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愛する事を逆視点『これは愛ではないサイン』から考える。

おはようございます。
生命という器の中にある命
その命を生き切り、そして生きるとは、死ぬとは
そして生命と命について
考えている
とある看護師です。


日々愛するということは
どういうことなのかについて
探求を自分なりにしてみましたが
今回は逆に
このサインは愛とはずれている
と感じる事について
書いていきたいと思います。


1言葉や形、目に見えるもので
愛を表現されても
それ以外の大切にしているなどの表現も含む)
その関係性があった後に
違和感、冷たい感じ
自分で何とも言えない
何か違うという感触。
~これは、直接話すだけでなく
メール、声などにも
のっており、敏感に人は
感じ取るようです~

2自分が
その人を想って実践していても
そのあとに
自らの想定、もしくは想像した以外の
反応が返ってきたときに
感情が波立つ。
怒り、悲しみ、いらだちなど
それは、相手に期待しているということ
(まさにこれが、よく私がやってしまう
行動パターンです)

3上記2ともかぶるのですが
自分なりの想い、心を乗せて
何らかの行動
メッセージを送ったのちに
その返事、アクションがいつあるのか
どんななのかと
気になってしまって心の中を
占拠してしまう。
(これは依存。
想って心を込めて行動、伝達したら
一度手放す。)

4関係性の中に
愛がない場合
おおむね
恐怖感、緊張、違和感、悲しさ
などが、つきまとい
安心感、暖かさなどが
感じなくなる。


上記1から4でしょうか。
ですが、日常の中で、
1から4の瞬間も多々あり
だからこそ、人は孤独感、寂しさ、不安定さを
時に感じ、心の波が、振れ幅がでるのですね
それが人間です。

親しい関係性だからこそ
さらに、遠く感じることもある。
その中で、
何を自らが選んで行動するかは
自分で選ぶことができる。


そのなかで
まず自分で選ぶことができるのだから、
こうあるべき
こうありたいという
想いに縛られるあまり
自分の心、身体の深いところから
沸き上がる違和感、気持ち悪さに
蓋をしてはいけない。


 自分で自分をまず守る
自分の心に正直になること
そこから、
愛がはじまるので。
だから
正直に、自分の心に。
それはわがままということでは
ないかもしれない。


勿論、自分の欲望、自分の逃げ、弱さに
忠実になること
そればかりでは、愛とは遠くなる。
ですが
まず自分のその逃げてること
つらいと思っていること
違和感が感じる事を
正直に感じ取り、自らで受け取る。
そして、
状況によっては距離を置く。
逃げる。選別するということも
愛でないときは
必要だということです。

~今日は、
自分の気持ちを感じ取ることを
赦されない
もしくは、それを知らない
そんな方に向けても
そしてすべての人に対しても
あてはまる
まず自分の心の声と身体の声
その違和感を感じ取る事~
について述べました。

愛ではないと心の底では思っているのに
愛だと思い込もうとする
そんな状況が
多々にしてどうしてもでてくることもある。
そんなときは、
すべてを、心のままに行動できないこともあるけれど
自分の心を最終的に守るのは自分だから
心の中の自分としっかり対話をしておくこと
そして心の中の自分と、社会的に、何かを行動する自分、
そこをすり合わせるというか、
会話しておく。
それが大切。そう思うのでした。


愛を
愛でないサインは何かという
逆視点で記してみました。
これは
物事を、多角的にみることで
前から、後ろから、斜めから見る事で
何事も、実は。。というところを
見抜く一つの方法なのかもしれないと
気づきを得た朝でした。

皆さんは、愛という観えないものを
捉え、実践するとき
どんなふうに自己で感じ取り
どう行動しますか。
何かあったら教えていただけると
うれしいです。
それが実は
自らの心を守り
生き抜く秘訣にもつながると
思うのです。

それでは、今日もあなたの
心拍が打ち続け
そして、今日も朝を迎えられることに
感謝して
行ってきたいと思います!
そしてあなたも
いってらっしゃいませ。

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