第9話「闇の胎動」2(全文公開) 小林昭人
0094年3月18日 午前10時
自由コロニー同盟 首相公邸
「分かりました。ヤビンスキー首相、貴国も大変ですな。そういうことでしたらウチもお助けしましょう。今、軍に聞いてみましたが、ちょうど良い装備と指揮官がいます。」
リーデルは公邸を訪れたタイタニア共和国首相、グシェフ・ヤビンスキーの手を取ると、冤罪である「麻薬事件」についてタイタニア政府を支援することを約束した。リーデルに何度も礼をしてヤビンスキーが執務室を出ると、彼はテレビ電話で情報室長のハウス少将を呼び出した。
「例の件ですか、首相閣下。」
のほほんとしたハウスの顔がモニタに出る。
「ヤビンスキー首相が同盟にも艦隊を派遣してくれと要請してきた。引き受けたが、現状ではどうかね。マシュマーの計画をテストする良い機会だと思うが。」
「計画はまだ提出されたばかりでしょう。」
「そうは言ってもキーゼ博士も来てくれたとはいえ、倒産した会社のモビルスーツを採用するのは不安がある。予期せぬトラブルというものはあるからな。テストは早めに済ませておきたい。プラントは20機提供すると言っているが、それで大丈夫かね。」
「非武装化宣言(JDT)の履行で、今月木星から帰投した「レイキャビク」にニールセン社の格納パックを付け、第一艦隊の新型サラミスを数隻付ければ、30機程度を搭載できる艦隊程度の戦闘力はあるでしょう。遠いですから、なまじっか古い艦を送るよりは、最新鋭艦を送った方が話が早いでしょう。編成としてはマシュマー案のミニチュア版という感じになりますね。しかし、それで済みますかネ。」
「成功しても失敗してもタイタニアに対する同盟の信義は保てる。ただ、失敗した場合に備えて、ハロルド&スターズ社とリージェント社に80万人分の避難船の確保を要請しておいた。タイタンの住民は180万人だけどな。ジオンも同じようなことを考えているから、折半すればちょうど良いだろう。連邦とは別途交渉する。」
「それが良いですね。情報ではティターンズ艦隊はもう土星に向かっているという話です。編成その他は調査中ですが、ヤビンスキー首相はそのことについて何か言っていましたか?」
「いや、何も言っていない。おそらく手遅れになってから慌てて泣きついたのだろう。タイタニアとはそういう所だ。もっと早く支援を要請しておれば、助けてやったものを。一度撃退に成功していたので、いい気になっていたらしい。」
「そういう感じですね、マシュマーを呼び戻しましょうか?」
「いや、その必要はない。休暇から帰ってからで良いだろう。それまでに出航準備だけは整えておいてくれたまえ。指揮官が戻り次第、すぐに出航させる。」
「分かりました。」
予定外の話だが、連邦急進派の動きは激しいようだ。ティターンズは核ミサイルを装備しているという報告もある。そこまで手段を選ばないとは思わないが、土星で敗れたことはエリート部隊の面目を大いに傷つけている。第九艦隊は多分に寄せ集めだったが、土星で敗れたのはティターンズの正規部隊だ。同盟はタイタニアから少量のエチレンを輸入している。船会社はすでにタイタン行きの船をキャンセルしつつある。この件については宙運業界の方がずっと動きが早い。リーデルが自分の見方がまだ甘かったことに気づくのは、もう少し後の話である。
(災いの種は早いうちに刈り取るにしかず。しかし、ちょっと遅すぎたかもな、ヤビンスキーの愚か者めが。)
リーデルは書類に目を通した。タイタニア以外にも首相の仕事は山ほどある。ティターンズなどに構ってはおれない。
アルファ基地 大型巡洋艦「レイキャビク」 3月下旬
木星から帰還した大型巡洋艦「レイキャビク」は、タケシ・ライヒ中佐の指揮の下、サイド5周辺のパトロール任務を終え、一週間ぶりにアルファ基地に帰投した。木星での「レイキャビク」艦長はマーロウ大佐だったが、マーロウは作戦課に呼ばれ、今月中は戻ってこない。艦長代理に指名されたライヒは師匠譲りの見事な操艦で艦を接岸させた。これから三日間、艦は補給と整備の作業に入る。乗員にとって最も過酷で重労働といわれる港湾作業の時間だ。
