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そこに生きる未来

モハメド・オリと旅へ行った。

まず、モハメド・オリを知っておくのが大前提で話は進んでいくので、どうぞこちらでオリちゃんを知った上で聞いてほしい。


オリちゃんとは、広島で知り合って、彼女が大阪の家へ戻った翌年、まるで私も追いかけるように大阪に行くことになった。
同じ大阪とはいえ、住む地区は離れているので、月に一度程度『大人の遠足』と称して、京都や奈良を、猛烈な勢いで歩き倒し、しゃべり倒している。

とにかく基本的に生き急いでいるので、カフェでお茶をして一日を終えてしまうのなら、空いている手足と目を、存分に使おうという目的のもとに動いている。
いや、そんな話し合いはしてないけども、一度それをやってみたら、私たちにはとても合ったお喋り方法だということが分かった。
「いいなぁ、一度一緒に遠足に行きたい!」
と、もし、私のインスタを見て思ったのだとしたら、寝不足厳禁、足腰は鍛え、ついでに声帯も存分に整えた上で参加、いや「挑戦」してほしいとさえ思う。
それぐらい、全身全霊で歩きお喋りしていると思っていただいて間違いない。


さて。今回、オリちゃんは「ときちゃん、一緒に一泊してもらえるか?」と聞いてきた。
それを聞いた時、私は、いよいよかと思った。
何がいよいよかといえばだ。

オリちゃんには夢がある。
とある村で空き家を買い、夏の間はそこでパンを焼き、冬、雪に閉ざされる頃は大阪の自宅でパンを焼いて暮らす。その二つの地域でどのようにその土地に貢献出来るか思案することも踏まえた上での夢だ。
ざっくり簡単に説明してしまったけれど、憧れのようにふわふわした夢ではない。
彼女は、たった3年しか住まない予定の広島時代も、一人で古民家を借り、あっという間に大工仕事をしてオシャレなパン屋にしたてあげ、地方のテレビに取り上げられた。
あれは、彼女の壮大な夢への序章というか、小手調べにすぎず、「いずれ全国区のテレビ出演と、雑誌の表紙になる」ところまでが、その夢に含まれていて、その戦略も彼女の頭にはある程度仕上がっている気がする。
「こうなりたい」ではなく「こうなるのだ」という明確な意思のもと、彼女は動いている。

そしてこの夢は、私の娘と同じ歳の娘さんがいるオリちゃんにとって、「今すぐ」動き出せるものではないが、今から準備をしておくべき夢なのだ。

それで、オリちゃんはここ数年、空き家バンクに登録したり、地域おこし協力隊について調べたりしてきた。
その上で「一緒に一泊してくれない?」という。
実際のところ、空き家があったとして、どうしても閉鎖的排他的な地区になるとなかなか空き家を売ってもらえないというのも、現実問題としてあるようだ。
これは、その地区だけのことではなく、日本中のどこにでもある問題だ。
実際、私の両親が住む田舎も同じ空気は出ているし、それを「悪しき風習」と言い捨てることも出来ない。
もし私の両親が亡くなって実家が空き家になったとして、どこの誰ともわからない人に、それを二束三文で売る未来など、到底想像が出来ないのだ。
そう、「どこの誰がこの土地を受け継いでいくのか」という問題は、自分の死後であっても拘りたいのが人間の性なのだろう。
他人の土地であるならば「売り払って活用すればいいのに」と簡単に思えるが、実際自分の所有している土地には執着してしまう。ノスタルジーは時に人を頑なにする。
その執着こそが、地域の活性になっていく場合があるし、全くそうでない場合もあるというのを、しみじみ考えさせられた。

「私の人となりというものを、ときちゃんを通して伝えることが出来ないかなと思って」
田舎の起業についてたくさんの話を聞いてきて、オリちゃんが感じたのは
「あなたは一体、どこの誰なの?」という壁なのだと言う。
私が行って、それを取っ払えるなどとはもちろん、私も彼女も思っていない。
ただ。多分、私はすごく楽しそうにオリちゃんの話が出来る。
その一点においてだけは自分でも確信があるので、二つ返事で旅のお供をすることにした。
夫と娘も、平日の一泊旅行「オリちゃんの役に立てよ!遊びすぎるなよ!」と送り出してくれた。
まぁ実際、ほとんど遊んでいた。ごめんよ。


