見出し画像

1000年後の人類も傘をさすよ、ロックマン

「プラグイン! ロックマンエグゼ、トランスミッション!」

 『ロックマンエグゼ アドバンスドコレクション』が先日発売された。

 それに先立って、アニメやコミックが無料公開されていたため、懐かしくなって見ていたのだが、まず思ったことは「あ、有線なんだ」ということであった。

 『ロックマンエグゼ』は、シリーズ第1作がゲームボーイアドバンス(GBA)本体と同日に発売された、『ロックマン』ブランドの当時の新シリーズであり、データアクションRPGを公称している。
 当時は一般的と言い難かった「インターネット」や「人工知能」とそれを利用した犯罪を主題にすえ、近未来な世界観と少年漫画的な熱い展開で、当時の少年少女をとりこにしたと記憶している(少なくとも筆者の近所では。)。
 主人公光熱斗が、ロックマンエグゼをインターネットや外部環境に送り込む際に、冒頭の台詞を言いながらPET(小型PCのようなもの)を送信先に接続するのだが、接続方法が有線なのである(アニメ第二期からの新型PETにおいては無線)。

 当時は、上述のとおりインターネット自体がそこまで一般的ではなかったし、ましてや無線通信など「めちゃくちゃ料金が高い通信方法」ぐらいの認識であった。
 GBAも通信には専用のケーブルが必要であったし(故に持っていた者は人気者だった。)、購入者に「ちょっとリアルな未来」を感じてもらうには有線接続が妥当だったのだろうと思う(「プラグインが必要だが接続端子に近づけない!」というシナリオ上の理由もあったのかもしれないが。)。
 ただ、それを踏まえたとしても、少なくともシリーズ始動時においては、20年も経たずにインターネットや無線通信がここまで普及するとは予測していなかったのではないだろうか。

 少し似た例として、『機動警察パトレイバー』シリーズにおいて、漫画版は1998年を舞台として描かれているところ(執筆当時から10年後の近未来)、文庫版1巻の寄稿エッセイにおいて、『踊る大捜査線』監督の本広克行は以下のように述べている。

 ただ、個人的にちょっと不思議なのは、これだけ完璧に次時代を予見している『パトレイバー』にも関わらず、携帯電話だけは登場していないってことぐらいでしょうか。

文庫版機動警察パトレイバー1巻369ページ

 「携帯電話を登場させると便利過ぎる」という思惑があったのかもしれないが、これもまた、10年で携帯電話が一般化すると予測していなかったのだろう。
 なお、調べてみると、体積500cc、重量900グラムの携帯するには少し難しい携帯電話が発売されたのが1987年であり、一世を風靡したiモードがスタートしたのが1999年とのことであったが、この進歩はなかなか予測し難い。

 携帯電話やインターネットといった通信分野の進歩は、直線的ではなく指数関数的であると感じる。故にフィクションの紡ぎ手の予測を上回るスピードで現実が進歩してしまい、上記作品(だけではないと思われるが)においては、今の視点からすると「未来」が少し古臭いように見えてしまう。
 まあ、だからといって、『ロックマンエグゼ』において、熱斗が例えばあらかじめダウンロードしておいたバトルチップをデータ転送していたりすると、単なるノスタルジーに過ぎないと分かっていても、やはり興醒めである。「スロットイン!」も格好いいからね。

 一方で、あまり変わらないものもやはりある。例えば傘。
 上記を考えると同時に思い出したのが、『ヒカルの碁』の序盤で出て来た、「人類が月に行ったというのに、傘はなぜ傘のままなのでしょう?」という藤原佐為の台詞である。
 『ヒカルの碁』は、1999年から2003年に少年ジャンプにおいて連載された囲碁漫画であり、囲碁をやったことがない少しやんちゃな少年進藤ヒカルに、平安時代の天才棋士藤原佐為が取り憑くところから話が始まる。
 佐為にとって現代は珍しいものばかりで、序盤はその壮大なジェネレーションギャップにヒカルが振り回されたり、逆にからかっていたりする場面があるが、上記もそうした一場面で出て来た台詞である。
 日本の傘の歴史を見ると、和傘が登場したのが平安時代後期らしく、蛇の目傘が発明されたり折り畳めるようになったり、細かな変化はあるものの、傘というフォーマットは約1000年変わっていないといえる。
 作中において、ヒカルは佐為の問いに答えられなかったが、筆者も答えられない。
 強いて言うなら、「傘の進歩はそこまで優先順位が高くなかった」ということになるだろうか。要は、「他にやることがあったの!」ということである。

 今、「ChatGPT」等の登場によって、「AIの脅威」といった言葉が、現実的なものとして語られているように感じる。東京大学が「人類はこの数ヶ月でルビコン川を渡ってしまったかもしれない」と見解を表明したとするニュースも記憶に新しい。
 東京大学の見解が的を射ているならば、現実の10年後は、最早予測することも難しい。
 ただ、今のAIは内向きの技術であるように思えるから、古典的SFで描かれるような「星間ワープ」等は実現していないだろうし、傘の進歩は相変わらず優先順位が低いだろうから、10年後はおろか、1000年後の人類も傘をさしていることだろう。
 1000年後に人類がいるかは分からないが。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?