雨が急に降り出した、通り雨だと誰かが言った
天気予報では言っていなかった雨が突然に降ってきた時、私は家の中にいた。
明るかった空が暗くなっていて、それでも光は雲間から強く差し込んでいる。
締め切った窓から雨音は聞こえなくて、なんとなしに窓を開けたら、サーッと細い雨が、光の隙間を埋めるように落ちていた。
「あ、洗濯物」
と声に出して言ったのが聞こえたみたいに、両隣のベランダからも洗濯物を取り込む足音が聞こえた。
雨音はしないのに、雨の雰囲気ってなんでわかるんだろうねぇと思いながら、洗濯物を取り込んで、濡れてないことを確認する。
それで何故か唐突に、泣きながらラーメンを啜った日のことを思い出した。
何がそんなに悲しかったのか、いまいち思い出せない。
「もう家に帰れないかもしれない」
そんなことを思っていた。
こんなことなら、ちゃんと朝、花に水をあげておくんだったとか、使い切ってない食材のことをメモしておけばよかったとか、生活面のことばかりが頭に浮かんでは消えた。
私がこのラーメンを啜っている間、家族にえらく心配をかけるだろうなと思ったら、申し訳なくて泣けたのだろうか。
怪我で入院した1日目の病院食がラーメンだったのだ。
「ラーメンだって、珍しいねぇー!」
と、長く入院しているらしい同じ部屋のおばあちゃんが嬉しそうに言っていた。
私はどうやら珍しくラーメンが食べられる日に入院し、それから二ヶ月の間病院食を食べ続けたのだけれど、確かに以降ラーメンは1度も出なかった。
なんで帰れないと思ったのかわからない。
二ヶ月かかったけれど、ちゃんと家に帰れた。
初めての大怪我で興奮状態だったのかもしれない。
「手術は1週間から2週間後」と言われて怖かったのかもしれない。
1日のうちに色々あって、お腹が減っていることも感じてない状態で「ラーメン」という日常が目の前に置かれたから、急に何もかもが緩んだのかもしれない。
それで、そのラーメンを食べながら、子供のようにシクシク泣いた。
すでに結婚もしているいい大人だった。
おばあちゃんが心配して「痛いの?看護婦さん呼ぶ?」と言った。
いいえ、いいえ、全然痛くないんです。
なんだか、もう、急に涙が出ちゃってもう…!
ラーメンの塩気なのか、自分の体内の塩分なのか、味が全然わからなかった。
喉が、嗚咽を出すばかりで飲み込むことを拒否していてうまく食べられない。
涙と鼻水を出すので忙しい顔面に、麺をあてがう。
何をしているんだ私は、と思う。
いったん泣いてから麺を啜るか、麺を啜ってから泣くかしたほうがいいのに。
ああ、でも、食器って何分ぐらいで下げられるんだろう。
今食べておかないと、夜中お腹が空くかもしれない。
でも、今泣いておかないと、後からちゃんと泣けないだろうなぁとも思う。
おばあちゃんが、久しぶりのラーメンで喜んでいたのに、私が心配なのか、箸を止めて私を見守ってくれていた。
いや、本当に、痛くなくて、自分でもよくわからないで泣いてます。
ラーメン美味しいです。
冷めてしまうから食べてください。
そんなことを言いながら、出てくる鼻水を啜ったら、ラーメンの味がまたわからなくなった。
それでもどうにかラーメンを平らげた頃、なんだか自分が可笑しくなって、おばあちゃんと笑った。
「泣きながらご飯を食べたことがある人は生きていけます」って、ドラマでそういうセリフがあったんです。
そりゃあるでしょう、泣きながらご飯を食べたこと。そういう経験して大人ぶっていたんですけど、まさか自分の怪我で泣くなんて。
病気でもないのに、しょうもないですねぇ!
そう言ったら、おばあちゃんが
「あんた、自分のために泣けるって幸せなことよ、私なんてがっかりするばっかりで、もう涙も出ないわー!」とカラカラ笑った。
そうか。私は幸せなのか。
白いベッドの上で、妙に腑に落ちた。
おばあちゃんががっかりする連続だという日々を、それから二ヶ月間、たくさんの話をして知った。
おばあちゃんは、確かに泣いてはいなかった。
来れない家族の連絡を待ったり、外出の許可が出なかったりの日々を、おばあちゃんは、
「どうせわかってたことだ」
といい、膝や腰の痛みに顔を歪め、
「家に帰ったって1人だからこのまま入院していたい」と、時々病院や親族と揉めていた。
お天気の日に、光を保ったままの空がふと暗くなる。
予報にない雨は、突然の情緒の乱れに似ている。
大丈夫、通り雨だ。洗濯物は濡れてない。
あの日のラーメンを食べながら止まらなかった涙は、そういう雨に似たものだったから思い出したのかもしれない。
おばあちゃんにも、そういう感じの雨が降るといいなと、もう何年も前のことなのに、今更願った。
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