当然、ライヒも艦に残って艦の点検整備や物資搬入の総指揮を執ることになる。港湾作業員はいるが、機密保持のため、艦の整備は乗員の仕事というのが海軍以来の伝統だ。自動化に慣れた乗員に取って、艦内外における手作業での作業はキツい話だ。私もあまり好きではない。ライヒはそう思い、隣の埠頭に停泊しているネメシス級「エイストラ」を見た。ネメシス級はマゼラン級の数多いバリエーションの一つで、300㎜の三連装砲を三基搭載する一万トン級の装甲巡洋艦と位置づけられている。整備補給については、両艦とも同じ程度の手間と時間を要すると見て良いだろう。
「エイストラ」は「レイキャビク」と同じような任務を終え、同じ日に入港している。艦長はバートレット・ブレストン中佐。外惑星航路を管轄するアナスコシア・フッド提督の第一巡航艦隊の艦長で、太陽系外周艦隊(OSF)のベテラン艦長である。大戦期の設計を踏襲した旧式な護衛戦艦の艦型を見て、ライヒは不敵に微笑した。
艦はこちらの方が新しいし、新人の売出し中の艦長としては、やはり手早く実績を挙げ、上官や部下の信頼を勝ち取りたいところだ。中年の艦長ブレストンは彼にはちょうど良い「カモ」に見えた。相手が旧式のネメシス級なら「ネギ」も一緒かもしれない。彼はズム・シチ時代に彼の祖母サカエが教えた「カモネギ」という、幸運を意味する日本の尊い格言を思い出した。
(もとより補給作業の際の乗員の士気は低下しがちだ。「エイストラ」と競争して、負けた方がビールを奢るというのも悪くない。)
ライヒは受話器を取ると「エイストラ」に電話を繋いだ。ブレストン艦長の返事は、我々のやり方でやらせてくれるならというものだったが、とりあえず承諾は得た。彼は艦内放送で「エイストラ」と競争する旨を伝え、負けた方がビールを奢ると宣言し、乗員の士気は上がった。
その後、ライヒは艦隊司令部に呼ばれて一時艦を離れたが、この程度では作業に影響は出ないものと思われた。夕刻、彼が司令部から戻ると「エイストラ」はすでに作業を終了して出港しており、「レイキャビク」では乗員の怨嗟の視線が彼に集中していた。艦長室の机の上には、ブレストン艦長によるライヒ宛の請求書が置かれていた。
中佐になったばかりのライヒは「エイストラ」乗員420人分に加え、不平たらたらの「レイキャビク」乗員380人分のビールまで奢らされる羽目になった。その後、同じネメシス級「アメジスト」が入港したが、「レイキャビク」の方が一日先行していたにも関わらず、「アメジスト」もまたレイキャビクより先に港を出て行った。彼らが作業を終えるまでの三日間、「バルデュフォス」、「リッチモンド」、「トリプラ」が隣の埠頭に入港し、全てレイキャビクより先に港を出て行った。ライヒらの埠頭にはいない赤と白の作業服を着た作業員が補給を終え、港を出ていく艦を誇らしげな表情で見守っていた。対照的に「レイキャビク」乗員の目は澱んでいた。
ライヒはもう「競争しよう」とは言わなくなった。同盟では数少ないバトル・スター記章受章艦である「レイキャビク」は、木星ではこの種の競争で負けたことがないはずなのだが。彼の預金通帳もほとんど空になっている。
0094年3月 オルドリン宇宙港 港湾管理部
「太陽系外周艦隊(OSF)の協力を得て、手始めに「エイストラ」、「バルデュフォス」ほか八隻で実験していますが、うまく行っていますね。」
港湾管理部の係官が計画の進捗状況を確認に来たエゼルハート・カーター中佐に言った。木星から帰国後のカーターは中佐に昇進して作戦課に勤務している。すでに「エイストラ」以下五隻が作業を終了し、外周艦隊の「ペンテシレア」、「メノン」が港外に待機している。最後の一隻、タイプ93「シーハウンド」は最新鋭艦でネメシス級とは構造が異なるが、彼はチームの仕上げは最も複雑なこの艦でやろうと思っている。
「軍艦とは何ぞや、それは単なる機械部品の集合体にすぎない。部品の集合ならば十分な装備を与え、十分に訓練すれば、取り外しは誰にでもできる。レッドチームは電子装置、ブルーチームは火器、イエローチームは機関、オレンジチームは物資搬入、マリーン・チームが清掃、ストライプ・チームが最終点検だ。各々のチームを集中的に訓練し、工具も300種類以上の専用工具を用いる。部品もコンピュータ診断で必要なものしか交換しない。入港前にデータ通信で艦の状態を港に送り、コンピュータが線形計画法で最適な作業工程表を作成して各チームに送る。」
