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第28話「抵抗記念日」2 小林昭人

「誰のための法律ザコンなんですか。」
 息子の言葉に、マイッツアーは言葉に詰まった。
「バートンは今のガイア政府プラヴィテルストヴォを倒し、新しく民衆のための政府ガバメントを作ると主張している。そのためにはジオン軍とはいえ、利用するんだと。ガイア国民の真の敵はジオン軍じゃない、我々ガイアの官僚ビューロクラートたちなんだというのが彼の主張です。」
「そういうことか。」
 息子の言葉に、マイッツアーは彼を無視して互いに私語を交わし合っている議員たちを見廻した。利権の口利きだけで、他に芸も能もないこれら三流政治家は、彼が生まれた頃からガイアの政治を牛耳ってきたが、今やその政府は崩壊に瀕している。
 科学省ナウキの全力を挙げた戦争への協力と、義勇兵を募った国土の防衛を提案している彼に対し、彼らの考えていることはすでに戦後のことであり、ジオン軍や勢いを増しているバートンのような軍閥ポルコヴォデツの巨魁に媚を売ることで、民衆の犠牲はどうであれ、何とか自分たちだけは生き残り、戦後の利権の再配分に預かろうと画策している。
 ガイア科学省といえども、彼らに取っては取引すべき資産の一つにすぎない。全国民から選ばれた優秀な科学者と莫大な研究資産の蓄積、目を付けない方がどうかしている。
 科学省に入省以来、彼は一貫して政治家パリティカンを軽蔑してきたが、今はその政治の恐ろしさを肌が粟立つ思いで感じている。自分らは「モノオブイェクト」でしかなかったのだ。
(疎かった、あまりに疎かった。)
 意を決した彼は質疑を中断し、踵を返した。
「おい、ロナ次官、どこに行く!」
 議員の制止を無視し、マイッツアーは議場を退出した。議長の指示で彼の出場を阻止しようとした金モールの派手な制服を着た衛視に、議場の扉を蹴破った科学省職員の男女がスクラムを組んで襲いかかる。騒乱の中、ガロッゾがマイッツアーの前に進み出て、父親の襟首を掴んだ議員を殴り倒す。
異常ネノルマルノだな、異常すぎるネノルマルナヤ光景だ。」
「さあ、父さんアチェツ、早く。」
 ガロッゾがマイッツアーの手を引き、彼らは騒然とする議会を後にした。彼らが議会の外に待機していた黒色のバンに飛び乗ると、科学省職員の運転するバンはそのまま猛スピードで宇宙港に向けて走り去った。
「彼らはあなたを支持しています。この国を救えるのはあなたしかいない。」
 マイッツアーが議会で答弁する前に、すでに彼の指示で施設のフロンティア疎開計画は準備を進めていた。彼はバンの後部座席から、携帯端末のテレフォンで各地に分散した科学省の各部局に次々と指示を下していく。
「全部はとても無理だが、戦争遂行に役立つ産業オトラシィ資材マテリアリ研究施設ラボラトリヤは確保したい。」
 議会で反逆行動を行った以上、自分の官僚人生は終わったも同然だ。だが、ジオン軍の侵攻を前に、ガイア国の命運も風前の灯であり、政府はリーダーシップもモラルも国民への責任も忘れ、彼ら以上に混乱した状態にある。
「スピードがガイアの運命スドヴァを決する。」
 どれほどの人間が自分に従うか、マイッツアー自身は自分は権力者ヴラストではなく、権力への奉仕者スリジェニーだと考えてきた。彼が氷漬けにしたザパドノの農地のように、時には彼の行いが一部の国民に耐え難い苦痛と不利益を与えたこともあった。しかし、その他の多くでは、彼はジオンのヘンデル同様、ガイア国の科学と経済の発展に貢献してきたのであり、それはこれまでの彼の実績が証明している。
 しかし、彼は気がつかなかったが、そんな彼らとは無関係の人間もガイアには多くいたのだった。ガイア国民の多くはマイッツアーらの作った芸術品のような外惑星都市や科学技術の粋を尽くしたプラントには縁がなく、また、触れる機会も関わる機会もなかった。外惑星のプラントは間接的に彼らの懐を潤したはずだが、その分配は公平フェアではなかった。
「誰かと手を組まなければいけません。バートンの過激さにはついていけないという人間もガイアには大勢います。科学省ナウキだけでフロンティアは守れない。」
「お前は私よりそういうことには詳しいようだな。」
 端末を置いたマイッツアーは右手に自動拳銃を持ち、窓の外を警戒している息子に言った。大方の予想に反して、アルカスル大学にも科学省にも入れたものの、野心家の多い科学省キャリアの中にあって、何とも茫洋とした、平凡で父親より数段劣る人物という評価の彼の息子だが、単に主流派オスノヴノイから背を向けて、アニメや美少女フィギュアに埋没していただけの男ではなかったらしい。
「ガイアというストラナには無理があると前から思っていました。父さん、あなたが僕に工科大学への入学を勧めるずっと以前から、僕はこの国が嫌いでした。」
