【チャート式】ダンス基礎|ダンスの要素分解

「ダンスって、なんだ?」

こんなことを疑問に思っている読者もいるのではないでしょうか?普段何気なく使っている言葉ほど、その意味を深く考える機会もなかなか無いものですが、 まさに私たちが日常的に使っている「ダンス」という言葉も、そのうちの1つだということができるでしょう。「ダンス」という言葉の意味を深く考えたとき、不思議なことに「どうやったらダンスが上達するのか」の道筋がはっきりと見えてきます。最初に僕自身の昔話にお付き合いいただきながら、ダンスの定義について考えていければと思います。

サークル同期のチキチキ君と駒場で練習をした帰り道、「サークルの後輩を育てたい」と意気投合したことが始まりでした。自分たちも先輩やプロのダンサーからダンスの楽しさを教えてもらってきたので、後輩にもそれをしっかり伝えていきたいと思ったのです。

「後輩を育てる」ということで、2人が真っ先に思い浮かんだことは「後輩のダンススキルを向上させる」ということでした。ダンススキルとはどんなものがあるか、それを身につけるためにどんな練習の仕組みや文化があれば良いか...様々な面からダンススキルを掘り下げていきました。ところが、ここで突然、2人の間に重大な疑問が生まれてしまったのです。

「ちょっと待って。ダンススキルとか言っちゃってるけど、そもそもダンスってなんだろう?俺らダンスが何だか知ってるの?」

僕は今でもそのときの感覚を鮮明に覚えています。ダンススキルについて語っているのに、 ダンスとは何かが分かっていなかったのですから。ここから2人の思考は迷宮入りしました。結局そのときは、センター街のTSUTAYA前 で別れるまで話し込みましたが、2人とも納得感のある回答を出せませんでした。

それからはチキチキと会う度に「ダンス」の定義について話しました。疑問が解決することになるまでにはなんと一年がかかりました。やはり物事の本質に気づくまでには時間がかかるものですね。チキチキ君とはもちろんですが、多くのダンサーとこの議題を論じ、おかげで多くの人の納得感を得られる結論に至ることができました。

僕たちが導き出したダンスの定義、及び補足(留意事項)を以下で説明します。まず、ダンスの定義です。

ダンスとは、音楽とそれを聴いたときの感情を身体の動きを通じて表現すること。

いかがでしょう?ちょっとイメージしていたのとは違うなという方もいるでしょう。それで良いと思います。ダンス(特にストリートダンス)はとても寛容的なカルチャーの中にあり、本来、誰にとっても納得のできる「定義」なんてものは存在しないのかもしれません。ですが本書ではよりこの先の議論に進めるためにこの定義を使っていきます。

さて、定義を注意深く読むと、ダンスには3つの要素があることが分かります。音楽、ハート(感情)、ムーヴ(身体の動き)です。この3要素を認識することが、本書が提示するダンスの上達法を論理的に整理する第一歩です。

この3要素を領域図で表してみましょう。そこにダンスと、ダンスと似ているものを書き出してみると下図のようになります。

図1

エアロビクスはダンスといえるのか。ストレッチはダンスと言えるのか。歌唱はダンスと言えるのか...3要素が重なりの様子を見ることで、「ダンスは、ダンスと似ているその他のものと何が違うのか」を認識できますね。

この図に書いているものの他にも「ダンスと〇〇は何が違うのか」と考えてみると、色々な気づきが得られます。ぜひ考えてみてくださいね。

以下は補足になります。20人以上にヒアリングをした中で「ダンスってなんだろう?」という疑問に対して様々な意見がありました。その全てを紹介するので少し長くなりますが、興味のある方は読んでみてください。


【補足1】ストリートダンス各ジャンルの5要素

ストリートダンス系のジャンルにおいては、音楽、ハート、ムーヴの3要素では足りません。 結論からいうと、音楽、ハート、ムーヴ、ファッション、ヒストリーの5要素が、各ジャンルのカルチャーの5大要素となっていると考えられます。

図2

それぞれのダンスジャンルに合った音楽があり、音の感じ方があり、特有のムーヴがあり、カッコいいとされるファッションがあり、それらが成立し受け継がれてきた歴史があるのです。たとえば私がやっていたLockダンスは、アメリカの黒人差別の歴史の中で生まれたもので、その技やファッションの 中には、彼ら黒人の日常生活や、政治的なメッセージ(たとえばUnityと呼ばれるポーズには、白人優位の社会に対する黒人の団結のメッセージが込められていると言われています)が込められています。このように、ストリートダンスというものは、先の「ダンスの3要素」だけでは捉えきれません。自分のジャンルについてより深い理解をしたい方は、そのジャンルの成立した歴史や、そのジャンルでかっこいいとされるファッション、技やステップの由来を研究してみるとよいでしょう。

