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case01-11 :交渉

こういった交渉事の中での沈黙は独特の雰囲気がある。電話口の男が「ちょっとまて」と言ってから随分待たされているようにも感じるが、実際は1分も経ってはいないだろう。内容的にも上への判断が入るのは当然ともいえた。

まだしばらくかかるのかと思い、タバコに手を伸ばした瞬間だった。
「あー旦那さん?」
「え、あ、はい」
突然声をかけられ思わずタバコの箱を落とす。

「15万でいいよ、ただ今日中に振り込んで」
「わかりました、ありがとうございます」
事務的に振込先を伝えられると、電話はあっけなく切られる。話さえまとまってしまえばサッパリとしたものである。

「ふぅ…」と一息つき、テーブルの下に転がったタバコの箱を拾い上げる。まさかこの期に及んで返済遅れを隠しているとは。うまいこと<強硬な態度の旦那>を作るキッカケにはなったからまだよかったものの、正直だいぶ焦らされた。

その当の狩尾は身動き一つせず、イヤホンもつけたまま拳を膝に乗せ、下を向いていた。この絵に題名をつけるなら<気まずい>といったところだろうか。

「おい、寝てんのか」
「あ、いえ、そのトーアさん、ありがとうございます…」
「何で遅れてんの黙ってんだよ」
「その、何か言いそびれてしまって…」
「バレないタイプの話じゃねぇだろ」
「す、すみません…」
「まぁもういいわ」

そんなことよりも大事なことがあった。
結局、合計18万で闇金については清算となるわけだが例のヒトトキ融資の件は残っている。

さきほどまでの2件は<絶対に姿は表さない>という意味で厄介であったが、この件においては相手を表に引きずり出すことが可能だ。<違う交渉>ができる。

「狩尾さんさ、ひとまずこの18万は立て替えて貸してやるよ。ただ一個お願いがある」
「お願い?」
「いつもは俺の名前が貸主で、狩尾さんの名前が借主で書いてただろう」
「はい、そうですね」
「いつものやつとは別にもう一個書いてほしくてさ。貸主を旦那さんにして、借主を狩尾さん自身にした借用書も書いてほしいんだわ」
「え?それ何のため…?」
「そうだなぁ…借入金額は50万でいいかな」

特に理由を説明することもなく、いつもの借用書を狩尾に手渡し<俺への18万の借用書>と<旦那への50万の借用書>の2枚が出来上がる。

内容を軽く確かめると、財布から10万単位で輪ゴムでくくった束を2つ出し上から2枚抜く。

「はい、18万。一応数えて」
「あ、ありがとうございます!」
この後に銀行で振り込んだらなくなってしまう金ではあるが一応狩尾に数えさせる。あとで多い少ないなどとならないように、必ずその場で数えさせるクセがついている。

「あの、トーアさん」
「なに」
最後の1本のタバコに火をつけながら答える。

「もう1つの件の清算についてなんですけど」
「ああ、それね。ちなみにその気持ち悪いやつ本名か偽名かはともかく、なんて呼んでんの」
「上川さん、ですね」
「その上川ってのに、もう1回だけ会うことは我慢できるか」
「はい、これまでいつも返済の時はファミレスとか喫茶店で待ち合わせて手渡しだったので、今回の返済もそうなると思いますし…」

目的がホテルなわけだから、手渡しでの返済を要求するのも自然といえば自然といえた。灰皿にタバコの灰を落としながら答える。

「俺も行くわ」
「はい?」

狩尾が不思議な生き物を見るかのような目で俺を見ていた。

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