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リボ払いに負けた女

「もう俺たち別れよう」

そう言われたのは、散々ショッピングを楽しんだ後で、なんなら人生で1番ときめいたかもしれないぬいぐるみを1時間ぐらい迷ってようやく購入してしまった日だった。

「え、なんで」
え、なんで、普通にデート楽しんだ後でそういうことを言うんだ、なんの前触れもなく。
せめてデート前にそういう空気を出しておけよ、どうするんだこのぬいぐるみ、見るたびに失恋記念日思い出すじゃねーか。

と、冷静に憤れたのは、もちろんずっと後からの話で、その時は頭の中が真っ白だった。

私は彼が大好きだった。
気は優しくて力持ち、いつだって私を「かわいい」とほめそやし、食べ物を与え、そうまるでその後食おうと思っているのかしらと思うぐらい食べ物を与え「とき子はどんなに食べても太らなくてすごい」とほめそやし、実際のところ彼と付き合ってから7キロぐらい太ったのだが「スタイルいいー!」とほめそやし、太ったことで新しい服を買っても「似合うー!」とほめそやし、購入に悩んだぬいぐるみを小脇に抱えたぽっちゃり姉ちゃんを爆誕させたあたりで別れようなどと。
なんの罠やねん。

彼とは3年以上付き合っていたし、もう25歳をすぎていた。
彼は私より2つ年上で、27歳で、だからこそ、お互いこの先を意識していたのだけれど。「え、なんで」と言った私に、彼は、うーんこの先続けていく意味がわからないと言った。
「だって、結婚したくないって言ったのはとき子の方じゃん」

そうなのだ、私は結婚したくなかった。
もう少し明確にいうと、彼と、結婚したくなかった。
しかし、彼のことが大好きだったのは間違いない。
ではなぜ、彼と結婚したくないかといえばだ。

「それは…!あなたがリボ払いをやめないから…!!!」


あれは真冬のことだった。
エアコンを買いたいのだと彼が言った。
寒いしね、そうね、今までよくエアコンなしで頑張ったよね。これで夏も安泰だね。
そんなことを話しながら、新婚さんよろしく電気屋さんに行った。
彼は、迷うことなく最新式のめちゃくちゃ高いエアコンを指差した。
「リボ払いで」
彼の部屋のエアコンだし、買うのは彼だし、とりあえず黙っておいた。

さらに月日は流れ、彼が友達と海外旅行に行った。
こんがりした肌色を見せながら「次はとき子と行きたい!」と言い、戦利品の土産物をたくさん見せてくれた。
なかなかのブランド品があった。
うわぁ、散財したねぇ!でもそれが海外旅行の醍醐味だよね!
若かった私たちは、キャッキャとはしゃいだ。
「うんリボ払いに変更したから!」

…うん?

他にもあった。なにやら高額なものを買う機会が。
真面目に働いてるし、何より、結婚もしていないのに、彼のお買い物事情に口を出すのは気がひけて黙って聞いていたのだが、「リボ払い」をいう時、毎回、バチェラースマイルを繰り出してくるこの不安は何だ。ごめんバチェラーよく知らんけど。

この人、どういうやりくりしているんだろうか。
という疑問と、まるでドラえもんの秘密道具みたいにリボ払言うてますけど、それ全然秘密道具じゃねえぞのび太くん、むしろそれ藤子A不二雄先生の方ですわドーン。という恐怖がじわじわと広がる。

それである日思い切って聞いてみた。
リボ払い、どれぐらい続けてるの?と。
「えー、わかんないけどずっと3万ずつ払ってる」
わからんのかい!!!

「それはね、借金だからね、真剣に計算したほうがいいよ、月々3万じゃ利息ばっかり払ってるかもしれないじゃん、そんなんだったらこの先結婚とかないわ」
「そうか心配かけてごめんね、わかった、ちゃんとするよ!」
彼はいつも通りの優しい笑顔で言った。

その後、私は彼に細かいことを聞かなかった。
そして、彼はその後も「とき子スタイルヨシコー!」ヒューヒュー!と私を褒めそやし、私はラーメンに半カレーセットの定食を食べて「不思議ーあなたといると地球のもの全部美味しい!」などとはしゃいだ。ちなみにその定食は780円で、半カレー付けないと750円だった。カレーのコストのパフォーマンスがどうかしている。

それである時友人に「とき子、めちゃくちゃ太ってきたぞ…」と二の腕をつかまれながら「いやマジで」と真剣に言われて「だってダーリンがこれでも痩せてるって言うっちゃ⭐︎」と空を飛ぶように浮かれてたちょうど1週間後に突然フラれたのである忘れもしない。

おい待て。結婚できないbecause「リボ払いをやめないのであれば」と言っただろう、こちとらbecauseときたらI love youな心持ちではあるんだ。
「結婚する意思のない君とこの先続けていく意味がわからない」そのセリフ、そっくりそのまま「リボ払いを続ける意味がわからない」と返してやるよ!
まず、私と別れるよりリボ払いと別れろやー!

と冷静に憤れたのも、フラれてから随分後のことだった。


恋愛中の脳みそというものは恐ろしいもので、私は穏やかでいつもかわいいと言ってくれる彼が本当に好きで、その時は「いやーーーー!別れたくないぃぃー!」と思いっきり泣いて縋った。
しかし「でも、結婚したくないんでしょう?」と聞かれてなんと答えたかというと「それはしたくないんだけどもぉ!!」と鼻を垂らしながら答えた。
今思えば、取り乱しているのか冷静なのか自分でもよく分からない。


帰ってから「やっぱり結婚するから別れないでぇー!」と取り乱したメールを送ったんだけど返事は来なかったので、彼が結婚を理由に私をフッたのかといえば、今思うと真実は違うのではないだろうか、とも思う。

さて。
三日三晩泣き続けたあたりでようやく冷静になって鏡を覗いたら、びっくりするほど太っている現実が待っていた。
あ、新しい恋を…せねば…!!とゾンビが這っていると見せかけて実は腕立て伏せ、のたうちまわってると見せかけて腹筋など行う。あれから定食屋でラーメンに半カレーをつけるのもやめた、さらばコストパフォーマンスパラダイス。

そうして数ヶ月後、職場で「今年のクリスマスは彼氏とどっかいくのー?」と気軽に聞かれて「もうとっくに別れてますし、とっくにダイエット始めてますし!!」と突然キレちぎって「予定がないからって残業させたら、クリスマスが許しても私のサンタ(誰や)が許しませんよ!!」などと吠え立てて震え上がらせた相手が、今の夫でございます。

人生何がプレゼントになるかというのは、サンタクロースも知るところではないのかもしれませんね。(無理やり師走感)


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