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(前編)バブル崩壊、構造改革からのスタート。

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佐藤淳一さん
ヤマハ熊本プロダクツ株式会社
第26回(2016年)および第51回(2021年)のTOCPAカンファレンスでご発表いただいた佐藤淳一さんに、今回単独インタビューをさせていただきました。1991年、ヤマハ熊本プロダクツ株式会社に新卒入社されて以来、現在に至るまでのご経験についてお話いただきました。

1)ヤマハ熊本プロダクツに入社された当時の事を教えてください。
-構造改革からのスタート
佐藤:1991年、ボートを製造するヤマハ熊本プロダクツ株式会社(以下YKP)に入社し、生産管理に配属された直後は、まさにバブルが崩壊した時期と重なり、マリンレジャーを対象とした私たちの仕事そのものが大きな影響を受けていました。受注予測から工場の負荷計算を行うと、当時在籍していた従業員の一定割合が余剰人員であると算出され、その現実にどう対処していくかということに頭を抱える日々が続きました。今振り返れば、20代前半の生産管理担当としての数年間は、「工場における生産効率の改善」を目指す仕事というよりも、本社モーターサイクル事業への出向人員(ヤマハグループでは「助勤」と呼びます)の調整に奔走するなど、時間の多くを会社の構造改革に関わる業務に費やしていました。まさに「ザ・ゴール」の小説の中で、工場閉鎖の最後通告を受けた冒頭の場面のように、熊本工場は事業存続の危機に瀕していたんです。

2)佐藤さんに改革マインドが芽生えたきっかけは何だったのでしょうか。
-バブル崩壊後の苦しい時期を経て
佐藤:
入社後間もなく、本当にやっていけるのか、将来への不安を抱えていた私が26歳の時、「全国6つの工場を束ねる本部で事業管理を学ぶ」ということで(静岡県磐田市の)ボート事業部事業企画に出向したんです。北海道から九州まで、全ての製造拠点を実際に見て回ったことがあったのですが、その過程で、本当の意味でお客様のご要望に応えるためには、私がそれまで関わっていた「熊本の製造工場から製品が出荷されるまで」に限らず、事業全体の視座から「港や現地のお客様の手元に、納期通り、そして期待された品質と価格を満たしてお届けするところまで」視野を広げる必要があるのではないかということに気付けたのは大きかったと思います。1998年に熊本に帰任してからは、ERP導入による再起を目指しましたが、なかなか思うような成果が得られず、長く苦しい時期を過ごしました。
-ボート製造からエンジン製造への事業転換
佐藤:1999年、ちょうど私が30歳になった時でした。YKPは「ボート製造からエンジン製造へ」事業転換することになりました。私は、マリンエンジン事業の本部で生産管理システムの研修を終えた後、2001年から熊本で情報システムを担当しました。事業転換後の10年間、YKPはエンジン製造工場としての安定的な操業を実現していましたが、事業転換直後からの幼年期を経て、徐々に青年期へと移行し、社内全体にもっと自立していかなくては、といったマインドが醸成されつつありました。
-「実装力」重視の企画部門設立
佐藤:2008年から基幹職(生産管理課長)に登用されていた私に訪れた大きなターニングポイントは、2012年の企画部門設立だったと思います。当社の企画部門では「実装力」という言葉をスローガンに掲げているのですが、机上で絵を描いて終わりということではなく、企画立案したことを現場に実装し、成果を出すところまで責任を持って関わっていくことを重視しているんです。この企画部門の製造企画課長となった私は、YKPが自立マインドに溢れる青年期を迎えた時期とも重なって、「もっと儲けるための切り札」を探っていくことになりました。当時、世の中のトレンドとしては、「販売と工場が一元的に管理され、より精緻なスケジューリングを追求していくことがサプライチェーン全体の最適化に繋がる」と考えられていましたが、なかなか期待したほどの成果が出せませんでした。そんなある日、BI(ビジネスインテリジェンス)などのITツールをご提案いただいていた取引先から、『一度、制約理論(以下、TOC*)を実践に活かす方法について聞いてみないか』と打診され、初めてその考え方に触れることになったんです。
*TOC: Theory of Constraints(制約理論)の略

3)TOCエキスパートとの初見でどんな会話をされたんですか?
-困っていないなら、それで良いのではないか。
佐藤:
当時出会ったTOCのエキスパート(現ジュントスコンサルティング代表の白土さん)から最初に言われたのは、「今困っていないなら、それで良いのではありませんか?」という言葉でした。何か営業をされるのだろうと思っていましたから、これには驚きました。たしかに、会社としては黒字業績を続けていましたが、「YKPとして自立したものづくりをやっていくための道筋を、なんとか見つけなければならないんです」という強い思いを打ち明けたところ、「分かりました。必ず改善の余地があるはずです。」とのお返事があり、YKPが抱えている問題点の調査、整理をお願いすることになりました。
-問題発生のメカニズム

