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case01-00: 導入

「すいません」

人もまばらな店内に声が響く。

アメリカンも既に3杯目を飲み干し、4杯目を頼むために店員を呼んだのだ。テーブルの上には砂糖とミルクのゴミの山、そして灰皿には吸い殻の山。

申し訳なさそうな顔をしながら足早に店員が来たかと思うと、手際よくテーブルの上を片付けていく。語気の強さで苛立ちが伝わってしまったのだろう。しかしその店員のひとつひとつの仕草でさえ余計に俺を苛立たせる。

苛々は散らかったテーブルのせいでもなければ、猫舌には熱すぎる3杯目のアメリカンのせいでもない。いつものように遅刻してくる<この手の奴ら>のせいだ。

待ち合わせ時間ひとつ守れない奴が、これからするような<大事な話>を守れるとは到底思えない。先が思いやられる限りだ。

かちゃかちゃと運ばれてきた4杯目のアメリカンに砂糖とミルクを2つずつ入れ、8本目のタバコに火をつける。時間的にも健康的にも無駄でしかないが、なかなやめられそうにもない。

「熱っ…!」

はっとしたように数人の客たちの視線が一気にこちらに向けられる。いけない、8本目のタバコを真新しい灰皿に押し付けた時にわずかに火元に触れてしまった。左手人差し指…第一関節あたりが赤みを帯びる。灼けた指をそっと口元にあてると、ふとある人のことが頭をよぎった。

細い指を紅い口元に当て、いつも困ったような顔で笑う人がいた。もうきっと二度と会うこともないあの人は、今もどこかで誰かに笑顔を振りまいているのだろうか。それとも。

「トーアさんですか!?すみません!!」

突然投げつけられる声に、浮かびかけた笑顔もすぐにかき消される。<この手の奴ら>はいつも自分の都合ばかりで感傷にひたることも許しちゃくれないのだ。

さて、こいつも同じような結末を辿ってしまうのか、それともまた違う結末が待っているのか。

いずれにしても今考えたところで仕方がない。うんざりした顔を笑顔で真っ黒に塗りつぶして穏やかに優しく声をかける。

「さ、今日はおいくらほど必要で?」

ひりつく火傷の痛みはもう感じなかった。

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