そんなわけで、ビールを飲みながらではあったけど、立ち寄ったカフェのお姉さんや、泊まらせてもらった宿のご主人に話を伺うことが出来た。
お姉さんは、元々地元の方で、東京に出てから帰ってきたという。
この村の閉鎖的な風習に対して、否定も肯定もしていた。
「この地域でパンを焼く他に何が出来るか」
その鋭い質問は、ただそこに住みたいというだけでは、厳しい自然と共存してきた人たちと同じ目線では生きていけないことを物語っている。
先人が作ってきたこの村の50年後、100年後を視野に入れて村を活性化させて行くこと、今の村の神聖さを崩すことなく、しかし、新しい風を取り得れていくことの重要さを、思いのほか熱く語っていただき、私はたった一人、グビグビとビールを飲んでいて申し訳なかったけれど、オリちゃんのハードルが思いのほか高いことを知った。

宿のご主人は、生まれは全く違うところで、ご夫婦で地域おこし協力隊からスタートし、ほぼ手作りで宿を作ってオープンさせた方だった。
「ときちゃんと来てよかった」とオリちゃんに言われたかった私は、これまたビールを片手に「どうしてここを選んだのですか?」と口火を切ったところ、それはもう親切にスタートから現在までの道のりを教えてくれて、同じような境遇の人のインスタを次々紹介してくれた。
「僕から聞いたと言ってくれて構いません」
そう言いながら、オリちゃんの進む背中を全力で押してくれているようだった。
「彼女も大工仕事得意なんです!」
オリちゃんの人となりを語り、遊び半分の気持ちでここに住もうと思っているわけではない証明をするのに、私は役不足だ。
だけど、ほんのちょっと、扉に隙間を開ける手伝いになれただろうか?とビールを片手に握りしめたまま、彼と、彼の話を聞き入るオリちゃんを見つめた。


翌朝、私たちは早起きをして散歩に出かけた。
「こういう毎日を送りたい」と語るオリちゃんは、ここを観光地としてはしゃぐ私とは違う視点でここにいる。
ここでの生活を想像している。
確信は必ず未来に繋がっていると私は思っているので「こういう毎日を送っている」シュミレーションを二人で存分に行った。

その後、ヨガマットを背負って、山を登った。
平日の展望台には誰も来ず、私たちは集中して1時間半もの間ヨガをした。
私は、ヨガをほんの少し齧っているだけだけど、この日、風は穏やかで、気温は暑くもなく寒くもなく、全てが過不足のない状態であることに驚いた。
手足が解けていく感覚。
私の体はただの入れ物であって、その細部はまるで当然のようにこの場に馴染んでいく。
今、ここで私が死んでも、体はただこの自然に還るだけなのだと思った。
与えられたものを丁寧に使って、そして土に戻していく。
私の持ち物も、実家の家も、そういうふうに出来ている。
私はただ、この流れを知っていようと思った。

…ちょっとごめんなさいよ!何言ってんの?ってならないで。ついてきて!!


近い未来、オリちゃんがどこかの村でパンを焼く。
私は、その未来を確信を持って想像していればいい。
ただ、そう思ったのだ。
だから、これを読んだ皆さんも、ある村にオリちゃんのパン屋があることを確信してもらいたい。
そういう旅だったということをお伝えして、スピリチュアルなとき子を終えまする。
地ビールが美味しい旅でした。


千と千尋感がある温泉宿街
受け入れてくれる空気、そうでない空気
地ビール フルーティで美味し
ヨガマット背負って進む山道
大木はなぜ大木になるのかしら
朽ちていく木にも命が宿る
スポットライトの中にいるみたいだった
あのどれかの屋根がパン屋さんになるかもしれない
トロッコだ
木のモチーフが可愛い
橋から川へ降りる階段が唐突に終わる
非日常と思える吊り橋は、生活のための橋
早朝ふらり出れば透明度の高い川
進めば見える景色があるかもしれない
ほとんど手作りなんですって!
ゲストハウスポストインさん
必要最低限の部屋は清潔感があって心地よい
朝ごはんもおいしかった


オリちゃんのパン(ベーグル🥯)はミンネで購入出来ます♬








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