オルドリン大学経営学科卒業のカーターは元々この種の計画は得意である。木星派遣艦隊の参謀時代から、彼は意味のない「機密」の存在を疑問視していた。
「平時ならそれでも良いでしょうが、戦時には損傷艦もあります。ルーティン通りには行かないのではありませんか。外部の者を艦に入れるということは、破壊活動の危険も無視できませんし。」
係官が疑念を表明した。当然の疑問だ。
「大破してドック入りが必要な損傷は仕方がないと思うが、軽度の損傷なら大丈夫なことは実験済みだ。メッガー係官、古今東西、軍艦破壊の理由で一番多いのは乗組員による放火だよ。そのあたりはリスク配分の問題だ。港湾作業が四分の一に短縮されるということは、四倍の艦を就役させるに等しい効果がある。その用兵上の優位と機密保持のどちらを取るかは考え方の問題だ。新しい同盟軍は前者を取る。」
カーターは秘密兵器の存在を信じない。戦いで重要なのは兵器の卓越性より人の卓越性だ。彼はそれを木星で学んだ。敵のスパイが我が新型戦艦の艦内や装備を見たいと思えば見ればいい。だが、我が司令官、マシュマー・セロの用兵技術までは見ることはできない。しかし、それがいちばん重要なのだ。
実際、彼はマシュマーの主催した作戦会議に数限りなく出席したが、司令官が機密という言葉を口にした記憶は数えるほどしかない。
トップダウンと言っても用兵思想の統一がなく、原理そのものに説得力のないそれは、単に硬直した官僚主義に過ぎない。だが、自分らの目指しているものはそういうものではない。
後に九十六歳まで生き、マシュマー研究家として後世に名を残したカーターは崇拝する木星派遣艦隊司令官が重要な計画に自分を起用したことを誇りに思っていた。移動しながら戦艦を修理できる艦隊工作艦の計画もすでにある。悪かったな、ライヒ中佐、「レイキャビク」に勝ったとあらば、作業員たちの士気も上がることだろう。
0094年3月下旬
プラント社 キーゼらのサロン
"Zionland, Zionland über Alles …"
(ジオン、ジオン、世界に冠たるジオン国)
大音量でジオン国歌が流れるキーゼらのサロンはプラント社の研究施設の一角にある。造りは良くないが、ここではキーゼらが旧ノイマン社製ガリバルディ20機の改修作業を続けている。作業の指揮は博士自身が執り、しばしの休憩をこのサロンで取っている。
「同盟の作戦課の考えは、徹底した規格化で画一均質で強力な武器を大量に揃えることだ。悪くないアイディアだが、歴史上には数多くの失敗例がある。失敗の原因は結局の所、当時の技術水準に照らして、個々の構成部品の性能と重量、そして組み合わせのパフォーマンスが悪すぎたことにある。作戦課の方針では戦艦とモビルスーツの開発は同一部局で行うとしているが、この場合、規格化の標準になるものは、より小型であるモビルスーツでしかありえない。」
モビルスーツはそれ自体小型の宇宙戦艦で、エンジン、火器、電子機器、装甲など大型戦艦が装備している全ての装備をほぼ最高水準で持っている。こういう機械は宙雷艇や戦車など他の軍需品ではありえない。つまり、ガリバルディβが同盟の全ての兵器の品質基準になる。そして、それを設計したのは我々だ。集まっているのはプラントと元ノイマンの技術者たちである。
「その基準を、少し上げようと思う。」
と、キーゼは言い、計画の修正案を示した。今のP―1100エンジンを搭載する改修も悪くないが、自分としてはオニール市のスカニア社が売り込みを掛けている、より強力な最新のGR―100への換装を考えたい。リーデルの政敵、副首相ヘイスティングスの票田であるオニール市の名を聞いて松下は眉をひそめたが、キーゼはそんなことには頓着せず説明を続けている。
今回の遠征でガリバルディのあらゆる部分に負荷を掛け、限界へのチャレンジを行う。設計基準、強度基準の全てを見直す。新しい基準は今後の同盟のモビルスーツ、宇宙戦艦の性能を飛躍的に高めるだろう。それゆえ自分は土星に派遣される遠征部隊に自ら乗船するつもりである。時間的にもGR―100を搭載するなら土星艦隊への乗船は不可避だ。自分の考えをキーゼはいかにも自信ありげに言い切った。
