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誰よりも悔しがり、誰よりも喜んだ男【4/10 対オリックス戦○】

テキサス・レンジャーズに在籍するダルビッシュ有はメジャー2年目のシーズンを迎え、ヒューストン・アストロズ戦に先発した。この日のダルビッシュは絶好調だった。アストロズ打線を寄せ付けない。好投に応えるように味方打線も援護し、最終回時点で7点のリードをもらっていた。

最終回のマウンドにもダルビッシュは上がった。先頭打者をショートゴロに抑え、続く打者も初球で打ち取った。

あとひとり。球場は緊張と興奮に包まれている。ネット裏の観客は皆立ち上がり、固唾を飲んで見守っている。
その異様な雰囲気が、完全試合達成目前であることを際立たせていた。

もちろんNPBでパーフェクトゲームを達成した経験はない。キャリア初の偉業をアメリカの舞台で達成しようとしていた。
27人目の打者、マーウィン・ゴンザレスを抑えれば、あの野茂英雄ですらなし得なかった完全試合の達成となる。ダルビッシュの投じた111球目。

打球が二遊間を転がり、中堅手の前まで抜けていった。
大記録達成は、あとひとりのところで打ち砕かれた。苦笑いするダルビッシュ。マウンドに集まった選手たちが彼のチャレンジを称えていた。

レンジャーズベンチでは選手たちが驚きと悔しさをあらわにしている。そのなかで「くそう!!」という声が聞こえてきそうな勢いでベンチに帽子を叩きつける選手がいた。
レオネス・マーティン。後に千葉ロッテマリーンズでプレーする強打の外野手だ。

あれから9年。マーティンは若き怪物のピッチングをどんな気持ちで見守っていたのだろう。8回裏の攻撃で出塁したマーティンは代走を出され、最終回の守備をベンチで見届けた。ダルビッシュのときと同じ状況だ。

13者連続奪三振。
最速164キロ。
8回終わって18奪三振。

これはすべて本当に僕の目の前で起こっている出来事なのか、到底思えなかった。
西日で照らされているグラウンドが幻想的で、幻なんじゃないだろうかと、何度も疑った。
だが佐々木朗希は確かにマウンドに立っているし、18歳のキャッチャー・松川虎生は確かに佐々木のボールを受けている。

佐々木は2者連続でバッターを内野ゴロに仕留めた。あっさりと26個目のアウトを奪った。
あとひとり。球場は緊張と興奮に包まれた。佐々木の投じた105球目。

キャッチャー・松川のミットにボールが収まった。最後のアウトを19個目の三振で奪った佐々木が静かに雄叫びを挙げた。

大偉業を成し遂げた佐々木のもとにマリーンズの選手たちが駆け寄ってくる。ベンチからも選手たちが飛び出した。笑顔で真っ先に向かってきたのは、マーティンだった。
あの日、誰よりも心の底から悔しがっていた男が、この日は誰よりも心の底から味方の好投を喜んでいた。

佐々木を祝福するマーティン(手前左から3番目)

マーティンは人の気持ちに寄り添える男だ。髙部瑛斗が自らのプレーがきっかけでサヨナラ負けを喫したときも同じ外野手として優しく手を添えた。自らも打撃不振で気持ちは穏やかではなかったはず。苦しい時に優しく寄り添えるのがマーティンだ。

そしてこの日はまるで自分ごとのように佐々木の完全試合を喜んでいる。マーティンはペットボトルの水で手荒な祝福をした後、佐々木と熱いハグを交わした。少し緊張気味に見えた佐々木の顔が緩む。いい関係だ。

マリーンズファンがマーティンを大好きな理由が分かった気がした。

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