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歯はピカピカでなければイケマセン

どうも、口の中がネバネバする。数年前から体調が芳しくないと決まって歯ぐきが腫れて血が出るし、何より痛みが疼くようになっていた。体調が戻ると歯の痛みも腫れも引いてしまうから、なんとなく放っておいたのだが、もしやコレは、歯周病ってやつかもしれない。そういえば、出血するたびに歯ぐきが痩せてきているようだ。いよいよ痛みの周期が早くなり、仕方なく歯医者へ向かった。ちょうど自宅の近くにお洒落なデンタルクリニックがオープンしたばかりだった。




歯医者になんて小学校の確か1年の夏に通ったきりだ。やぶ医者という言葉を身体で覚えた強烈な体験だった。脳裏に、鈍色のアルミニウムトレイに乗った血のついた脱脂綿と、歯の焦げたニオイがこびりついていた。夏休みをまるまる痛い思いをしたのに治療は進まず、歯が痛くて何を食べてもおいしくなかった。スイカもかき氷も青々とした板ずりキュウリも真っ赤な瑞々しいトマトも、歯の痛みの前に色を失っていた。




藤堂さ~ん。
受付の声に覚悟を決め診察室へ入ると、そこにはSF映画に入り込んだような最新設備の数々。宇宙船のコクピットのような治療椅子にロボットアーム。気分は浦島太郎である。問診、診察、撮影の後、治療箇所を見せてもらい治療方針の説明。近未来的な電子音と共にあれよあれよと治療は進み、あっというまに終わった。ただ治療開始が遅くなった分、あと数回通う必要があるとの事。それから2週間に一度のペースで通院し、4度ほどで完治した。




宇宙船のような最新設備ではあったが、担当してくれた歯科医はさすがにAIロボットでなく、生身の人間の女性であった。彼女の勧めで、4か月に一度の定期検診の度に歯のホワイトニングを施すようになった。まったく、あれ程忌み嫌っていた歯科医院に鼻歌で予約を入れるようになるのだから、人の思い込みや刷り込みの威力は絶大だ。そして歯科医を天職だと云って楽しそうに治療をする彼女に、とても良いことを教わった。




歯は最上級にキレイにしておかないと虫歯などの進行を自覚できないのだそうだ。虫歯予防には歯の状態を整えておくことが何より大事なのだと、ぼくの口の中にパウダーを噴霧しながら熱弁を振るう彼女に、「ゴーゲッゲ(そうですね)」となすすべもなくうなずくのだった。なにごともやはり、己の心身の状態を整えておくことが肝要なのである。




すばらしい教えを与えてくれた歯科医にはしかし、講習料ではなく歯の治療費を払った。治療が終わりニコリと笑う白い歯に、家族は若返ったと感嘆の声をあげた。
記憶の隅にこびりついていたやぶ医者の景色とニオイは、いつしか消えてなくなっていた。

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