🎧時間を共有したお兄さんに腕時計を

1990年代、爆発的ヒットしたGショックをご存じだろうか。
ゴツでタフな印象の腕時計である。いや、今もちゃんと人気の商品なはず。
ええと、正直、私はあまり詳しくご存知じゃない。
だから、うろ覚えのまま話を進めます（全体的にいいのかそれで感）。

20歳前後、当時の彼氏がGショックマニアだった。
バイト代をほとんど注ぎ込み、コレクションして棚に並べうっとりする。
「君、腕何本あるん？」と私はよく言っていたが、彼は
「千手観音になれたらもっと集めてしまうから、腕が2本でちょうどよかった」と言っていた。いや、千手観音の使い方よ。

私は、アナログの革ベルトの腕時計が好みだったので全く興味がなく、彼が苦労して買い求めたというホワイトラバーズというペアウォッチも、結局彼の棚に並んだままだった。

ある日、なんとかという（アバウト）プレミアもののGショックが発売されるので前夜から並ぶのだが、並んだとしても抽選になるらしい、との情報を得た彼が、私にお願いをしてきた。
「一緒に並んでくれないか。当選確率を上げたい」
若かった私は、体力が有り余っていたし、その野営キャンプ的な趣きにも興奮したので、二つ返事で了解、確か寒い時期だったと思う。あれこれ持って、店先に並んだ。

すでにそこには、彼と同じ匂いをさせたGショックマニアが、意気揚々と並んでいた。
当時、スマホはなく、ゲームも持っていなかったので、意気揚々なんて、最初の2時間ぐらいで、あとはもうやることなぞ全くなくなっていた。
しまった、こんなのに付き合うんじゃなかった、寒いだけじゃねーか。
そう思い始めた頃だ。

私たちの前で、1人で並んでいた社会人らしきお兄さんが「トイレに行きたいから、ちょっと席を空けていいですか？」と言った。
しばらく経ってから、お兄さんはコンビニおでんを２つ買って戻ってきた。
「よかったらどうぞ」
「えーいいんですか？わー！ありがとうございます！」
私たちカップルは、喜んでそれをいただいた。
「お兄さんの腕時計、それ、なんちゃらモデルですよね！？」
彼は、おでんのお礼と共に、そんな話をお兄さんに振った。
すると、お兄さんに生気が漲った。
「わかりますか！そうなんですこれは…！」

お兄さんは、どうやらめちゃくちゃ暇だったらしい。
漫画を持ってきていたが明かりを忘れて読み辛く、私たちカップルが延々としりとりをしているのがとても羨ましかったと言う。
こちらとて、しりとりは苦肉の策であって、正直いつ終わらせたらいいものかお互い様子を伺っていた。「蚊」とか「血」とか「木」で返すんじゃねーよ！という言い争いすらしていたのだから、第3者の介入というのは、とても喜ばしかった。
私たち3人はお互いの暇を埋めるべく、朝まで語り合った。
まぁ主に、彼とお兄さんがマニアなトークで熱くなっていたが。

そうしていよいよ、店のオープンの時間になった。
整理券が配られ、いよいよ商品を手にする！というところで、抽選が行われるという旨も説明された。どよめきがおこったが、情報通りでもあった。

どんな抽選方法だっただろうか。
覚えているのは、先に結果を手にしたお兄さんが外れたこと。
私たちカップルが2人とも当たったことだ。

「え」
お兄さんの絶句した顔が忘れられない。
一晩中、共にしゃべっていたのだ。
私がGショックにほとんど興味がないのはバレている。
それなのに、私が当たって、彼は外れた。

おでんを食べ、缶コーヒーを奢り合い、朝日が昇るのを共に見た。
走馬灯のようにめぐるお兄さんとの思い出。
明け方「寝るなー死ぬぞー！」と笑い合ったあの瞬間、私たちには確かな友情が芽生えていた。時間と情は比例する。

「おめでとう…ありがとうね、一晩楽しかったよ…」
お兄さんはそういうと、冗談でなく、本当に首を90度曲げて去っていった。
人間項垂れると、あんなに首が根本から曲がるんだ…と冷静に思った。

「あの…せっかく当たったけど、私の分、お兄さんに譲っても構わない…？」
お兄さんの離れていく背中を見ながら、彼にそう言った。
すると彼は
「君がそういうのを待っていたんだ！」と高尚な思想家みたいな口調でいうとお兄さんを追いかけた。どうやら、自分のものは絶対に譲れなかったらしい。

お兄さんは遠目から見てわかるほど「パァァァ！！」という文字を背負ってお礼を言っていた。
後日、コレクションの一つである時計を彼に譲りに来て、遠慮する彼に、いかにあの一晩楽しい思いをし、嬉しかったかを伝えていた。
そしてついでに私に言った。
「あの、よかったら女子大生紹介してもらえませんか？合コンしてもらえると嬉しいです」

なぜ、時計を譲った私の方がついでで若い女子を紹介せねばならんのだ、という流れはともかく。
お兄さんも、ラバーズシリーズペアウォッチを所持していて、足りないのは「彼女の腕」ということだった。
いや、そこまでは用意してやれねーや！
彼のツッコミがとても早かった。
お兄さんは、流石に90度ではなかったが、またちょっと項垂れた。
結局、お兄さんがペアウォッチを着ける相手を見つけたかは分からないままだ。

やっぱり、腕に巻いてこその腕時計よな。

数年後、彼とは別れることになるのだが、彼の棚に並べられたペアウォッチは、誰かの腕に巻かれることがあるのだろうかと、最後の日、ふと思った。

というわけで！
時計を思い出してたら、長くなってしまった！

今回のすまスパは「時計」朗読です。

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私が朗読したのは、
ぱんだごろごろさん「ピンク色の腕時計」

こちら、読了後、どういう風にでも取れるんです。
姉妹の愛情？
姉妹の嫉妬？
姉のマウント？いや、それは勘ぐりすぎ？
妹の恋心は？本当に2人を祝福してる？
読めば読むほど、己の捉え方を変えるたびに色合いが変わります。

ピンクという色は、男女で見え方が違うそうです。
化粧品会社のパンフだったかしら。
女性は、ピンクのリップが5本並べられた時、色味の違いがわかるそうですが、男性には、5本全て同じピンクに見えるのだとか。

この、見る角度によって色を変えているように見えるピンクの時計。
ぜひ、堪能してみてください！

ピリカさん朗読は
riraさん「継ぐもの」

こちらは、ペンダント型のスノードームに隠された懐中時計。
幻想的なアイテムと景色、光を宿す樹氷のランタン。
美しい光景の中に、かつて愛しあったと思われる2人の時間を想います。
読んでいると、不思議な感覚にとらわれます。
暖かさに包まれているような、それでいて、樹氷のある澄んだ冷たい空気を感じるような。

2人の止まっていた時間、あるいは別々に動いていた時間が重なった瞬間の物語かもしれません。
それを目の当たりにした主人公の時計が動き出す。
時は平等に与えられているけれど、その感じ方ひとつで、刻む時の重さは変わるのだろうなと、そんな想いを抱きました。
ぜひ、その美しい重さを感じてみてください！

相変わらず前置きが長い。
それも含めて楽しんでいただければと。
いつも読んで聴いていただきありがとうございます！
もちろん、どちらか一方でも嬉しいです。
時は金。
あなたの時が豊かなものでありますように。


毎度2000字オーバーな私、来年の目標は1000字でまとめられる女になりたい。
（今年がもう終わる感を早めに出す。だってここからの時間、本当に早いんだもの！）