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まっつんのピコたん

「とき子、ピコたんいるよ〜」

まっつんに指摘されるたび、私は
「え、また?もうやだー」
そう言って、ちょっと照れながら笑う。
「もーいつからいたー?恥ずかしい!」


まっつんに初めて会ったのは、中学校の入学式の直後。
まっつんは、遠目に見てもギョッとするぐらい可愛らしかった。
地毛だけど色素が薄い茶色の髪の毛。
同じ色の茶色い瞳はクリクリと色々な表情を見せる。
肌も白くて、ハーフかクオーターだと言われても、多分納得してしまう容姿だった。

「あの子すっごい可愛いね、何小学校?」
「私知ってるよ、あの子あんなに可愛いのに性格も良いんだって」
「え、可愛くて性格良いってすごい、信じられない!」
そんな噂話もチラホラ聞いた。

ま、私にはあまり関係ない子だろう。クラスも違うし、可愛すぎて緊張しちゃう。それに、性格が良いって噂されること自体、ちょっと胡散臭い気もするし。

ところが、テニス部に入部すると、まっつんもそこにいた。
「うわ、あの子テニス部にしたんだ」
どういうわけか、絶対に仲良くなれないと思い込んでいた私は、彼女がそこにいることにガックリしてしまった。人気者がいたら、自分が惨めな気持ちになると思っていたのかもしれない。

しかし、そんな私の作る、いやもしかすると他の女子も持っていたかもしれない壁を、彼女は難なく飛び越えてきた。
とにかく、天真爛漫で大口を開けてよく笑い、喋る時の声もやたら大きく、おまけに面白い発言をたくさんする。

可愛いのに可愛こぶらない。
おまけに成績も良い。
それなのに人を全く馬鹿にしない。

無敵!いいやつの条件を全て持っている!アニメかよ!!!

こんな人がいるんだなぁという感動と、こんな人になりたいという羨望と、それから同じテニス部の友人であるという優越感。
1人の友人にこれほどまでに複雑な感情を持ったのは、多分人生で初めてだったと思われる。

ところで、私は中学生の頃、なかなかCDプレイヤーを買ってもらえなかった。
当時、1番安いものでも3万円前後。
お年玉やお小遣いをかき集めてもその金額にはならず、何度両親にねだっても、なかなか「うん」とは言ってもらえなかった。
それで仲の良い友人たちは、わざわざカセットにCDを録音してくれた。
もちろん、まっつんも例外ではなく
「プリプリの新曲出たんだよ!聞く?」と言っては、テープに録音するという手間をかけてくれた。

ある日、私はまっつんに「ねぇ、CDを貸してくれない?」と頼んでみた。
「CDを両親に見せて、私だけみんなと貸し借りが出来ないって、泣き落としをしようと思って!」
「頭いいー!いいよ、貸すよ、買ってもらえるといいね!」
そう言って、まっつんがCDケースを私に渡してくれた。

これが念願のCD!
私は、なんとかケースを開けると、CDを取り出してみようとした。
しかし、CDはケースの穴にビッタリハマって取り出せない。
「?」と思いつつ、もう一度力任せに引っ張ってみる。
「あーーーーっ!割れちゃう割れちゃう!真ん中を押すんだよ!」
まっつんは慌てて、私にCDの取り出し方を教えてくれた。
しかし、中学生の私は、CDの取り出し方もわからないという恥ずかしさで、カッと耳まで顔が赤くなる。
するとまっつんは私にこう言った。
「んもー可愛いなとき子は!大好き!」

彼氏対応かよ!私もオメーが大好きだ!

まっつんとは、とても仲が良いまま大人になった。
ある日、うちに、まっつんを含めた何人かが泊まりにきていた。
夕食の支度をしてくれていた母に「おばちゃん何か手伝おうかー?」
と友人たちが言ったが「今はいーよー、後で呼ぶからー」と母は答えた。
すると、まっつんは台所へ入り、母がやっていることを見ると
「おばちゃん、私、それやりたい、やらせてー」と、そう言った。

「手伝いましょうか?」のアンサーは、大抵の場合「大丈夫」と言われて、引いた方がいいのが、再度押したほうがいいのか、なんだか迷ってしまう。
しかし、「やりたい」そう言われたら?
母は「そう?じゃお願い」
彼女はあっさり台所に入り、母と夕飯を作り始めた。

天才的な嫁だな!!
と、私は本気で思ったので、自分が嫁に行ったときに、その技を義母や、夫の親戚がいる場で多用した。
おかげで、私の嫁の地位は格段に上がったのは言うまでもない。


そんな彼女が、たわいもないお喋りをしていたある日、軽い口調で言った。
「あ、とき子、ピコたんいるよ」

ピコたん…?

誰ですかいそいつ?小人?妖精?こだま?
私は、周囲をキョロキョロ見回す。
めちゃくちゃ可愛いのがいるんじゃねーのそれ?

「あ、ごめん、言ってなかったけ?鼻くそ!鼻くそのこと!」
彼女は、キョロキョロする私に爆笑しながら耳元で言った。

は、鼻くそ…!!!

何そのネーミング、何その恥ずかしい指摘、え、待って待って、今すぐ知りたい私のピコたんのサイズ感…!!!


「だってさ、鼻くそついてるよ、じゃ恥ずかしいけど、つけっぱなしも恥ずかしいじゃん。でもさ、ピコたんいるよって言ったら可愛いくない?ちっさいおっさん感!!」
「ちなみに、ピコたん、カサカサバージョンとか、風呂上がりバージョンとかいるから!」
「あ、今、とき子のピコたんは、そうだなぁ、風に煽られてる感じね、飛ばされそうだけど、だいぶ頑張ってんな」

風呂上がりってなんだよ、むしろそれ清潔感!
あ、そっかー!じゃぁ、しっとりピコたん?

私たちはゲラゲラとピコたんの生態について語り合った。
「笑ってる間に、ピコたんいなくなってるー!どこ行ったー!?」

若い娘がピコたん、ピコたんと笑い合う姿は、さぞやかわいらしかったことでしょう。よもや鼻くそを探してるとは、誰も思うまい。

彼女は、そんな風に人に恥ずかしい思いをさせることをせず、爆笑しながらスルリと懐に入ってくる。
天賦の才!と思うこともしばしばで、私は、中学生の頃から今に至るまで、彼女の発言は、心に留めていることが結構多い。

実家に帰省できなくなって丸2年。
気がつけば、もう3年近く会っておしゃべりができていないまっつん語録、そろそろ聞きに行きたいと思う今日この頃だ。
夏休みにはきっと帰省をして、地元の友人たちとワイワイしよう。

「マスクするようになってからさ、ピコたんの存在、気にならなくなったよね!」
そんな話なんかも、するかもしれない。


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