乳がんによる髄膜癌腫症/髄膜播種に対する放射線治療

Pawłowska E et al. Cancers (Basel). 2022. PMID: 36010893

背景
・髄膜癌腫症(LC)はがん細胞の髄膜への浸潤と定義され、固形性腫瘍において比較的稀な病態で、乳がん(BC)や肺がん、悪性黒色腫(メラノーマ)の患者に多いと報告されている(1)。
・乳がん患者における髄膜癌腫症の発生割合は臨床的な報告では0.8%~6.6%、剖検例では2.6%~16%と報告されている(2,3,4,5,6,7,8,9)
・しかしながら、これらの報告は高リスクの患者を対象としたものである。
・実際、選択を行わない1,915例の乳がん患者では、5年髄膜癌腫症発生割合は0.3%であったと報告されている(10)。
・髄膜癌腫瘍(LC)と脳転移(BM)の合併が4%~14%で報告されているが、実際の頻度は依然として不明である(11,12,13)。
・乳がん患者における髄膜癌腫症(LC.)発生のリスク因子は、若年者、原発腫瘍が大きいこと、進行N病期、histological grade 3、エストロゲン受容体陰性、HER2陽性、トリプルネガティブタイプ、Ki-67 index高値などが報告されている(14)。
・小葉がんでは癌性髄膜腫症(LC)との関連が認められ、乳がん患者の癌性髄膜腫症の35%を占める(14)。
・一方、乳がんの脳実質転移における小葉がんの割合が7%にとどめることとは対照的な結果で、小葉がんでは髄膜播種をきたしやすいことを示唆している。
・特にテント上の脳転移(BM)に対する手術歴のある患者では、髄膜癌腫症を発生するリスクが高まる(15,16)。
・脳転移に対する外科的摘出術後に全脳照射(WBRT)が行われた患者と比較して、摘出術後に術後床に対し定位放射線照射(SRS)が行われた患者では髄膜癌腫症を来すリスクが高かった(17)。
・また、定位放射線照射(SRS)単独により治療された患者でも、髄膜癌腫症(LC)を発生するリスクが高いとの報告がある(18,19,20)。
・しかしながら、定位放射線照射(SRS)または手術後に定位放射線照射(SRS)を行った患者500例近くを解析した後ろ向き研究では、外科的摘出術のみが髄膜癌腫症のリスク因子であった(15)。
・Trifiettiらの後方視的解析において、脳転移に対する定位放射線照射(SRS)後の12ヶ月髄膜癌腫症(LC)発生割合は9%で、定位放射線照射(SRS)施行時の活動性の肺転移が予後因子であった(21)。
・とは言え、生存期間が延長してきていること、多くの薬剤は血液脳関門の透過性が不良であること、画像技術の発達に伴い癌性髄膜症(LC)の診断能が向上したことにより、髄膜癌腫症(LC)の発生が増えてきている(22)。
・癌性髄膜症(LC)に伴う症状はさまざまで、特異的なものはないため診断が難しいことも多い。
・臨床徴候としては頭痛、神経障害、神経根性疼痛、馬尾症候群、感覚障害、てんかん発作、傾眠、嘔気/嘔吐、精神障害などがある(14)。
・診断時におよそ80%の患者は症候性で、症状としては頭痛が最も多い(23)。
・EANO/ESMOの診断クライテリアでは、臨床症状、脳・脊髄MRI、髄液検査、局所生検所見を合わせて診断し、”confirmed", "probable", "possible" および  "no evidence for"に分類する。
・乳がん患者において、癌性髄膜腫症(LC)の予後は不良で、治療を行わない場合には4~6週間、集学的な治療を行った場合には6ヶ月程度と報告されている(25,26)。
・1年生存割合はおよそ20%程度と報告されている(27,28)。
・個々の患者の全生存の予測にprognostic indexが有用かもしれない。
・年齢、全身状態(PS)、乳がんのサブタイプ、治療強度による予後予測スコアリングシステム(INDEX)が提案されている(29)。
・Gauthierらから提案されているスコアリングシステムでは、全身状態(PS)、ホルモン受容体の状態、髄膜癌腫症(LC)診断までに行われた化学療法のレジメン数、髄液中のCYFRA 2-1値を予後予測に用いることが提案されている(30)。
・乳がんの癌性髄膜腫症(LC)患者に対する治療の主な目的は、生活の質をできるだけ保ちながら(特に神経認知機能の悪化を避ける/遅らせながら)、生存期間を延長することである。
・しかしながら、乳がんの癌性髄膜腫症(LC)に対する適切な治療は確立されておらず、ランダム化比較試験のデータは存在しない。
・従って、現在のガイドラインは専門家の意見や臨床経験に基づいたものとなっている。
・乳がんの癌性髄膜腫症(LC)に対する放射線治療のデータは依然として乏しく、実臨床で癌性髄膜腫症(LC)に対して放射線治療が行われた割合は13.6%-80%と報告されている(14)。
・このレビューでは、乳がんによる癌性髄膜腫症(LC)に対する放射線治療の適応と限界に関する議論した。

