もう小説みたいな恋がしたいなんて言わないよ絶対

初めての彼氏。

この響きに憧れていた、恋に恋する女子校時代、クラスメイトが「女の子を紹介してほしいって男友達に言われたんだけど、会ってみない?」と言ってきた。

彼氏いない歴17年、そろそろ小説みたいな恋がしたい!などと言っているのがバレていたかしら。とにかく男女交際には興味があったので、「え、私?いいけど、別に?」と口では言いいながら、前のめりでその話を受けた。

初めて会ったヨシオくん(仮名)は、学ラン姿で、清潔感があって、声が優しかった。
どういうわけか、気に入っていただけたらしく「付き合って下さい」と言われて、その日はお母さんの顔が見れないぐらいニヤけてニヤけて、ベットの上の枕で口を塞ぎ「惚れてまうやろー!」(当時はそんなギャグない)と叫ぶが如く興奮した。
初めての彼氏!キャー!

さて。初めてのデートで、彼はおもむろに言った。「俺は今まで付き合った人が、とき子ちゃんで5人目なんだ」

▶︎お、多いね…!さすがカッコイイもんね!
▶︎コラ!前の彼女と比べるなよ⭐︎
▶︎そっか、私も、恋はたくさんしてるぞ!

…どれ選べば?返事の正解わからないぞ?
初めての彼氏に対して、私はかなりテンパっていた。ハイ!私は5人目の女です!

急に切り出されたこのセリフは、彼なりのマウントだったんだろうか?それとも、俺、恋愛マスターだから、安心してくれよな!と言うことだったのか、今考えても、ごめんちょっとワカラナイ。

2回目のデートでは、愛車を見せたいから地元に来てくれないかと言われた。
当時、交通の便が悪い田舎で、原付バイクの免許を取っている高校生がチラホラいて、その中でも、お洒落な人はヴェスパというバイクに乗っていた。
『ローマの休日』で、アン王女が記者と2人乗りする、あのイタリアの石畳が最高に似合うあのバイクだ。

ヴェスパー!!初デートの時の「5人目の女」のモヤモヤを吹き飛ばすワードだった。
言われた通り、電車とバスを乗り継いで、彼の地元へと向かった。

そこで見せてもらったヴェスパには、サイドミラーが8個付いていた。
えっと、気になる背後霊でもいるのかな?

って聞けるかー!
「俺仕様にカスタマイズしたんだ」と彼は微笑んだ。
8個中、4個は、完全に運転する自分が写る角度だった。
そうかなるほど、「ヴェスパに乗ってる俺」を写すためのカスタマイズだ。
後ろにアン王女が乗ったとしても、きっと彼が写すのは自分の姿だろう。

3回目のデートは、駅で待ち合わせだった。
前方に、真っ黒のコートに、黒い三角帽子を被った魔女みたいな人がいて、「ねるねるねるねの人がいる」(あのCMしってる?)と思っていたら、それは私の彼氏だった。

彼は、「この帽子、ショップの店員さんがすごい褒めてくれてさ」と照れ臭そうに言ったが、その形の帽子が似合う男前は、この世にスナフキンだけだぞ!と心の中で叫んだ。

後に、RADWIMPSの野田洋次郎氏が似たような帽子を被ってるのを見て、ふと彼を思い出した。30年早くファッションを先取りしてたのか!と思った。ゴメン分かってあげられなかったヨ。

しかし、彼のファッションをとやかく言えるセンスを持ち合わせていない私も私で、その日は何故か、バッグを持たずに財布をそのまま持つスタイルでデートに出向いていた。何を考えていたのか、今となっては全く思い出せないのだが、焼き芋屋さんを追いかけるサザエさんかよ。

彼は、ちょっと驚いたようだったが、「俺のポケットに入れる?」と、黒いコートのポケットに、私の財布をしまってくれた。

それから喫茶店に向かった。
普段ならロッテリアとか、ドムドムバーガーを庭として行動していた私は、まず喫茶店に緊張した。

そこで彼は静かに切り出した。
「他に好きな子が出来たんだ」

あれ?まだ3回目のデートですよ?とか
他に、というか、そもそも私のこと好きでした?とか、色々ツッコミたいこともたくさんあったが、それより何より、安堵していると言うのが正しい感想で、むしろ「それは良かった!」と言いたい衝動に駆られてしまったのだけれど。

そこは、初めての彼氏で、ここは喫茶店で、小説みたいな恋に憧れていたので、私も
「そう…分かった」と伏せ目で答えて、氷の入ったグラスをストローでカランと鳴らす、ぐらいのことはした。

「じゃあね」
なんとなく、2人で別れの雰囲気に酔いしれながら手を振って別れた。

「フラれちゃった」そんな電話を友人にかけてみよう、なんか大人の女って感じだわ、などと考えながら、バスに乗ろうとしてハッとした。
しまった財布は彼のポケットの中だ!

慌てて彼を追いかけた。
もう一度待ち合わせをして財布を返してもらうなんてダサすぎる!
駅の改札に入る人をみると、いた!魔女!違う元カレ!とにかく目立ってくれて良かった!

「ヨシオくん!!」
大声で呼び止めた私に、彼は、驚いた顔で振り返った。
ああ…このシチュエーション…彼のあのちょっと期待する顔…

「あなたに出会えて良かった!ありがとう!」

いや、違うよ、言わねーよ!
「あのっ、サイフ!私のサイフ、ポケット!」

かくして、私の初めての彼氏の思い出は、財布を返してもらうところで終了した。

恋に恋して、何も見てなかった。
何にも見てない私に彼も気がついていたし、彼も私を見ていなかった。
彼氏さえ出来れば、恋が始まる、と思っていたし、彼も、彼女が出来れば、付き合った人数の記録更新になると思っていたと思う。
手を繋いだだけだったけど。

そもそも小説みたいな恋っていうのが、例えばどんなものかも分かってなかった。
岩井俊二か江國香織か、はたまた林真理子か、だれに影響されたというんだ?ウソつけ、高校生の頃、そんな小説読んでないわよ。

とにかく私はあの時誓った。
次にお付き合いするのなら、全力で好きになった相手にしよう。そして、全力で好きになってもらうんだ。
言いたいことはちゃんと言って、それを笑ってくれる人がいい。
小説みたいな恋じゃなくていいや。

友達から始まる恋とか。
「なんて嫌なやつ!」から始まる恋も捨てがたい。
よし次こそは!

17歳、次はマンガみたいな恋に憧れるの巻。
ちゃんと成長しろよ!

さて、その後の人生で、何度か涙を流す別れを経験したし、全力をもって恋愛したと思う。
その思い出たちは、ちゃんとキラキラしている。

あの時の、初めての彼氏も、なかなかどうして、クスクス笑えて、今となっては良き思ひ出です。








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