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世界の終わりにあるものは

『あなたは明日世界が終わるとしても、それでも種を育てますか?』

「うん!だって、本当に世界が終わるかどうかは、明日にならないと分からないでしょう?」



ある国で、命を奪いあう戦いが始まりました。
誰も理由は分からない。
なぜ奪わなければいけないのか。
奪わなければ、自分が奪われてしまう。
明日が見えない。明日が来るのか分からない。
昨日まで穏やかな気持ちで見上げていた空が、絶望の色に染まる。
誰が悪いのか、誰のために奪うのか、明日は誰のものなのか。

だから、神様が根こそぎ奪うと決めました。
いっそ全てをゼロにしてしまおう。
色々と策を練るよりそれがいい。


そうして、神様は、誰にでもわかるように、世界が終わる日を啓示したのです。

人々は言いました。
「あの国のせいで、我々まで終わりにされる!」
「私たちは関係ないのに!」
「どうせ世界が終わるなら、戦いになんの意味も無い!」
「やめます!だから世界を終わらせないで!」

だけど、どんなに叫んでも、世界が終わる日の啓示は変わりませんでした。



「ねぇ、本当に世界は終わったの?」

「さぁどうだろう…この絵本、続きが切り取られてしまってるんだよ。なんて書いてあったんだろう。昔々に読んだのに。確か…そうキレイな象の絵があった」

「この表紙の象さん?」

「…うーん、そう、この象さんなんだけどね、でもなんかもっとこう、キレイな色の象さんが最後に出てきた気がするんだよね…」


そうだ、確かに続きがあった。
子供の頃、母に何度も読んでもらった絵本。

この春引越しをするのに、家中のものを段ボールに詰め込んでいたら、息子のワタルがどこからか古い絵本を抱えて持ってきた。
表紙には、モノクロの優しい象の絵。
瞬間「わぁ懐かしい!」と言ったら、ワタルが目を輝かせて言った。
「ねぇ、読んでよ」
うーん、お母さん、今すごく忙しいんだけどなぁ、と言いつつページをめくる。
しかし、それは途中で切り取られてしまっていた。

あれ、何度も読んでもらっていたはずなのに、続きが思い出せない。

「お母さん、世界が終わるってどういうこと?」
ワタルが神妙な顔つきで聞いてきた。

世界が終わるってどういうこと…


『お母さん世界が終わるってどういうこと?』
幼い私が母の顔を覗き込む。
『うーん、そうね、お母さんもお父さんも、それからこの家やあなたが行く幼稚園も何もかも無くなって、誰にも明日が来ないってこと、かなぁ』
『えー怖い、そんなのイヤー』

そうね怖いね。だけど、明日は誰にも分からないから。
世界が終わるって誰かが言っても、世界の終わりがどんな風なのか誰にもわからない。
だからね、この象さんみたいに、ただ育てていくの。誰のものでもない明日のために。

『キレイな象だね』
『本当に、キレイで優しい。お母さんこの絵が大好き』


ああ。思い出した。


世界が終わるその前日、人々は絶望に囚われたのか。
いいえ、彼らは決めました。
それでも明日のために種を蒔こう。
世界がそこで終わるとしても。
きっと、私たちのためではないけれど、明日は来るとそう信じることにしたのです。

すると象が現れて言いました。
「その種、私が育てましょう、毎日水を撒き、花になるまで見届けましょう」


それから、世界は花で溢れました。
たった一頭、この世界に残った象は、毎日花に水を撒き、毎年花の種をとり、そしてまた世界のあちこちに蒔きました。
毎年、毎年、花を育てるうちに、象の体は花の色に染まっていきます。
そしてその命が尽きた時、花の色に染まった象は、空の虹になりました。

『あなたは明日世界が終わるとしても、それでも種を育てますか?』


そう、なんだか不思議な絵本だった。
世界が終わっていくような。それでいて、これから始まるような。
いや、変わらず続いていくような。
美しい色彩の中で、象だけが全てを知っている風だった。
そして最後に質問が投げられるのだ。