放射線治療が生存成績へ与える影響
・乳がんによる髄膜癌腫症(LC)に対して放射線治療を行うことにより生存成績を改善できるかどうかに関しては依然として議論が続いており、現在まで得られている知見は非ランダム化研究に基づくものである。
・また、研究によっても結果がことなり、同じ研究チームの報告でも結果が異なっていた(29,33,34)。
・髄腔内化学療法(ITC)と放射線治療の併用が2つの前向き試験で評価が行われており、放射線治療による全生存の改善効果が認められている(36,37)。
・しかしながら、いずれの試験もさまざまな腫瘍による髄膜癌腫症(LC)を対象としたもので、乳がん患者の割合は少ないものであった。
・少なくとも1つ以上の予後不良因子(KPS <60%、重篤な複数の神経障害、脳症、全身性の進行病変がみられ有効な治療法がない、脳転移のサイズが大きい)のある患者を対象として、メトトレキサート(MTX)の髄腔内投与と放射線治療の同時併用が、第2相試験で評価された(37)。
・併用療法中の忍容性は良好で、放射線治療に関連した重篤な毒性や副作用は観察されなかった。
・放射線治療が行われた患者では、軽度~中等度の皮膚反応や脱毛が全例に認められ、22%の患者に軽度~中等度の中耳炎が認められた。
・中等度~高度の毒性が20%の患者に認められたが、全生存の改善効果を考慮すると許容範囲のものであろう。
・2つ目の試験では、髄腔内化学療法(ITC)が行われ、50%の患者に対して全脳全脊髄照射が行われた(36)。
・髄腔内化学療法と放射線治療の同時併用が行われた患者で奏効割合や全生存が良好であったが、放射線治療への割り付けはランダム化されていなかった。
・いくつかの研究で、脳脊髄液(CSF)の流れが阻害されている患者では生存成績が不良であることが示されており、脳脊髄液の還流障害の解除し、毒性を低下させ、髄腔内化学療法の効果を高めることなどを目的とする場合には放射線治療は治療選択肢となる(38,39,40,41)。

全脳照射(WBRT)
・髄膜癌腫症(LC)に対する放射線治療では、全脳照射(WBRT)が行われることが多い(40)。
・しかしながら、多くの場合全身化学療法や髄腔内化学療法との併用が行われており、全脳照射(WBRT)自体が生存成績へ与える影響の評価は困難である。
・全脳照射(WBRT)単独治療の有効性の調査がなされた後方視的解析では、左右対向方向かの照射が用いられていた(43)。
・放射線治療に伴う毒性は低く、脱毛、嘔気、頭痛、全身倦怠感が主な副作用であった。
・グレード3-4毒性の発生は認められなかった。
・その報告では、化学療法が適さない場合や全身状態が不良な場合の有効な緩和治療であると結論づけられている。
・しかしながら、神経障害の改善割合は11%にとどまっていた。
・全脳照射の安全性は、髄腔内化学療法(ITC)の役割を評価した前向きランダム化試験でも確認されている。
・しかしながら、同じ著者は以前に全脳照射後にメトトレキサート(MTX)を髄腔内投与した後に重篤な白質脳症(DLN, disseminated necrotizing leukoencephalopathy)が4例に発生したと報告している(45)。
・放射線治療が行われていない患者5例でも同様に重篤な白質脳症が認められており、全脳照射(WBRT)の影響は結論に至っていない。
・ドイツの放射線腫瘍学会(DEGRO)のガイドラインでは、全脳照射(WBRT)の臨床的標的体積(CTV)として、大脳および小脳、脳幹、第2椎体の尾側縁までを含めるべきとされている(32)。
・髄膜スペースとして篩状板や大脳基底槽も含めることが重要である。
・予後不良例では30 Gy/10回 または 20 Gy/5回、12ヶ月以上の生存が期待できる場合には20 Gy/10回の線量分割による照射が好ましい。
・Okadaらより単施設後方視的研究が報告されており、30 Gy/10分割以上で治療された患者では、30 Gy/10分割未満で治療された患者より全生存が良好であった(全生存期間中央値 2.6ヶ月 vs. 0.6ヶ月)が、検討された患者数は少ない(それぞれ24例と7例)(46)。

