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きゅーのつれづれ その6

シエスタ:


シエスタとは、スペイン語で「昼寝」の意味らしい。スペインの日差しはとても強いから、疲れすぎないように午後は休んで過ごすんだそうだ。
カオリも、休日はこの習慣を取り入れることにした。ベッドでは暑くて寝られないと、風通しのよい窓のそばで、タオルケットをおなかにのせて寝息をたてている。初めてのお給料で買った高価なふかふかの低反発枕は、カオリの寝返りではずれてしまった。
開け放した窓からベランダへ通る風は、じっとりと生暖かい。
ひたいに汗を浮かべて眠るカオリの上では、ポスターのベリーダンサーが暑さに負けじと踊り始めた。くねくねと腰を振る彼女と目を合わせまいと横を向いたら、大きな魚の顔が窓をふさいでいる。まん丸い大きな口と小さな目が、ダンサーのヒップスカーフが揺れるリズムに合わせて弾んでいた。
「きみ誰?」
「まーんぼぉ」
魚顔がポスターからシエスタ中のカオリに、そしてぼくへと視線を動かした。
「せまーい。入れなーい」
「ベランダが開いてるよ」
あのままじゃ窓がつぶれてしまいそうだ。
「あーりがとー」
マンボウはのんびりと礼を言うと、大きな背びれと尻びれをふよふよと揺らしながら、ゆったりとベランダから入ってきた。空気ぱんぱんに張った大きなクッションみたいだ。
「何してるの?」
「さぁーんぽぉ」
マンボウは胸びれを震わして、
「いーっぱい泳いだから」きゅーけぇー、と答えると、カオリが使おうとしてたふかふか低反発枕にもたれた。ブーコが非難めいた鼻息をもらした。
「海から来たの?」
ここは海から割に近い。窓からは見えないけれど、少し高台に上れば港が望めるらしい。
「そぉー。山まで行ってきたのー。空を泳ぐのたーいへーん」
マンボウは無表情だけどその話し声は歌のようだ。風のような低くて軽い声。
カオリが、うーんとうなってまた寝返りをうった。
「起きちゃいそうだよ、枕返してあげて」
マンボウは素直に起き上がると、ひれで枕をカオリの方に押し出した。カオリはむにゃむにゃと枕を抱えるとまた夢の中に戻った。
「そーろそろ帰る」
マンボウはヘリコプターのように縦に浮かび上がると、ふよふよとベランダへと向かった。壁のダンサーに器用にウインクしてから、まん丸い体をくねくねひねりながら泳いで行った。
マンボウが去ってしばらくすると、窓からさわやかな風が吹き込んできた。カーテンに足をくすぐられてカオリが目を覚ます。
そろそろ夏も終わりだ。
 

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