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洗濯機の元カレ

あまりに印象的だったのでここに書いておきたいのだが、まず結論だけ述べれば

洗濯機にも他人の匂いってのがあるんだ。

これは本当だよ。

次に、どうしてそんな誉れ高い真実が判明したのかを書く。

まぁ細かいところは省略して、俺の部屋から洗濯機が回収されたのが最初だ。
もちろん金がなさすぎて差し押さえになったってわけではない。もともとレンタル品だったのだ。
1年以上この土地にいるかどうか分からなかった当時の俺の選択した結果が、今やってきただけだ。

で、今日やっと新入りが到着した。なんと7,000円で仕入れた。やっしぃ。
HAIERってのが名前みたいだ。バカでかい箱のバカでかい緩衝材(プチプチ)に包まれた文字通りの箱入り娘が、ビックサイズすぎてひきつり顔のヤマト運輸の兄ちゃんに連れられて我が家に来た。

約1時間ほどかけて諸々の処理と設置が完了し、念願の筋トレ。昼飯。お昼寝。最高の土曜日。冷蔵庫も、洗濯機も、炊飯器もある文化的な土曜日は、ここ一年で今日がはじめてだから、ほんとに最高だった。

お昼寝で父の死ぬ夢や存在しない父との想い出を見て訳のわからない涙が頬を伝うその温度で目が覚めた夕方。
目から水分を出したついでにトイレでも、ってわけじゃないがともかくトイレに約三歩で到着。トイレには便器とシャワー、そしてあの洗濯機が鎮座している。
そこで気付く。

あれ、こんな柔軟剤使ってたっけ。俺、柔軟剤変えた?「柔軟剤変えた?」ってフレーズ、自問自答で使うことあるんだなぁ。おお、なんだか甘い匂いだな。最近はそもそもここで洗濯さえしてなかったのに。不思議だ。
的な考えが頭を巡ったのち、変化の原因に思い至る。

こいつ、そう、洗濯機のクソビッ●だ。こいつからあのフローラルな匂いが来てるんだ。

古本がチョコレートやタバコなんかの、かつての居場所の痕跡を留めていることがあるけども、洗濯機でもあるんだなぁ。洗濯機にも、かつてが香ることがあるんだ。
すごくない?この発見。洗濯機が一度回収されてからじゃないとこの発見ができないんだって思うと、あまりにレアなイベントじゃない?わかってくれるよな?

でも、あまりに良い匂いですこし嫌な気持ちになった。

イイ感じの雰囲気になっている子の、すばらしい恋愛遍歴を知ってしまった時のあの感じに似てる。
そんな経験されちゃってたら俺敵わないな、俺はそんなことできないんじゃないかな、いや俺はしたくないな、で、こんなこと気にしたこととかあの子に悟られないようにしなきゃな、とか一度は考える。

HAIERとかいう箱入り娘も、ほんとは俺なんかよりずっと世間擦れしてて、もっといい匂いがする。
箱なのはダンボールではなくこの六畳のワンルームだし、箱入りなのもHAIERでなく俺だった。

こいつさ、たぶんイイ子だからなんも言わんのよ。俺が安めの柔軟剤使っても、汗だらけのシャツをしばらく投げ込んだままでも、洗濯の時の「じょ〜」やら「うわぁんうわぁん」って鳴く以外は声を出さないでさ、常に蓋が開きっぱなしな子だよ。

でも自信のない俺は、なんも言わないこいつの優しさにさえ耳を貸せないから、心の中で俺と元カレを比較するイヤなあの子であって欲しいと願う。
ずっと元カレを忘れられない、Saucy DogのMVのコメント欄みたいなつまらない女であってほしいとか願う。そうでないと俺の横にいるはずがないと、どこかで信じているからだ。

HAIER、俺はお前に元カレがいたからさ、いつほんとになんにも言わなくなって、綺麗にしてくれなくなるか不安なんだよ。そんなお前にさえ全幅の信頼をもってしまって毎日を過ごすうちに不安じゃなくなることにも不安なんだよ。

HAIER、どうかメンヘラを肯定するような今風の歌手やインフルエンサーに毒されない、古臭い型落ちのお前でいてくれ。
HAIER、どうか俺が知ってるお前でいてくれ。
何も言わないのは、何も言うことがないからだと、思わせてくれ。

HAIER、じゃあ、柔軟剤入れるね。


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