定位放射線治療(SRT)
・EANO-ESMOガイドラインおよびNCCNガイドラインでは、病変が限局しており、症候性の場合には局所に対する放射線治療を考慮すべきとされている。
・放射線治療により馬尾症候群や脳神経麻痺、局所の疼痛の緩和が得られ、脳脊髄液の流れが阻害されている場合には、脊髄病変で30%、頭蓋内病変で50%で改善が得られる(24,47)。
・重要構造に近接している限局性の中枢神経(CNS)病変では、定位放射線治療(SRS)が好ましいかもしれない(48)。
・DEGROガイドラインでは、乳がんの遠隔転移に対する緩和的放射線治療では、3.5 cm未満の小さな病変に対しては15-25 Gy/1回(80-90% isodose line処方)の照射、それよりも大きな病変に対しては分割照射(34.8 Gy/4回、35 Gy/5回、30 Gy/6回、40 Gy/4回)が提案されている。
・全脳照射(WBRT)を追加する場合には、(腫瘍サイズにあわせて)15-18 Gy/1回の照射または分割照射(30 Gy/6回)が好ましい。
・肉眼的腫瘍体積(GTV)をMRIを用いて描出し、1-2 mmのマージンを加えて計画標的体積(PTV)を設定する(31,32)。
・乳がんの髄膜癌腫症(LC)に対する定位放射線照射(SRS)の第2相/第3相ランダム化試験の報告は同定されなかった。
・推奨されている放射線治療のレジメンは脳転移治療に用いられるものを元にしており、後方視的なレビューや症例報告、専門家の意見をもとにしている。
・これらの研究の多くはさまざまな組織型が含まれ、定位放射線照射/全脳照射が混ざったコホートの研究であった。
・しかしながら、局所照射の適応がある場合にはベネフィットが存在する可能性があるため、妥当な治療選択肢と思われる。
・Wolfらの報告では、髄膜癌腫症(LC)に対し頭部定位放射線治療(SRS)により治療が行われた16例のうち、5例は乳がん患者であった(49)。
・コホート全体で5例では全脳照射(WBRT)の既往のある患者であった。
・マージン線量の中央値 16 Gy/1回(50-80% isodoseline処方)の照射が行われていた。
・治療後、14例でMRIによる評価が行われていた。
・5例は不変、8例で部分奏効しており、1例で増悪が認められていた。
・定位放射線照射(SRS)からの全生存期間の中央値は10ヶ月、1年全生存割合は26%であった。
・6例ではその後に遠隔病変の増悪が認められ全脳照射(WBRT)が必要となり、定位放射線照射(SRS)から全脳照射施行までの期間中央値は6ヶ月であった。
・著者らは限局性の髄膜癌腫症(LC)では定位放射線照射(SRS)により治療が可能と結論している。
・一部の患者では、定位放射線照射(SRS)を行うことにより、神経認知機能障害や脱毛、全身倦怠感が副作用として認められる全脳照射(WBRT)を避けたり、施行を遅らせることが可能である(49)。
・Lekovicらは、定位放射線照射(SRS)、全脳全脊髄照射(CSI)、トラスツズマブの髄腔内投与の併用を行った乳がん患者を報告している(50)。
・病気の経過中、メッケル腔および耳管部の腫瘍に対し24 Gy/3回の照射、全脳全脊髄照射(30 Gy)と髄腔内化学療法の併用、その後脊髄転移(25 Gy/5回)や大脳半球(18 Gy/1fr)に局所照射が行われた。
・これらの併用治療により、46ヶ月の長期生存が得られていた。

