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てっぺんからの使者 #橘鶫博物館

彼は、独特の雰囲気がある。孤高な感じ。それでいて愛らしい。
群れず、媚びず、それなのに時折見せる笑顔は柔らかいのがズルいのだ。
背は高く、顔は小さく、肌はきめ細やかで白い。色黒の私とは大違い。


モテる要素をまとめて神様に提出するとこうなるんか。

彼を遠目で見ながら、私は「モテる男」というものを分析してみた。

彼はモテる。
それなのに、モテていること自体に、まるで興味がないような遠い目をする。時折、そこにいないような顔つきをしながら笑う。

「ああいうタイプの男には惚れるまい」

誰から教わったわけでもないが、なんとなく彼に近づくことは危険であると、本能が言っていた。


今年の夏は、異常に来るのが早かった。
体育の授業が終わって、汗でベト付いた肌をシートで拭きながら「これから梅雨だなんて信じられない!」と文句を言う。
「初夏ってレベルじゃないでしょ、これ8月になったら死んじゃうー!」
「うん…8月まではムリだな…ね、冷たいもの食べて帰らない?」「いいね!シロ屋の天然かき氷、始まってからずっと食べたかったんだけど」「あ、シロ屋?嬉しい!行く!」

かき氷に想いを馳せると、途端に不快な汗が引いていく。
あと1時間、授業を我慢すればかき氷にありつける。

さっきまで文句しか出なかった暑さに感謝さえ覚えながら、着替えを終えて廊下に出ると、彼が立っていた。

「シロ屋、俺も一緒に行っていい?」

へっ!?

え、聞いてたの?
え、なんで一緒に行くの?
え、なにこの男前?

あまりの男前の迫力に、3歩ぐらい後ずさった。
ちょ、意味がわからない!
そう思いながら振り返ると、マシロも一緒に3歩後ずさっていた。


いかん、鼓動が早い。
別に、惚れているわけではないのだが、どうにも緊張する。
まず、身長がいかん。
真横を向いて見えるのが、ちょうど彼の肩の位置だ。
半袖から出る二の腕が逞しくも色っぽい。
暑さに弱いのか、時折ふぅっと吐息を漏らすのもけしからん。

その上、マシロがとんずらした。
「ごめん、2人で行ってきて!」そう言い残すと、猛スピードで帰っていったのだ。あんなにかき氷を喜んでいたくせに!

男前と2人きり。
突然降って沸いたこのシュチュエーションは、萌えるどころか、私の胃をキリキリさせた。

「えっと…なぜシロ屋へ…?」

校門を出るまでに恐ろしく注目を浴びた。
今まで、自分をとびきり美人と思ったことは無いが、とびきりのブスとも思ったことはない。
なのに、どういうわけだ、私を追い詰めるこの視線は「なぜ、アレが彼と?」をビンビン伝えてくる。マシロがいれば、私が注目されることは無かったのに。

「シロ屋の氷の匂い、故郷を思い出すんだよね」

通りに出て、ようやく2人の時間に慣れてきた私に彼が言い放った。

…は?

「あー、北国の生まれ?」

そう言った私に、彼は、いつもの独特の、柔らかい、それでいて少し泣きそうな顔で笑うと、空を指刺して言った。

「地球のてっぺん、だね」

ちょっと、今の顔はやめて。
私を惚れさせて、あなた得ないでしょうよ!
という、心臓のバクバクを抑えながら
「シロクマかよ!」
私は、笑いながら彼にそう突っ込んだ。

言ってみて思ったが、彼の容姿や雰囲気は、シロクマに似ているかもしれない。
群れず、媚びず、どこか海の遠くの流氷を見つめる眼差し。

「アタリ。なんとなく、北浦さんにはバレる気がしてた。マシロもね、バレるかもって言ってたからさ」


彼は笑いながら、シロ屋の暖簾をくぐった。

ん?何がアタリなの?
は?マシロがなんて?

