トラブルが起きた時、自分が正しい立場であっても口が立つ方が勝つ社会なので、真面目に相手の言い分を聞き入れると損しかしない為、自分を守るときは一生懸命ごねるしかない。

結局相手は120ユーロを最初に請求してきたが(やっぱり)、電話とメールでゴネにゴネて(結構な労力と時間を割いた)50ユーロになった。夫はまだ不満そうだったのが妙におかしかった。元はと言えば日が沈んでも自転車を漕ぎ続けた自分たちの計画性のなさが原因なので、勉強代として払おうということで落ち着く。

何よりも、自転車屋さんが取りに来てくれることになって、本当に良かった。感謝である。自転車を取りに来てくれるなら500ユーロでも払いたい気分だったので、同じ道を帰らなくていいことに心から安堵した。


次回は最終回。


画像2
ここぞとばかりに役立つ手拭い。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。 書くことを気長に続けていくことで自分なりに世の中への理解を深め、共有していきたいです。