陽子線治療(PT)
・陽子線治療(PT)はその物理学的特徴から、特に全脳全脊髄照射において、中枢神経病変の治療に有望視されている。
・従来のX線治療では全脊髄に対して照射を行った場合には腹側に存在する臓器(腸管や腎臓)へも照射されるために、実際に用いられることは少ない(31,51,52,53)。
・陽子線治療を用いた全脳全脊髄照射では消化管や血液への照射線量を低減することが可能である(54)。
・陽子線治療による全脳全脊髄照射(CSI)は第1相試験の線量増加試験で評価が行われており、21例の髄膜癌腫症(LC)の治療が行われ、これらのうち7例は乳がん患者であった(55)。
・臨床的標的体積(CTV)は全脳、髄膜を適切にカバーし、硬膜嚢、仙骨神経根近位部であった。
・最初の6例では線量制限毒性(DLT)は認められず、全例で30 RBE/10回の照射が可能であった。
・この寡分割レジメンはX線による緩和的照射に用いられることが多い線量分割である。
・Expanding cohortにて、線量制限毒性(DLT)としてグレード4のリンパ球減少、血小板減少、グレード3の全身倦怠感が認められたが、治療を行うことなく改善がみられた。
・全生存期間の中央値は8ヶ月で、4例の患者では12ヶ月以上中枢神経病変の制御が得られた。
・著者らは髄膜癌腫症患者に対する陽子線治療(PT)による全脳全脊髄照射(CSI)は安全に施行可能と結論している。
・最近では、髄膜癌腫症(LC)に対するX線治療によるInvolved-fieldに対する照射と陽子線治療による全脳全脊髄照射(CSI)が第2相ランダム化試験にて比較された(63例が登録され、36例は非小細胞肺がん、27例は乳がんであった)(56)。
・中枢神経無増悪生存は陽子線治療群で良好であった(中央値 7.5ヶ月 vs. 2.3ヶ月, p<0.001)。
・全生存成績も陽子線治療群で良好であった(中央値 9.9ヶ月 vs. 6.0ヶ月, p=0.029)。
・グレード3-4毒性発生割合は、両群間に明らかな差を認めなかった。

全脳全脊髄照射(CSI)
・がん細胞が脳脊髄液中に存在するため、髄膜癌腫症(LC)では脳脊髄幹(neuroaxis)は妥当な標的と思われる。
・しかしながら、毒性が強く、放射線治療の計画が難しく、生存成績の改善効果が確認されていないことから、X線による全脳全脊髄照射は国際的なガイドラインでは推奨されていない(23,24,31,47)。
・現在までに乳がん患者をもっぱら対象とした全脳全脊髄照射(CSI)の施行可能性は臨床試験では評価が行われておらず、これまでに得られている知見は小細胞肺がんの報告やレビューによるものである。
・2次元計画による全脳全脊髄の毒性を評価した研究が報告されている(51,52)。
・Hermannらから報告された研究では、全脳全脊髄照射(CSI)単独(9例)またはメトトレキサートの髄腔内投与との併用(10例)が行われていた(52)。
・早期の有害イベントは骨髄抑制(グレード3 4例、グレード4 1例)、嚥下障害、粘膜炎、嘔気であった。
・晩期毒性は認められなかった。
・もう1つの研究では、17例の症候性患者(6例が乳がん)に対し、脳脊髄幹に対する照射が行われ、その後全脳に対しては50.4 Gyまで追加照射が行われており、9例ではメトトレキサートの髄腔内投与が同時併用されていた(52)
・1例が頭蓋内出血のために死亡した。
・晩期毒性としてグレード3の感染症を1例、グレード1の脊髄炎を3例(18%)に認めた。
・11例では全脳全脊髄照射(CSI)後に追加治療が行われていた。
・これらの研究で認められた全脳全脊髄照射(CSI)に伴う過剰な毒性は、強度変調回転照射(VMAT)やヘリカルトモセラピー(HTT, helical tomotherapy)、陽子線治療(PT)を用いることにより軽減できる可能性がある。
・乳がんの髄膜癌腫症(LC)に対して強度変調回転照射(VMAT)により治療が行われた症例報告では、骨髄の平均線量は15.3 Gy、骨髄のV20は36%に抑えられていた(59)。
・ヘリカルトモセラピー(HTT)による全脳全脊髄照射(CSI)は3つの研究で評価が行われており、毒性は許容範囲で有用な治療法であった(53,57,58)
・しかしながら、1つの報告では重篤な有害イベントの発生が報告され、3例が毒性のために死亡していた。
・意志決定に用いるために予後予測スコアを作るという試みがなされている。
・ある研究では、55歳未満で、全身状態良好(KPS>70%)、治療後に神経症状の改善がみられた場合には全生存が良好であった(31)。
・全身状態不良(KPS<70%)、頭蓋外病変が同時に存在する場合には予後が不良とする報告もある(57)。
・全生存期間の中央値は、リスク因子なし 7.3ヶ月、リスク因子1個 3.3ヶ月、リスク因子2個 1.5ヶ月であった。
・さまざまながんによる髄膜癌腫症(LC)に対する全脳全脊髄照射(CSI)のレビューが最近報告された(13研究、275例)。
・主なものは白血病と乳がんであった(60)。
・全脳全脊髄照射(CSI)の照射線量の中央値は30 Gy、18%の患者は陽子線により治療が行われていた。
・コホート全体の全生存期間の中央値は5.3ヶ月で、陽子線により骨髄回避が行われた患者では全生存期間の中央値が8ヶ月であった。
・主な治療関連毒性は全身倦怠感、血液毒性、消化管毒性であった。
・著者らは、髄膜癌腫症(LC)に対する全脳全脊髄照射(CSI)は有効ではあるが、毒性が比較的強い治療法であると結論づけている。