その質問を、母は私に投げかけた。
私は、その色彩があまりにも美しかったから、もちろん種を育てるとそう答えた。

あの時母は、自分の時間の終わりを知っていたのだ。
明日が当たり前にくるとは思っていなかった。
だから、病院のベッドに移った頃、あの絵本を持ってきてと私に言った。

「覚えてる?あなた、小さい頃にね、私がこの質問をしたらなんて答えたか。本当に世界が終わるかは、明日にならないと分からないって言ったの。お母さん、なんだかそれが嬉しくて。
だから、ね。ここの最後のところだけ切り取ってくれないかな。怖い部分は、もうお母さんには必要ないの。優しい色のページを最後に私にちょうだい」

それで中学生だった私は絵本のラスト部分を切り取った。
絵本を切り取る罪悪感と、母の希望を叶えたいという使命感がないまぜになって、私は鼻を啜り、涙をこぼし、喉の奥にある受け止めなければいけない悲しみを飲み込みながら必死に切り取った。
「お母さんの明日は、花でいっぱいよぉ」
母は、そう言うと私の頭を撫でて、安心しなさいと優しく笑った。

それから、悲しい部分だけが残った絵本を、私はどうしてもめくることができなくなって、記憶の底に沈めたのだ。段ボールに押し込んで、押し入れのずっと奥の方に。


「ワタル、今から本屋さんに行こう!この絵本、買いに行こう!キレイな象さんの絵を見せてあげる!」

「おいおい、引越しの荷造り中に荷物増やすやつがあるかよー!」
隣の部屋で荷造りをしていた夫が言う。
「ううん、世界の明日のために必要なものなのー!」
「世界ー?それよりうちの明日だろー?」
夫の半分呆れた笑い声を聞きながら、もう私は財布を掴んでいる。


今すぐ絵本を買おう。そして、同じ質問をワタルにしよう。
なんて答えてくれるだろうか。
ううん、私には分かってる。きっとこの子も種をまく。


ワタルは、急に絵本を欲しがる私を不思議そうに見上げると、それから満面の笑顔で「行くー!」と飛び上がった。




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玉三郎さんからお届け物。

玉三郎さんの絵は、キュートで優しくて、玉三郎さんの書くエッセイはもちろん、ショートショートはいつも楽しそうで、大好きです。だから2月のまとめもそういうワクワクした気持ちで読み始めました。

そしたら、私の『なけなしのたね』のための絵が描いてありました。
同日夕方、郵便受けに玉三郎さんからのお手紙と自作のポストカードが…!!

本と並べて撮ってみた

象の優しい表情と、新しい芽吹き、柔らかな空気と色彩に、私はしばし惚けました。


ところで最近、引っ越しで気持ちがゴタついて、ちょっと一息入れようとテレビを見ると、これまた気持ちが騒つくニュースが流れます。
コロナの時とはまた全然違う、憤りや悲しみ。

私は単純なので、すぐに気持ちが持っていかれてしまう。
まぁ、単純なのですぐに日常に戻ることも出来るのだけど。
その気持ちの振り幅にも、ちょっと最近疲れるなぁと思っていた矢先のこのお届け物でした。


絵本の物語に大きな意味を詰め込んだわけではありません。なにか強いメッセージが伝えたかった訳でもなくて。

ただ、なんとなく疲弊した気持ちを救ってくれるのが、静かに新芽を育てる、淡い色彩の象でした。
誰かが悪いとか、誰かのために何かを守るとか、そういう難しいことを全部除いて、ただただ育んでいる象にしたかった。
誰かの悲しみを、そっと持って消えていくような、そんな象にしたかった。

玉三郎さん本当にありがとう!!
この優しい象さん、これからずっと宝ものにします。
世界に一頭だけになって、しかも虹となって消えてしまうという、ちょっとだけ悲しいテイストになったのが申し訳ないのですけれど!なんだかこの慈悲深い表情は、悲しみも優しさも全て持っている気がして…
私の想像のたねは、本当の花になってます🌸
これを書かせてくれてありがとうございました🌱



その他『なけなしのたね』を作ってから届いている皆様からのメッセージ、お手紙、感想など全て私の心に新芽となって芽吹いています。
私の身体中から緑が生い茂る勢いです。
もちろん、そばに置いてくださるだけで充分に幸せです。
本当に、本当にありがとうございます。
おかげさまで、もうすぐ完売となりそうです。
引っ越しに在庫を抱えていくことにはならなさそうでホッ。
春に向けて、気持ちを新たに明日を迎える準備を続けたいと思います。
…いや本当はほとんど何も進んでないけど!



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