第12話「タイタンの戦い」1 小林昭人
第12話 「タイタンの戦い」 序
0094年5月10日 土星衛星タイタン上空
タイタニア警備隊 旗艦・護衛艦「クストー」
「前衛部隊が破られました!」
「第一飛行隊、第二飛行隊、通信途絶!」
「敵艦隊接近! まもなく射程距離に入ります!」
もはや、ここまでだな。報告を受けたタイタニア警備隊司令官、アダム・リックス代将は戦闘開始から五日間の激戦で防衛戦力がほとんど摩減したことを悟った。残るはこの旗艦・護衛艦「クストー」と少数の警備艇だけだ。
ティターンズ艦隊にはほとんど損害らしい損害を与えていない。バルセロナ級の強力な艦砲射撃の光弾が「クストー」の脇を掠め、背後のアルバータ03に着弾している。すでに04は炎上し、防衛に当たった兵士のほとんどが死んだ。設置したシールド施設もほとんどが傷つくか壊れるかしている。
それでも、タイタニアの戦士たちは、モビルアーマー「ボール」やセイバーフィッシュ戦闘機、あるいはプチ・モビルスーツといった劣弱な兵器で辛抱強く抵抗を続けた。壊れた機体を何度も直し、傷ついたパイロットを引きずり出して健康な者に代わり、何度も何度も優勢な敵軍に攻撃を掛け続けた。その粘り強い抵抗は実際にティターンズの攻撃を何度か跳ね返し、モビルスーツを撃墜さえしている。
しかし、それも限界だ。もはや全てのパイロット、戦闘員が死ぬか傷つくかしており、旗艦「クストー」も満身創痍の姿を晒している。元々サラミス級軽巡洋艦よりも古い軍艦で、植民地警護のために建造された小型のP級フリゲート艦にすぎない。砲弾の備蓄も尽き、戦おうにも武器もない状態だ。
やがてティターンズ艦隊が砲撃を止めた。整備と弾薬の補給のため、最初の攻撃の際にタイタンに設営した前線基地に戻ろうというのだろう。いずれにしても、再びやってくることには違いがない。攻撃するなら、これが最後のチャンスだ。
「ブレックス准将。」
その前にやっておかなくてはならないことがある。すでにオベロンを発進した中立艦「マイヨール」がリックスの要請で旗艦の舷側に接近して来ている。リックスは振り返り、後方の幕僚席で渋面をして座っている連邦警備隊のブレックス准将を見た。
「退艦してください。「クストー」と僚艦は最後の攻撃をかけます。」
巻き添えにするわけにはいかない。ブレックスはゆっくりと立ち上がると、いずれ来るとは思っていた瞬間ではあったが、リックスに敬礼した。被弾や衝撃で傷つき、両者とも煤けたボロボロの軍服を着ている。
「退艦の許可を求めたい。」
「タイタニア国に対する、准将のこれまでの御尽力に感謝します。退艦を許可します。」
リックスも客将に敬礼した。おそらくリックスは死ぬだろう。ティターンズの抗拒不能になった兵士の扱いは人道に則ったものでない。これは前回もそうだし、今回もこの五日間で散々見せつけられている。降伏さえ認めないのだ。ブレックスはリックスと握手をすると、目に涙を浮かべながら、軽巡洋艦に移乗して旗艦を後にした。軍師の去った艦橋には傷ついた乗員と、血に汚れ、破れた軍服を纏いながら、艦橋で仁王立ちになっている司令官が残された。
「タイタニア共和国に栄光あれ! 全軍、突撃!」
旗艦・護衛艦「クストー」以下のタイタニア警備隊は蝟集するティターンズ艦隊に対して最後の突撃を敢行した。接近するにつれ、強大な艦砲射撃が次々と「クストー」の船体と警備艇を破壊していく。リックスは着弾し、死者と瓦礫の山ばかりとなった艦橋で自ら操舵輪を握り、ティターンズ艦隊の旗艦「アレキサンドリア」への体当たりを敢行した。しかし、それは届かなかった。
戦場を去っていく「マイヨール」の背後で閃光が次々と瞬いた。オペレータが旗艦の識別信号の消失をブレックスに伝えた。
アルバータ03、04は炎上している。戦闘開始から五日間、奮戦虚しくタイタニア共和国の軍隊のほとんどが失われている。「クストー」を始めとする警備隊の戦闘艦も全て破壊された。しかしタイタニアの戦いは、それで終わったわけではなかったのである。
マシュマー艦隊は、まだタイタンに到着していない。
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