「ノイマンのガリバルディは30機あるが、10機分は捨ててしまえ。いや、場合によっては5機しか残らなくても構うまい。タイタニアがどうなろうと知ったことではない。」
キーゼの性格は知っているが、これは大変な仕事になるぞ、と、ノイマン技術者集団は思った。多くは一年戦争でモビルスーツを設計していた技術者であり、ジオンのモビルスーツ開発が大戦で混迷を極めたことを知っている。開発計画が乱立し、彼らから見てもゲテモノ、キワモノ的なものが少なくなかった。今の同盟のように規格化を徹底すれば、たぶんジオンは連邦に負けないくらいのモビルスーツを戦場に送り出せたが、この方式には避けることのできない欠点がある。つまり、専用設計に比べ、大きく、重くなるのである。
キーゼの案は個々の部品の性能標準を飛躍的に向上させることで、大型化と重量化を避けることにあった。もちろん、キーゼも技術者もガリバルディの改修などには関心はない。彼らの関心はすでに同盟の新モビルスーツにあった。そして、キーゼの野心は技術の卓越性を武器に、同盟の兵器全てを支配することにあった。
「そういうわけで、土星艦隊に参加したい者は手を挙げてくれたまえ。知っての通り、土星は戦場だ。諸君らの大半は家族持ちだし、ここは自由コロニー同盟だ。我々も民主主義で行こうではないか。」
キーゼ自身も含め、プラントの技術者を含むサロンの全員が手を挙げた。民主主義の本来の意味は彼の言葉とは違うが、そんなことは問題ではない。カーター博士はキーゼのこの決断を、同盟の兵器開発における決定的な分岐点になったと、後に同盟の歴史について著した著書で高く評価している。
セロ夫人のアパルトメント 3月下旬
昼間のフィレンツェ観光で疲れたハマーンはすでに就寝し、暖炉の前で姉弟二人は遅くまで語り合っている。ハマーンには言わなかったが、マシュマーは一年戦争以来、ここには来ていないのである。積もる話は山ほどあった。
「あなたは自分は銀行家には向かないと言ったけれど、やはり父様の血ね。」
マシュマーの母、ベアトリス・ペレスは銀行家であった父チェザーレの三番目の妻で、マグダレナのスタンフォード大学時代の同級生でもあった。実家に遊びに来た彼女を父が見初めたことがある。ベアトリスは0077年に自動車事故で死亡している。それからだろうか、マシュマーと父が反目を始めたのは。ハマーンはどこかベアトリスに似ていると彼女は思った。
「チェザーレに似ていると言われるのは、心外ですね。」
マシュマーが言った。
「お父様よ、マシュマー。でも、たぶん世間があなたのやったことの意味が分かるには何年もかかるわね。そして、あなたが何者なのかも。」
マグダレナは暖炉に薪をくべた。ずっと昔、まだ父様が生きていた頃、家族でこうして語り合ったことがある。あの時はベアトリスも生きていた。
その前に戦死するかもしれませんよ、マシュマーがはにかんで言った。
「ハマーンはいい子ね。」
白樺の薪がメラメラと燃える炎を眺めながら、同じく炎を眺める弟の姿は彼女の知る父親の姿に良く似ているとマグダレナは思った。彼女の父、チェザーレ・セロは、弟がいつまでも根に持って誤解したがっているような、女たらしの冷酷無惨な男ではない。
(マシュマーも、いつか分かってくれる、、)
彼女は暖炉に薪をもう一本くべた。
0094年3月
サイド7「グリプス」 ティターンズ本部
同盟でマシュマーらによる軍制改革が始動し始めた頃、連邦ではそれと正反対の計画が進められていた。ティターンズ隊員用「最強」モビルスーツ、RX―178「マークⅡ」の開発である。
「全てにおいて至高を求めなければならない。」
開発会議の席上で、フランクリン・ビダン博士は少しばかり辟易していた。相変わらず議論は抽象的で、要領を得ない。何をもって至高というのか。技術は年々進歩しているが、モビルスーツの開発にも時間が掛かるようになっている。ビームライフルや思考誘導制御デバイス、ルナ・チタニウム合金製複合装甲、エネルギー中和磁場発生装置、大出力エンジン、ムーバブル・フレームの採用などが戦後のモビルスーツ開発の特徴であり、どれも時間がかかる代物だ。
