第32話「アガスタの魔女」1 小林昭人
第32話「アガスタの魔女」 序
0098年3月
オルドリン市 チャタム地区 マシュマーの自宅
その日の午後、アイリスを幼稚園から連れ帰ったチェーンは、やはり幼児の相手はそこそこに、ダッシュで居間に駆け込んだ。今日は彼女が毎週楽しみにしている「ザ・グッド・ラバーズ2」の続きがあるのだ。ラプソティとダミアンの恋の行方が気になる彼女は居間のドアを蹴破るや否や、ヘッドスライディングでリモコンに飛びついた。
「!?」
リモコンを握ろうとした手が空を切り、体ごと滑りこんだ彼女は上を見上げた。
「そうはいかないわ。」
床の絨毯に腹ばいになった彼女を、手にリモコンを持ったドリス夫人が見下ろしている。
「チェーンさん、うるさい宣伝テレビはもうたくさん。」
ドリス夫人はそう言い、チェーンにいい若い女が幼稚な番組を見ているとか、大将宅の家政婦ならもっと教養ある番組を見ろとか説教を始めた。夫人を横目にしつつ、彼女は部屋の隅にいる幼児に声を掛けた。
「アイリス!」
「はーい!」
チェーンの声で夫人に駆け寄ったアイリスが夫人の手からリモコンを奪い取る。呆然とする夫人に、幼児からリモコンを受け取ったチェーンが言った。
「サイコミュ攻撃ね、オールドタイプのオバサンの出番はないわ。いい子ねアイリス、後でクッキーをあげるわ。」
彼女はは服のホコリを払いつつ、勝ち誇った表情でテレビのスイッチを押した。テレビにはアガスタ大統領が映っている。
「またバトレーユね、ま、そこのオバサンよりは美人だけど。」
いつものCMだ、最近はバージョンが変わり、アガスタへの投資勧誘が主な内容になっている。派遣艦隊の到着で治安が安定したことが理由らしい。チェーンの言葉にドリス夫人がムッとした顔をする。
「このあばずれ家政婦、、」
「何か言った?」
テレビには大統領宮殿で子供たちに囲まれてピアノを弾いている大統領の姿が映っている。
「アガスタは美しい自然に恵まれています。国民の教育程度も高く、大学や研究施設なども充実しています。」
大統領の解説で市内にある工業施設や公園、大学や宇宙港などの映像が映し出された。国立劇場でバレエ学校の生徒たちと共にバレエに興ずる大統領の姿も映し出されている。レーヴィン大学の研究室で、太った中年の博士がカメラに向かって笑い掛ける。
「アガスタ・イズ・ビューティフル!」
大統領のアップが映る。
「企業家の皆様、アガスタ共和国への投資を大統領および政府一同、心からお待ち申し上げております。当地に進出の際には補助金や優遇措置など便宜を図らせていただきます。進出の際には、ぜひ大統領宮殿の起業企画課にお申し出ください。これは大統領への直接チャネルです。アガスタ政府は地域の産業振興に真剣に取り組んでおります。」
最後に青地に金文字で「アガスタ共和国は企業進出を歓迎します」というアガスタ政府のコメントが映った。
「ザ・ネクスト・ステージという感じね。あのオバサン、なかなかしたたかだわ。」
「タケシたちはこの国の役に立っているのかしら。」
大学から帰宅し、居間に入ってきたアルマが言った。
「それも今に分かるわ。でもイザベルおばさんが投資勧誘に乗り出したということは、ライヒ大佐たちの働きで国境が守られていることが大きいでしょうね。」
チェーンはそう言うと、ライヒから送られた「アガスタロイヤルビスケット」の包み紙を開いた。アガスタ大統領からの贈り物だそうだが、恋人に送るならもっとマシな物を送れば良いものを。一週間前に彼ら宛にダンボール箱で送られたビスケット50カートンはまだ半分以上残っている。当面ビスケットは買わなくても良さそうだ。
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