放射線治療ガイドライン
・NCCNガイドラインでは、髄膜癌腫症の患者を2つのカテゴリーに分類している(47)。
・予後良好例は、全身状態が比較的良好(KPS 60%以上)、目立った神経障害がなく、中枢神経以外の全身病変が最小限で、妥当な全身療法の治療法があるものとしている。
・予後不良例は、全身状態不良(KPS<60%)、複数の高度の神経障害の存在、中枢神経病変以外に多数の全身病変の存在、治療法が限られる場合、中枢神経病変が大きい場合や脳症を来している場合である。
・予後良好例に対しては、全身化学療法、髄腔内化学療法または放射線治療を推奨している。
・一方で、予後不良群の患者では緩和的治療またはBSC(best supportive care)を推奨している。
・NCCNガイドラインでは放射線治療の方法(照射線量や照射体積)は規定されておらず、組織や緩和が必要な部位により異なる。
・EANO-ESMOガイドラインでは、一般的には髄膜癌腫症(LC)に対する化学療法、髄腔内化学療法、放射線治療 または これらの併用による治療を推奨している(24)。
・脳神経症状のある患者に対する典型的な放射線治療の標的体積では、頭蓋底や脚間槽、第2頸椎レベルまでを含める。
・馬尾症候群の患者では、腰椎~仙骨レベルを照射体積に含める。
・ガイドラインでは、他の原因が除外できた場合には、馬尾症候群や脳神経麻痺のある患者に対する局所照射も許容している。
・2010年、DEGROから乳がんの脳転移および髄膜癌腫症(LC)に対する緩和的放射線治療のガイドラインがだされている(31,32)。
・脊髄に病変が認められる髄膜癌腫症の臨床的標的体積(CTV)の設定には、肉眼的腫瘍体積(GTV)にそれぞれの臨床的必要性に応じた安全マージンを加えることとされている。
・DEGRO guidelineでは、放射線治療の照射法や線量分割に関しても言及されている。

今後の展望
・髄膜癌腫症(LC)では放射線治療の発達による生存成績の改善は難しいようではある。
・しかしながら新しい放射線治療の照射技術(陽子線治療、定位放射線照射、ヘリカルトモセラピー、重粒子線治療など)を用いることにより治療に関連した毒性の低減は可能であろう。
・髄膜癌腫症(LC)の主な問題は脳関門の存在のために多くの薬剤が病変に到達しにくいことであろう。
・今後 paclitaxel trevatideの有効性が第3相試験での評価が予定されている(NCT03613181)。
・近年では分子標的薬による治療が行われる乳がん患者も増加してきている。
・進行期のHER2陽性乳がんでは、トラスツズマブ/ペルツズマブ/ドセタキセルの併用が初期治療の標準と考えられている。
・近年のメタアナリシスでは、トラスツズマブの髄腔内投与は乳がんの髄膜癌腫症に対する安全で妥当な治療であることが示されている。
・トラスツズマブの髄腔内投与による中枢神経無増悪生存期間の中央値は5.2ヶ月で、全生存期間の中央値は13.2ヶ月、55%の患者で臨床的な改善がみられたと報告されている(62)。
・NCT04588545試験では、トラスツズマブの髄腔内投与と全脳照射/局所照射の併用が行われる予定である。
・HER-2チロシンキナーゼ阻害剤であるラパニチブやネラチニブ、ツカチニブで乳がんの脳転移に対する有効性が認められている(63,64)。
・第1相試験(NCT03661424)では、HER2陽性の髄膜病変を有する患者に対するHER2 BATsの有効性が評価される予定である。
・BRCA1/2の変異陽性の患者では、オラパリブやベリパリブ、タラゾパリブやイニパリブが髄膜癌腫症の治療法となる(65)。
・エストロゲン受容体陽性の患者では、CDK4/6阻害剤は有効な治療選択肢であるが、乳がんの髄膜癌腫症(LC)患者における臨床的有効性は良くない結果であった(66,67)。
・分子標的薬の対象とならない場合には、免疫チェックポイント阻害剤などの免疫療法が治療選択肢である。
・ペンブロリズマブを用いた第2相試験では、20例(17例は乳がん)の3ヶ月全生存割合は60%で、プライマリーエンドポイントに到達した。
・グレード3以上の毒性(主に高血糖や嘔気、嘔吐)が40%の患者に認められた。
・現在症例集積中の試験(NCT03719768)では、乳がんの髄膜癌腫症(LC)に対するアベルマブと放射線治療の同時併用の役割の評価がなされる。

