ある二人のお話。 その3

仕事辞めたんだね!いつこっちを離れるの?

彼女からのメッセージが届く。
長い間お疲れ様でした、という気遣いと共に。

ああ、見たんだな、と自分のSNSの投稿を思い出して返信する。

 月末まではいる予定。20日に引越し業者が荷物を取りに来るけど、状況見てどうするか決める

少し前から流行り出した新型ウィルス。その影響で、彼は長距離の移動を必要とする帰郷をいつにするか考えあぐねていた。

 それまでに会えたら会おうか

シンプルな彼女のメッセージ。そういえば、しばらく会えていない。珍しく自分からのメッセージにも長いこと返信がなかった。

「ちょっと面倒なクライアントさんがいるのよ。」

以前会った時に、彼女はそうこぼしていた。話を聞いてみれば、そりゃ大変だわ、と思うような話。その相手に随分と時間を取られているのだ、と。

『モテるからなぁ、あの人。』

実際、周りも彼女をそう言う。思わせぶりな態度をとっているような感じでも無いのに、彼女は求められる。それなのに彼女には恋人というものが存在しない。

自由な人だから、と思いつつ、この関係を始めた頃のどうにもならない相手に涙していた姿を思い出す。男運という言葉を嫌っていたことも。

「だって、選んでるのは私だもの。運とか関係ないでしょ。」

その責任は自分で取る。自分の目の前でそう言い切った。見る目が無いという訳でもないのだろうけれど、ただ、好きになった相手がどうやら、なんというか…、かなり変わった男のようだった。

残りの仕事のスケジュールを知らせ、ざっくりとした日取りを決めて連絡を終える。

彼女の家も好きなのだ。片付けが苦手と豪語する彼女だが、清潔で家具の少ない部屋。

『女の子なのに、そういう感じのものは少ないんだよな。』

執着がないんだろうな、と彼は気付く。すっきりとしたあの部屋にはそれが表れている。

一人だというのに、彼女はダブルのベッドを持っている。

「思っていたより大きくて。でも、君が寝るにはこれで良かったねー。」

彼女との体格差はかなりある。彼女は見た目の雰囲気とは違い、実はとても小柄だということを知った瞬間があった。自分の身体にすっぽりと完全に収まってしまったあの瞬間。それほど身長だって違うのだ。彼女のベッドに横たわる自分を見て、彼女は笑っていた。

「こうやって見ると、やっぱり大きい!」

縦長いねー!とケラケラと笑う。

そして、彼女が横になっているのを見ると、自分も彼女のことを、
ちっちゃ!と思うのだ。

引越しの準備があるから、と彼女の部屋にいくことを打診した。

 片付けしておく

とだけ返事が来た。

『うん、オッケーってことだな。』

広々とした空間とベッド、そして自分の下に包み込む感じを思い出す。

 楽しみ ワイン2本持っていく

そう送った。

 あら。楽しみ、なんて言われたら、おネェさん喜んじゃう♪

自分の気持ちを伝えると、決まって彼女はこう茶化す。


『自分の部屋じゃなくても、あの空間は造られる。』


その不思議さの理由を思案してみるが、結局わからないと彼は思考を手放した。

まあワイン2本ぐらい、二人だったらペロッとだよな、と。


『『会いたいな。』』


同じ街のあっちとこっちで生まれた同じ思いたことに、彼と彼女は気付かない。

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