ちなみにこの「ダンス5要素説」はHIPHOPの4+1(MC 、DJ、Grafty、B-Boy、Knowledge)要素を参考にして、全ダンスジャンルに適用できるよう考えたものです。それに関してはWikipediaが非常に勉強になるので、ぜひ一度確認してみてください。


【補足2】音楽の定義に関する論争 

ダンスの要素の1つである音楽。ダンスを考える上では欠かせない要素ですが、1つの疑問が生じました。「物理的に聞こえない音楽は音楽と言えるのか?」という問題です。ダンサーであれば頭の中で曲を思い浮かべながら身体を動かしてしまうことがあるはずですね。そのときにやっていることは、果たして「ダンス」といえるのでしょうか。これはダンスだと捉える方が納得感がありそうです。物理的に音楽が存在していなくとも、精神的に音楽が存在すれば、それは音楽といえるということです。 音楽は内面化できるものなのですね。このように考えると、たとえば耳が聞こえない人でもダンスをすることができます。音楽をイメージし、気持ちを込めて身体を動かせば、それは「ダンス」と呼べるのです。



【補足3】コミュニケーションはダンスの必須要素か

非常に多くの方にご指摘いただいたのは、ダンスはコミュニケーションだということでした。 上述の定義には「表現」という言葉が入っており、これが自分と他者のコミュニケーションを包含する概念と捉えることもできますが、もっとコミュニケーションの重要性を強調するため、それをダンスの必須要素とすべきだとする考え方もありました。 その立場に立つと、たとえばイヤホンをして一人で鏡の前で練習をしている場合に疑問が残ります。そこにコミュニケーションは生していないので、それはダンスではなくなってしまいますが、そう断定するのは少し無理がある気がします。僕自身は、コミュニケーションはダンスの目的とする方がしっくりくるので、ダンスの要素からは外して考えています。


【補足4】ダンスをする目的

ダンスの定義と目的は、混ぜこぜになりがちですが、本書では別のものとして区別しておきましょう。 たとえば「他者とのコミュニケーション」とは、「あなたなぜダンスをするのか?」への答えであって「ダンスとは何か?」の答えではありません。

ところで、この違いをしっかりと認識した上で、誤解を恐れずにおうならば、ダンサーにとって一番大事なことは、自分自身がダンスをする目的を考えてみることかもしれません。人それぞれダンスに対して様々な目的を持っているかと思いますが、ここでは対照的な目的を持っていた2人の後輩の話をできればと思います。名前をA君とB君としましょう。

A君は「人からかっこいいと思われたいから、踊る。」と言います。僕自身もそうなのですが、ダンサーは承認欲求が強い人が多いと思います。カッコよく踊れるようになれば、人に評価してもらえる。人に評価されれば、もっと頑張ってカッコよくなりたくなる。そのサイクルで自分の承認欲求が満たされるのです。

これはとても良いサイクルだと思います。カッコよくなることで、見ている人はもっと感動してくれる。それを糧にもっとカッコよくなる。ショーケースで踊るとき、あるいはショーケースをつくる時には、この欲求が強力なモチベーションになるでしょう。

一方B君は「自分をレペゼンするため」と言います。
自分とは一体何者なのか、何が好きで、何が嫌いで、人とは何が違うのか。B君はそういうことを自分自身に問い続けてたダンサーです。そして、彼は踊るときに、そのときの素直な自分自身を表現しようと努めます。「自分をレペゼンするため」ということは、自己探求と自己表現の繰り返す中で生まれた目的なのです。

こちらは、特にバトルで踊ったり、フリーで踊ったりする際に強みを発揮するモチベーションになるでしょう。ダンサーは、伝統をしっかりと受け継ぐとともに、常にその文化を新しく創造することを、「お前はどう思うのか」「お前は何がしたいのか」という問いに答え続けることを求められます。まさに「自分が何者なのか」を示す場でもあるバトルでは、このモチベーションが大いにプラスに働くでしょう。

ダンスの目的は人それぞれ。それはまさに自分自身の価値観と直結しています。人の価値観に絶対的な正解・不正解がないように、ダンスをする目的にも正解・不正解はありません。個人的にはお互いに価値観をぶつけあった時間はとても楽しかったので、ぜひ読者の皆さんも仲間と熱く語り合ってみてくださいね。