「なぜ嫌う?」
「進学校のボストーク高校に進学するために、好きな女性ジェンシナと別れさせられたことがまずあります。」
 ガロッゾはポツリと言った。
「それで荒れていたのか。だが、別れさせられたという表現は正確プラヴィリではないんじゃないのか?」
 ガロッゾが十五歳の時の話だ。ガイア国の命運が掛かっているこの時に、あまりといえばあまりに幼稚な話だ。
「ナディアはただ一人、僕を理解ポーニャしてくれた女性でした。」
 彼は中学時代の想い人のことを話した。が、マイッツアーにも言い分はある。彼は息子に言った。
「本当に理解していたのなら、百通もラブレターを書いて思いが通じないなどあるまい。そんな理由で逆恨みヴォスタニェされる自分やガイア国が不憫でならない。」
 その言葉を聞き、ガロッゾが意外な顔をする。
「何で知っているんです?」
母さんマーマから話は全部聞いた。」
 息子の言葉を聞き、マイッツアーが言った。
「父さんは母さんにラブレターを書かなかったんですか。」
 国が滅びようとしているのに、何とも場違いな質問だ。
「求婚か、私の下着を洗ってくれ、で、事足りた。男が女のために文字を浪費するなど信じられん。」
 マイッツアーは息子に彼の母親に求婚した時の話をした。彼の妻はアルカスル中学校の同級生で、容姿も平凡で、飛び抜けたところはなかったが、幼なじみで気心の知れた相手であった。
 科学省のキャリアだった彼にはより華やかな女性との縁談もあったが、省の仕事に没頭していた彼は派手な女性よりも、裏方で彼を支えてくれる信頼できる女性を選んだ。恋愛よりも実用性プラクティシュノスチを優先した選択であったといえ、その点では今の彼も微妙な感情を感じている夫婦関係である。
 関係の退屈さから、性欲処理は別の女性と割り切っていた時期もある。そういう点、彼はジオンの友人ヘンデルよりも遥かに器用だった。不倫ロマンをしていたこともある。
愛していなかったんだヤ ニェ リューブリ テブヤ。」
 ガロッゾが言った。
「そうとは言い切れないが、不肖の息子を見ると、そうだったかもしれんと思う時もある。いずれにしろ、私の官僚人生はこれで終わりだ。」
 マイッツアーはそう言い、暴動で火の手が上がった首都の方角を見た。いよいよ始まった。ルウムで防衛艦隊を失い、侵攻するジオン軍の圧力に、その圧力だけで、ガイアという国は軋み、断末魔の悲鳴を上げている。なんと脆い国か。
「だが、それも過去の話だ。ジオン軍の侵攻で、ガイア国は今やなくなろうとしている。お前を縛ってきたガイアの官僚制も今や有名無実だ。これからはお前はお前の人生ジズンを好きに生きるがいい、もう終わったんだ。」
「いや、まだ終わってはいません。」
 彼らの車は市街地を抜け、宇宙港に滑り込んだ。
「当てはあるのだな。」
 ガロッゾには何か考えがあるようだ。仮にいいかげんな内容であったとしても、この場では聞いてやろう。マイッツアーは息子の言葉に耳を傾けた。
「オムスク市長メル、アナトール・マックス。」
 彼に促され、ガロッゾが言った。
「地方首長ではないか。」
 泡沫以下の提案だ。そんな小者にガイアと科学省の運命を委ねろというのか。
「会ってだけはみよう、、」
「オムスクはフロンティアとも近く、防衛にも有利です。今のガイアを束ねられるのはあの男しかいません。」
 その後、マイッツアーとガロッゾは科学省が確保した避難船でアルカスルを離れた。ジオンのガイア侵攻軍が首都星ストリッツァアルカスルを占領し、ガイア政府が降伏したのは、その二日後のことである。
 政府を離れ、フロンティア01に拠点を構えたマイッツアーは徹底抗戦を宣言し、ガロッゾの勧めに従いガイア第五の都市、オムスクの有力者マックスと同盟を結んだ。また、アルカスルの人民主義者バートンも抵抗運動の継続を表明し、戦争終結までの一年間、サイド2ガイアではこれら抵抗勢力とガイアを占領したジオン軍の間で壮絶なゲリラ戦が繰り広げられることになる。
 その結果、0079年から0080年に掛けての一連の戦闘で、統一ガイアは完全に崩壊した。そして、ジオン軍が去った後も、サイド2では対ジオン戦で合従連衡した諸派が勢力を保つことになり、分裂抗争のその形質は、ソロモン共和国がガイアに派遣軍を送った0098年初頭においても、変わることはなかったのである。

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「ATZ」vol.5は、第27話~32話までの6話12本を収録。

優れた科学技術を誇り、サイド3と並ぶ強大なコロニー国家として繁栄したサイド2「ガイア」。しかし一年戦争でジオン公国の侵攻を受けると統一国家…

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