かき氷が運ばれてくる。
天然氷のかき氷に、イチゴをそのまま贅沢に潰したシロップが乗せられている。

「この赤いのがさ、知ってる味と全然違ってびっくりしたんだけど、すごく美味い。マシロも初めて食べた時驚いてた」

私はといえば、さっきのがどこまで冗談なのか、いや、冗談っていうのは、もっとわかりやすく噛み砕いてくれないと、冗談として成り立たないだろうよとか、勝手にイチゴ注文されたけど、マンゴーが良かったなとか、マシロと彼がかき氷を食べながら、イチゴに驚く様だとか、そういったことが頭を渦巻いていて、イチゴの味も、せっかくの天然氷の味もよく分からなかった。

「し、白井君は、その…シロクマだと…?」

笑われるのを覚悟で、さっきの話しの続きをしてみる。このまま、悶々と考えていたら、夕食の味も分からなくなりそうだし、男前が何を考えているかも知りたかった。

「ああ、うん。マシロが、北浦さんは人をよく見てるから、バレるのは時間の問題だって。バレるぐらいなら話しておこうって言ったんだけど、マシロ、北浦さんといるの楽しかったみたいで、言い出せなかったらしい。けど、そろそろ暑さが本当に限界で」

「ま、待って、マシロも?シ、シロクマ?」

いや、バレるのが時間の問題って!

確かに、マシロも顔が小さいし色白でモッテモテだし暑さにやたら弱いけど、だからってシロクマだっていう思考にならないだろ!
しかも、白井君とは雰囲気も違う。マシロはもっと、屈託なく笑う。

どの辺をどうしたらバレると思ったか分からないほど、ナチュラルボーンヒューマンだと思っていますけど!!
あと、なんか大事なこと言った、言ったよね?

「暑さが限界っていうのは、その、北に帰られる、という…?」

「うん。もともと期間は決められてたんだけど、早めに戻ることにした。いくらなんでも暑すぎる。人間になったら暑いのぐらい止められるって思ったけど、そう簡単でもないみたいだしね。でも、北浦さんに会えた。俺もマシロも。多分、人間になった役目はそれで終わりなんだ」

彼は、そう言うと、皿に残った氷を、上手にスプーンで救って、大事そうに舐めた。



あれからの記憶がどうにも曖昧だ。
彼もマシロも違和感なくいなくなった気がする。あんなにモテていた彼がいなくなっても、あんなに仲が良かったマシロがいなくなっても、学校中の誰も、そして私もざわつくことが無かった。
忽然と姿を消した、というのではなく、まるで氷が溶けて、初めから水だったように、ゆっくり記憶から薄れていったのだ。


あれは、夢…?

でも。

私はあれから、急に進路を変え、超難関と言われる大学を目指して猛勉強を始め、両親や担任を驚愕させた。
そして今、地球温暖化による生態系の変化を調査するチームに入っていて、先日発表された北極調査隊の研究メンバーにも選ばれた。

何より1番変わったのは、私がめちゃくちゃに面食いになってしまったことだ。
ただでさえ研究に明け暮れて出会いがないというのに、身長が高くて顔が小さくて、柔らかい笑顔の持ち主にしかときめかないというのは、かなり問題だ。
温暖化と少子化、課題は多いぞ、とため息を漏らす。


彼らに出会ったのは、多分夢じゃない。

北極についたら決めていることがある。
あれからも、ちっとも止まる様子がない温暖化について謝ること。
それから、お詫びにもならないけど、イチゴを大きめに潰したジャムを用意しよう。お気に召すと思うんだ。

彼らに会えるかどうかは分からないけれど、ね。


ーーーーーー

たちばなつぐみさんの、#橘鶫博物館 に向けて書きました。

鶫さんといえば、鳥。
特に猛禽類がカッコいい。
そこに描かれている鳥たちの絵は、みな、瞳に光を宿し、口角をうっすらと上げ、今にも喋り出しそうな人じみた表情を持ち、体を覆う羽根は、一枚一枚が飛ぶためのチカラを持っている。

そんな鶫さんが、鳥以外の絵を描きあげ、さらにその絵を使っていいですよという。
うおう!なにその贅沢の極みみたいなお話し!

それで目に止まったのが、シロクマでした。
男前…とにかく男前だ、このシロクマ…
私は、象をはじめとした大動物が好きなのです。トキメキが止まらないとはこういうことだ。

それでしばらく迷走してましたが、やっぱりシロクマといえば、地球温暖化しか思いつきませんでした!男前のシロクマと地球温暖化。

橘鶫博物館に入れてもらえれば、もうそれで幸せです!

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