考察
・髄膜癌腫症は乳がん患者に発生する稀な病態である。
・乳がんの髄膜癌腫症の患者の生存成績はこの数十年間明らかな改善が得られていない。
・今回PubMedを検索した限り、280を超える文献の報告があり、近年増加傾向がある。
・しかしながら、原著論文は39報告(~14%)にとどまり、1年に1報告程度のものであった。
・髄膜癌腫症(LC)の適切な治療法は確立されておらず、ランダム化比較試験をもとにしたレベル Iのエビデンスは存在しない。
・全身化学療法や髄腔内化学療法との併用または単独での放射線治療は髄膜癌腫症(LC)に対する主な治療法の1つである。
・しかしながら、放射線治療の施行はこれまでの経験則や施設のプロトコール、推測に基づくもので、確たるエビデンスは確立していない。
・NCCNの髄膜癌腫症(LC)に対する治療推奨は髄膜癌腫症(LC)一般に対するもので、乳がんに絞った推奨はなされていない。
・DEGRO guidelineは12年前,EANO-ESMO guidelineは5年前に出されたものである。
・髄膜癌腫症(LC)は比較的まれな病態であり、予後が不良であることから、前向き試験の報告は依然として少なく、第1相試験または第2相試験のものである。
・2022年4月時点で、6試験が進行している。
・これらのうち4試験では全身療法または髄腔内治療との併用における放射線治療の役割を評価する予定で、1試験は陽子線治療単独により全脳全脊髄照射(CSI)を行う試験で、もう1つの試験では陽子線治療による全脳全脊髄照射(CSI)とX線によるInvolved-field照射(全脳照射、脊髄局所照射、あるいはこれらの併用)を比較する予定である。
・これらの研究のうち乳がんのみを対象としたものは1試験のみで、他の試験ではさまざまな癌腫の患者が含まれている。
・また、髄膜癌腫症(LC)に対する放射線治療の奏効評価の問題点がある。
・RECISTによる奏効評価は有用ではなく、髄膜への浸潤は画像的に捉えられないことも少なくない。
・多くの試験では脳脊髄液の検査結果と生存成績や臨床的奏効との関連性は示されておらず、脳脊髄液検査の偽陰性が影響している可能性がある(37)。
・結果的に多くの研究では神経学的検査による臨床評価に基づくものが用いられている。
・しかしながら、臨床的評価は主観的なものであり、再現性がとぼしい可能性があり、髄膜癌腫症(LC)患者全例に対して適応可能なわけではない(認知障害の患者など)
・LANOグループからは、髄膜癌腫症(LC.)の治療効果を評価するツールが提案されている。
・しかしながら複雑であることと検証の問題があり、日常的に用いられているものではない。
・より単純化したLANOスコアの評価が現在行われている(70)。
・EANO-ESMOの推奨に基づき、神経学的検査、脳・脊髄の画像検査、髄液検査による診断、奏効評価、経過観察が行われるべきである。
・この分類は予後予測能が高く、臨床試験における患者の層別化に推奨される(71)

結論
・髄膜癌腫症(LC)は乳がん患者にまれにみられる病態でその予後は不良である。
・放射線治療技術は発展してきているものの、髄膜癌腫症(LC)への応用はほとんど進んでいない。
・まれな病態であることから、乳がんの髄膜癌腫症(LC)に対する放射線治療の役割を評価した前向き研究はは1つのみである。
・前向き臨床試験を行うことは難しいが、乳がん患者の髄膜癌腫症患者のレジストリ登録により、この病態を明らかにできる可能性がある。

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