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たった1週間で、私はその会社から逃げた

初めて入った会社が倒産した。

何度も20代の話しばかりしていて申しわけありませぬが、20代は何かとてんこ盛りでありまして。
お時間があれば、お付き合い下さいませ。
(かなり端折ったつもりですけど長いのです)


2年ほどは務めただろうか、とにかく会社が倒産した。
正確にいうともうちょっと複雑な経緯があったのだけど、とにかく働き口が無くなったことがある。

私は実家住まいだったし、失業手当てもすぐ頂けたので、正直、焦ることもなく、数ヶ月間浮かれきって暮らしていた。
徹夜もない、納期もない、私は自由だ!!!
食う寝る遊ぶ、人生に乾杯!


さて、世の中を舐めきって自由を満喫した罰だろうか、次の会社が恐ろしいところだった。


入社初日だ。
「引き継ぎをしてくれるB子さん、彼女はあと3日でここを辞めます。」
「そして、私がA子です。ここに勤めて5.6年になるので、分からないことは何でも聞いて」

そうして、まず、B子さんに仕事を引き継いでもらうことになった。3日か…仕事、覚えられるかな。
なんて、そんなことは杞憂だった。

さて。このB子さんが、とにかく覇気がなかった。
私より歳下の可愛らしい顔つきの女性なのだが、聞こえるか聞こえないかの声で話し、顔には化粧っ気もない。髪の毛も無造作に束ねているだけで、「可愛らしいのにもったいない」と私は思っていた。

仕事の引き継ぎに関しても、違和感だった。
恐ろしく仕事が簡単なのだ。
前の職場は、納期に次ぐ納期で、終わるまでは帰れなかったのに対し、やることが無さすぎて、時間が遅々として進まない。
しかも、パソコンが与えられていない!
やることといえば、手書きで見積もりだの納品書だのを書いて、朝に出て行く営業さんを見送るぐらいだった。
仕事量も少ないが、効率も悪すぎる。ここになぜ、2人の事務員が必要なのか、全くわからない。

2日目だっただろうか。
B子さんが「今日は、本部へ行くので、車に乗ってください」と言った。
なるほど、本部に行ったりするから、人手がいるのか?
車の中で、B子さんと2人きりになったので、ここはどんな会社で、どのくらい勤めて、どうして辞めるのか、気になったことを聞いてみた。

すると、B子さんは慌てふためいた。
「普通の会社ですよ!私がちょっと、色々体調のこととかあって、1ヶ月しかいられなくて」

普通の会社。

本部へ行くと、なにやらお偉いさんが出てきて、とにかく期待しているから頑張ってね、みたいなことを言ったのち、両肩をポンポンされた。

期待?あの仕事の内容に?

気になるのは、A子のB子さんに対する態度もだった。
「バカなの?どうせ辞めるとか思ってるんでしょ、バカはバカなりに責任果たせよ!」

え、こんな漫画みたいに悪態つく人いる?

3日目、B子さんが辞める日だ。
私は、B子さんに連絡先を聞いた。
「今日か明日にも電話しますので、私のためだと思って、電話に出てください!」
B子さんはうなずいて、そっと、電話番号のメモをくれた。

翌日から、朝の営業を見送ると、A子と2人きりになった。
昨日まで、B子に罵声を、私には猫撫で声だったA子は、とたんに私に対しても声が低くなった。
あなたの声帯どうなってんの?

そして、朝からどこか違う部署に電話をしている。「次はいつまで続くか、とにかくバカばっかり入ってきて困るのよー!」という内容を延々と話している。

ん?次は?

まて、まてまて、何人出入りしてるんだ?
それで私は、手書きの勤怠表をこそっとチェックした。手書きバンザイ。数年分のファイルがそのままだった。
そして恐ろしいことが判明した。
ザッとみただけでも、この1年で10名ほどの出入りがあった。

ホラーかよ!!!


