第27話「氷結地帯」2 小林昭人
0098年1月28日 午前
サイド5 オルドリン市チャタム地区
マシュマーの自宅
珍しい人が来たものね。ジャクソン夫人の紹介で、昨年からセロ家の家政婦を務めているチェーン・阿木は、昼前にトライアンフの単車でセロ邸に乗り付けた男を応接室に案内した。男はサングラスを掛け、黒色の共和国軍の制服を着用している。家の主の仕事の性格上、軍人が居宅を訪れることは珍しくないが、単車で来る男はまずいない。主人マシュマーの親友ということで、名前だけは知っていたが、本人に会うのは彼女も初めてである。
キッチンでコーヒーの用意をしたアルマは客人に見覚えがあると言っている。謎の客人の応対を誰がするかについて、キッチンでちょっとした諍いがあった。
「私が行きます。サイド3で助けていただいたお礼もしなければいけませんし。」
アルマがプレートを手に取り、コーヒーを載せて応接室に赴くと、部屋にはマシュマーとマーロウ大佐がおり、各々彼女が差し出したコーヒーカップを手に取った。マーロウは彼女には構わず、カップ片手に話を続けている。
「ガイアか、あまり良い印象はないな。派遣艦隊で臨検した船もサイド2からの船が最も多かった。ひどい政府がひどい政治をやっている国という印象がある。もっとも、今は一つの国ではないが、アガスタ、アリスタ、オーブルに正統政府、他にもいろいろある。」
マーロウはそう言い、ガイア地域を構成する諸国の印象を簡単に話した。
「レイキャビクの主砲の照準装置を納入しているカール社、砲熕装置を製造しているウェザビー社は元はアルカスルの会社だ。ガイアではやっていけなくなったのでルウムに拠点を移したらしい。」
そう言いつつマーロウは、トレーを持ち立ったままの姿で彼らの話を聞いている薄金髪の長身の女性に気づいた。
「ああ、こちらが貴官のところに居候しているドリス提督のご息女か、失礼した。ソロモン共和国軍大佐のエドワード・マーロウです。以後、お見知りおきを。」
いかにもついでにしているという感じの挨拶を受けたアルマは、ソファに座ったままの大佐にペコリと頭を下げた。サイド3での礼を言おうとしたアルマにマシュマーが声を掛ける。
「アルマ、実は大事な話をしている。しばらく席を外してくれないか。」
彼女が出て行くと、マシュマーは軽口を叩いていた親友に真顔で向き直った。適性は十分だ。あとは本人にその意思があるかどうかだが。
「全く知識はないと思っていたが、ガイアについて、多少は知っているようだな。」
まあな、と、マーロウは言い、アルマが運んできたコーヒーに口をつけた。
「コーヒーを飲むのは艦上だけだ。オフは紅茶と決めている。そのことも先にチェーンに言っておくべきだったかな。」
マーロウはイギリス出身で、マシュマーとは大学予備門での同級生である。コーヒーの味に多少の不平を言った後、彼は特徴的な鳶色の瞳で、親友である作戦部長の蒼氷色の双眸を睨んだ。
「で、マシュマー、やはりやるのか。」
マーロウの言葉にマシュマーは頷いた。アガスタ大統領の要請による共和国軍のアガスタ駐留計画は一昨日に閣議で決定され、ブルグソン国防大臣が作戦部に検討を指示している。土星以来の派遣艦隊の編成については、彼は司令官の人選がカギだと考えている。新艦隊の司令官は戦術能力に優れると同時に、複雑なサイド2情勢を理解できる政治的センスを持ち、外交交渉もこなせる柔軟さが必要である。
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優れた科学技術を誇り、サイド3と並ぶ強大なコロニー国家として繁栄したサイド2「ガイア」。しかし一年戦争でジオン公国の侵攻を受けると統一国家…
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