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*閑話休題*出生前遺伝子検査をうけた話~脳裏をよぎる芥川の河童~

筆者は女である。
そして今、妊娠6カ月頃にあたる。腹がふくれてきた。どうやら私は、ヒトの子を産む。

NIPT検査を受けた

科学が好きなので、技術の進歩に感動しながら事前説明を聞いた。
母体の身体に、母のDNAと胎児(胎盤由来)のDNA断片が混ざって駆け巡っている。
NIPT検査は血液検査で済むが、もし陽性(遺伝子疾患の可能性がある)なら正確な羊水検査(胎児のDNAそのものを調べる)へ進む、といった流れだ。

出生前の遺伝子検査への質問

NIPT検査を検討する親は、必ず事前に担当医師から説明をうける決まりとなっていた(他の医療機関がどうなのかは知らない)。
筆者は専門家ではないが、過去に医療倫理や臨床研究に関わる仕事をしていたため、そのあたりも考慮して質問したいことがあった。

  • ①具体的にどの疾患や障害の可能性が分かるのか?どれほど正確なのか?その根拠は?

  • ②NIPT検査・羊水検査と、それ以外の検査との違いは何か?

  • ③羊水検査結果が陽性確定、重い障害が確定した場合、堕胎する人もいるが、妊娠継続し無事に産むケースもあるのか?

  • ④知らなくていい事(生命や生活上重大ではないが、生きづらいかもしれない程度の遺伝的特徴)まで知らされるのではないか?

  • ⑤NIPT検査によって、母体のDNAの異常が判明することもあるのでは?例えばどのようなことが?

  • ⑥対象疾患の統計データ(出産時の母体年齢別の染色体疾患児率)の元データは何年前のものか?極端に古いデータであれば、現代の実態との乖離があるのでは?

…面倒くさいことを熱心に質問した。付き添いの夫がドン引きしていたのは言うまでもない。

しかし医師は、これらすべてに過不足なく回答を下さった。ざっくりと記す。

専門医師からの回答

  • ①検査対象/非対象の疾患や障害については資料提示。正確性については、検査の仕組みと、ヒトゲノムについて現在明らかになっている事の説明。陰性であった場合になぜ「ほぼ確定」なのか、陽性であった場合になぜ羊水検査に進むべきなのかの説明。

  • ②ゲノム分析を伴わない検査方法として、超音波マーカー検査(胎児の首の後ろの厚さ等から所見を得る)、母体血清マーカー検査(クアトロ検査)(母体の血液成分検査。年齢、体重、妊娠週数等も加味して所見を得る)がある。これらはあくまで可能性として所見を得るだけのものであり、偽陽性/偽陰性となるケースがそこそこある。

  • ③YES。出産を選択するケースが勿論あり、ケア団体に繋げるし、情報共有コミュニティもある。

  • ④NIPT検査では限定したゲノムの異所性の有無しかわからない(調べない)が、羊水検査ならば胎児の全てのゲノムを検査できる。その他の障害や、性染色体異常など、生命に大きな支障のない疾患も明らかになる可能性はある。

  • ⑤例えば母体の染色体異常や悪性腫瘍が発見されることは、検査の仕組み上、稀にありうる。病歴もなくこれまで何も指摘されなかった母体であれば、心配はないであろう。

  • ⑥データは数十年前のものだが、ヒトの発生における普遍的な部分なので、生活様式や検査方法や倫理観が変化した現代であっても、差はないと考える。

以上は、素人が説明を聞いて理解したつもりの、フィルターがかかったまとめなので、実際には各個人がきちんと担当医師に説明をうけるべきである。また、数年もすれば技術や制度がアップデートされるであろう。あくまで同時期に出産を控えた夫婦、ご家族にとって参考になればと思う。

「河童」の出生前ヒアリング

文豪・芥川龍之介は遺作とも云われる小説「河童」のなかで、河童のお産の場面を次のように描写した。

お産をするとなると、父親は電話でもかけるやうに母親の生殖器に口をつけ、「お前はこの世界へ生れて来るかどうか、よく考へた上で返事をしろ。」と大きな声で尋ねるのです。
(中略)
腹の中の子は多少気兼でもしてゐると見え、かう小声に返事をしました。「僕は生れたくはありません。第一僕のお父さんの遺伝は精神病だけでも大へんです。その上僕は河童的存在を悪いと信じてゐますから。」
 バツグはこの返事を聞いた時、てれたやうに頭を掻いてゐました。が、そこにゐ合せた産婆は忽ち細君の生殖器へ太い硝子の管を突きこみ、何か液体を注射しました。

親から受け継いだ身体・能力・精神傾向に100%満足している者などいないだろう。
胎児本人が自分の意見を主張し、それを尊重する河童世界の倫理観。芥川氏の心の叫びであるとも評されるこの場面。
残念ながら現代の人間世界では胎児の考えを聞くことができない。では、幸福な人生とは何か。親としてあげられることは何か。

結果

筆者家族が何を考え、何を選択し、結果がどうであったかはあえてここには記録しない。
ただ、夫婦で能動的に考え、質問し、考えを伝えあった過程は貴重なものであった。これから自分たちが「生命」に「責任」をもつのだと実感した。
追加費用のかかる検査なので、各家庭でよく考え、専門家の説明をよく聞き、納得した答えがでることを願う。


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