屍表のようにみえるその勤怠表をみて私は確信した。
ヤバイ会社に入ってしまった。
ジェイソンがいると分かっていて、森に入っていくようなものだ。もう私には死亡フラグしか立ってない。

帰ってすぐ、B子さんに電話をした。
何があったか聞かせて欲しい。
するとだ。ざっくりと最悪な答えが返ってきた。

A子に毎日罵声を浴びせられた。生きている意味が分からない死んでくれとも言われるし、ペンだのゴミだの投げてくる。
さらに、本部の偉い人に押し倒された。蹴って逃げたが、その後の営業マンたちの対応も明らかにおかしくなった。

え、魔窟?
あの会社、魔窟なの?


1ヶ月のお勤めで、そんな大盛りな感じ?
漫画で読んだことあるけど、あれってフィクションだよね?
そしてあのジジイ、あの両肩ポンポンは、私の体型、肉付き、蹴りの強さを測定していたのか!


これは、本当にヤバイぞ…
私は、この就職を1番喜んだ母に相談した。
とにかく遊び呆けた数ヶ月「世間体が悪い!」と私を叱り続けた母だ、ガッカリさせるに違いない。もしかしたら、信じてもらえないかもしれないし、社会不適合者と罵られたらどうしよう。


ところがだ。


母は、開口一番「逃げなさい!!すぐに逃げなさい!!」そう言った。

10何人もが勝てなかった相手と、あなたが戦う必要はないし、逃げたとして、責任を感じることはない。とにかく、傷つけられる前に、逃げなさい!


あの時の母は、鬼気迫るものがあった。
経験したのか、それとも知識として知っていたのか。社会の闇に対しての反応が素早かった。

とにかく、明日、自分の持ち物を悟られないよう全て持ち帰り、電話で辞めると言ってしまいなさい!!とのことだった。

翌日、素知らぬ顔で荷物を持ち帰り、言われた通りに会社に電話をした。
「お前仕事を舐めてるのか!!…どうした誰かに何か言われたのか、相談に乗るから言ってみろ」
という、飴とムチを使い分けたような言葉を聞きながら、同じトーンで、とにかく辞めますと言い通した。

「まさか引き継ぎはするんだろうな!?」

という言葉にだけは「引き継ぐほどの仕事は無いですよね」と言えたのが、唯一、私の渾身の一撃で、電話を切った後もしばらく冷たい手が震えていた。


私は、母のおかげで、なんの傷を受けることもなく、うまく逃げきった。責任なんて感じない。感じないぞ。

しかし、おそらくB子さんは、1ヶ月という短期間で、これでもかと傷つけられ、さらに、それが自分のせいであると思い、強すぎる責任感で、最後の引き継ぎまでしたのだろう。想像しただけで、呼吸が苦しくなる。

翌日、もう一度B子さんに電話をした。
「私も辞めました、あの会社」

するとB子さんは「えっ!」と驚き、「私が話したって言いましたか!?」と慌てた。
もちろん、言っていないし、そうだとしても、あなたは何一つ間違ってないし、引き継ぎまでして、本当に凄いと思います、と伝えると
「私も、あなたみたいに早く辞めればよかった」と電話の向こうで笑った。

私は、母と、そしてB子さんからも助けられたのだ。会社選びを間違えた不運の中で、私は最大の幸運を持っていた。
母があの時「何バカなことを」と言っていたら。
B子さんが「普通の会社です」と言い続けていたら。私は果たして、すぐ逃げられただろうか。


あの時、助けてくれたB子さんが、のちの人生で、楽しく働けていること、異性に対しての恐怖心が癒えていることを心から祈っている。
あれから、一度も会うことは無かったけど、どうか朗らかに笑っていて欲しい。


noteを読んでいて、職場という密室で苦しんでいる人をいく人かお見かけした。
おそらく文章では書ききれない苦痛がそこにはある。「大袈裟にし過ぎかも」と己の弱さと捉えて抱え込んでいる人もいるかもしれない。

母の言葉を借りて言う。

逃げなさい。
あなたが戦う必要はない。
戦う相手を間違わないで。
大丈夫。
40を過ぎた今、私は結構、楽しく生きている。





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