猿蟹合戦
木に登れない蟹に柿を取ってやろうと、猿は木の上から蟹に声をかけた。
「おおい、蟹さんや。今、柿を取ってあげるよ。いくついる?」
赤く熟した柿に堪らずひとつ頬張る。すると木の下から思わぬ罵声が飛んだ。
「このどろぼう猿! わたしが木に登れないのを最初からわかっていて、種を植えさせたね! ひとの柿を勝手に食いやがって、容赦しないよ!」
猿は驚いて弁明した。
「そんな! ごっ、誤解だよ。こうやって、取ってあげようとしてるじゃないか。」
しかし蟹は怒っていて耳を貸さない。蟹の夫は狡く小賢しいヤツだった。息を吐く様に嘘をついた。猿もわたしを騙したのにちがいない。蟹は怒りにかられ猿の過去の心の傷をねちねちといたぶりはじめた。傷が癒えていない猿はパニックを起こした。「言うな!それを言うな!!」と叫び、手にしていた柿を蟹に投げつけていた。我にかえったときには、潰れた蟹の姿があった。
猿に母を殺された蟹の子どもは成長とともに恨みをつのらせ、里の生活で猿と折り合いの悪かった蜂、馬糞、臼をそそのかし意趣返しを計画した。あのあと、独りで過ごす事の多くなっていた猿の家に忍び込み、待ち伏せした蟹の子と一同は首尾よく目的を達し、猿は苦しんで死んでいった。母蟹と同じ死に方をした猿の無残な姿に、子蟹は溜飲を下げた。しかしそのとき、猿にも家族がいることを子蟹は想像さえしていなかった。
山でボス猿とトラブルになり、心に傷を負い、逃げるようにして単身里での生活を余儀なくされていた家族思いの夫の死を聞き、妻猿は嘆き悲しみ身体を壊し夫の後を追ってしまった。猿の子は父のいわれのない死と母の無念の死を目の当たりにし、蟹の子とその一味の殺害を決意。同情してくれた猿の仲間を連れ、蟹の子を一気に襲撃した。子蟹はバラバラにして蟹しゃぶにして食い、罠に掛かった蜂を火炙りにし、馬糞を洗剤で洗い流し、寝ている臼を斧で真っ二つに割った。
事件は蟹の子の従妹たちに届くほど注目を集めていた。あまりに残忍な仕打ち。蜂一族、馬糞一族、臼一族と慰めあううち、猿の子とその仲間が月に一度集まっていると噂を耳にした。月夜の晩、様子を見に行くと集会場に集まった猿の子たちは婚約者を連れ酒がまわり盛り上がっている。蟹一族とその仲間は、幸せそうな猿たちに怒りがこみあげた。なんで、こいつらが幸せになっていいものか。頭に血がのぼり出入口を釘で討ち固め、火を放った。逃げ場のない猿たちはなすすべもなく、全滅した。
怒ったのは猿の子の道連れにされた婚約者の親たちだった。残虐で無慈悲なその行為に皆打ちひしがれた。なんとしても敵を討たねばならない。。。。
猿蟹合戦は世紀をまたいで際限なく続き、ついにこの世から猿と蟹は姿を消した。死力の限り威信をかけて戦い続けた挙句、誰も残らなかった。悪いのは相手だった。悪いヤツだけやっつければ済むはずだった。いったい悪いのはどちらなのだろうか。
猿が譲り蟹が種を植え育てた柿の木は、今年も同じ場所で紅く艶々した柿を実らせている。
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