それほど考えてもいないらしいことは、彼が提案で一年戦争時代の名機RX―78の焼き直しであるRX―178のモックアップを示したら、あっさりと採用されてしまったことでも分かる。技術を理解することよりも、考えず、イメージで理解する方が彼らには分かりやすいらしい。
しかし開発資金は潤沢だし、フランクリンはキーゼのような芸術家肌の超一流の技術者ではないが、それでも一流といえる技術者であり、キーゼには死んでもできない御用聞きのようなこともできる技術者であった。ここはたっぷりと時間をかけ、資金を使い、利用するだけ利用させてもらおう。
「0096年のティターンズ一期生に間に合うように設計作業に着手します。」
要するに二年後に新型機を引き渡せば良いのだ。その時において一流であろうとなかろうと、RX―78にシルエットが似てさえいれば、そんなことはどうでもいい。まずは仕事を繋げることだ。技術的なことに無知ではないが、技術の本質には無関心な連中には正論をぶつけてもムダだ。ただ二流の軍人で、愚か者のくせに性急であるから、中間報告程度の成果は時折挙げて喜ばせてやる必要がある。一年戦争の名機の焼き直し? くだらないが、連中にはちょうど良い程度の話だ。
中間報告? フランクリンは雑用のような仕事だが、先日進発したティターンズの土星遠征艦隊に引き渡した「メガバズーカランチャー」のことを思い出した。これは一発しか撃てない大口径のメガ粒子砲で、モビルスーツで操作して発射することができる。大した兵器ではないが、これで小惑星を一つ破壊してやったら、少なくともティターンズ幹部は喜んだ。
純粋に技術者として言えば、これは射程も威力も戦艦並みだが、索敵能力において劣るモビルスーツから発射するのだから、本物の戦艦と遭遇すれば、索敵能力において有利な戦艦は砲手のモビルスーツが目標を発見する前にそれを見つけ、遠距離砲撃で破壊してしまうに相違なく、しかも一発しか撃てないのだから、実戦での実用性はゼロである。ドクター・キーゼなら設計すら拒否するような代物だ。そもそもこんな雑用をさせられれば、キーゼなど本筋の開発自体放棄するに違いない。天才と秀才の違いである。
ノイマン社が「ザク(MS-06)」、「ゲルググ(MS-14)」、「ジオング(MSN-02)」など名モビルスーツを開発しながら、「ドム(MS-09)」しか作らなかったジオニック社にシェアを奪われ吸収合併されたのは、キーゼの完璧主義を社長のノイマンが支持したせいだという説もある。キーゼは一年戦争を通じてジオンのモビルスーツはザクとその改良型で十分だと主張していたし、実際、純技術的にはその通りである。
「実用化できない10種類の試作機より、「ザク」一種類を継続して強化すべし。」
キーゼの名言であり、技術者としては正論だろう。
実際、ザクはかなり性能が良く、一年戦争を通じたジオンの最多量産モビルスーツである。RX―78相手には良い所はなかったが、改良型は連邦の主力機GMと互角で、ビーム兵器以外は別段劣っていなかった。しかし、フランクリンは一年戦争中のジオンの迷機「ザクレロ(MA-04X)」を高く評価している。ああいうキワモノも時には必要だ。彼の考えでは宇宙海賊やら何やらで連邦が危機に陥ることなどありえず、ティターンズなどは跳ね返りの過激派という認識である。十年と持つまい。それよりもガンダムマークⅡの予算で事実上は好き勝手な実験をやれば(分かりはしない)、はるかに調達量が多い「ジェガン」計画に喰い込むことができるかもしれない。そちらの方に関心がある。
要領を得ない会議は、まだ続いていた。ハマーンとマシュマーが休暇からオルドリン市に戻ったのは、0094年三月末のことである。
第九話「闇の胎動」 完
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Another tale of Z 第一部 木星編 宇宙世紀0092年。一年戦争に勝利した地球連邦だったが、大戦に疲弊した大国に、ジ…
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