Vol.1_在庫回転
品目別の在庫回転一覧

佐藤:現場調査レポートの中には、1枚の印象的なスライドが含まれていたのですが、まず初めに、私たちが「残業や休日出勤、リスケ」といった問題に日常的に直面していたのは、「在庫回転が1日以下の部品」に起因しているということを示され、はっとしたのを覚えています。一方で、「在庫回転10日以上の滞留部品」については、何を優先して生産すべきかというメカニズムを持ち合わせていないという実態が顕わになりました。正直なところ、当時の私たちは、自ら生産する部品をそういった視点から捉えられていませんでしたから、大きなインパクトを受けたのを覚えています。 
 おそらく、多くの会社の製造現場も同じなのではないでしょうか。大量生産を前提とした「同期生産方式」でやっておられるところがまだまだ多いと想像しますので、皆さんも是非一度、「品目別の在庫回転を検証されること」をお薦めします。在庫というものについては、財務的な視点だけで評価されることが多いですし、また製造現場側に身を置いていると、どうしてもプロダクトアウトの目線に偏ってしまうんです。しかしながら、一つ一つの商品が売れるスピードに連動したものづくりの在り方という点に着眼することが非常に重要であることを再認識した瞬間でした。

4)提案された解決策についてどう思われましたか?
-IT投資、設備投資は要らない?
佐藤:
「IT投資や設備投資をせずとも、もっと儲けるための方法がある」ということでしたから、話を聞かない手はないですよね。ただ、問題解決の方向性として提示された内容に、“在庫を持つ”といったエポックメイキング的なワードが含まれていたので、最初は少々引いてしまいましたね。それまで、いや現在でもIE(インダストリアル・エンジニアリング)やTPM(トータル・プロダクティブ・メンテナンス)といった考え方に基づいて「ロスの徹底排除」を目指している私たちにとって、“在庫を持つ”というメッセージはにわかに受け入れがたいものですし、社内に波紋を呼ぶものだったんです。
 しかしながら、港倉庫では海外輸送待ちの在庫が数カ月分も滞留しているという状況がある一方で、製造側は工場出荷日を遵守するために慢性的に逼迫しているという矛盾を解く糸口になるのではないかと直感し、企画部門として掲げている「マネのできないモノづくり!」というスローガンのもと、TOCにかけてみることにしました。
-これまでの改善活動が基礎にある
佐藤:
今振り返ると、IEやTPMで各工程の改善活動をしっかりやってきたからこそ、TOCのアプローチによって得られる成果が最大化されたのだという確信があります。つまり、長年積み重ねてきた改善活動は決して無駄ではなく、TOCが提唱する全体最適のアプローチと共存するということです。磨き上げてきた工程が私たちの強みであり、それを更に活かすための実践的な方法論がTOCの中に包含されているのではないでしょうか。

(後編に続く、「いよいよ改革着手へ」~Buy-In~)

佐藤さん、ありがとうございました。TOCを熊本で試行された際のお話については、引き続き「後編」でお伺いしたいと思います。

佐藤淳一氏の略歴
1991年-22歳 ヤマハ熊本プロダクツ株式会社に新卒入社。生産管理配属。
1996年-26歳 ボート事業部事業企画に出向
1998年-28歳 熊本に帰任し、ERP導入に関わる
1999年-30歳 マリンエンジン製造への事業転換
2008年-39歳 基幹職登用(生産管理課長)
2012年-43歳 企画部門新設(製造企画課長)
2017年-48歳 ヤマハ発動機モーターサイクル事業出向
2021年-53歳 熊本に帰任し、現在は後進の育成にあたる

(事例発表)
第26回TOCPA国際カンファレンス(福岡)
「TOC補充ソリューションを用いた生産方式改革」-2016年5月19日
第51回TOCPAカンファレンス(オンライン)
「私のTOC Journey」~問題と解決策、感情とロジック、モノと人、人と人をつなぐウィングマン~」-2021年11月18日

あとがき
会社からの賞与支給日に、佐藤さんが部下の皆様に必ず添えられているメッセージがあるそうです。
「一度は潰れた会社なんだ。バブル崩壊後、レジャー産業が立ち行かなくなった時に潰れていたとしてもおかしくなかった。それを忘れないようにしよう。」
船外機の研修で本社に出向された当時、佐藤さんは行く先々で「助けてもらってありがとうございます」と言われていたそうです。連続黒字を続ける同社にあって、今もなお、事業存続の危機に瀕した当時の初心に立ち返りながら、現在は後進の育成にあたっておられるそうです。佐藤さん、貴重なお話をいただき有難うございました。後編も楽しみにしています。

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