生きとし生けるものへ。思い出すもの。
特別なものは洗ってない。いつも洗ってるものだけ。
洗濯物を取り込んですぐ、ごうごうと音を立てる大雨。
遠くからは雷。
うわぁ、取り込んでおいてよかった。
天気のせいだけでもなく、洗濯物が部屋にあるからだけでもなく、部屋は暗い。
晴れ女の自信はある。大切な外出はあまり雨が降らない。
痛い目を見たのは、、
10年くらい前の台風。
当時勤めていた職場は川のそばにあり、割と低いところにあった。
この川は小さな台風でもすぐ溢れたことで有名だそうで、川沿いの通り下に大きな排水路を作ってからは氾濫しにくくなったという。
夕方、上司はパートさんに、早く帰るよう通達、正社員の私たちにも残業しないで早く帰るよう通達があった。
帰り道。私は自動車通勤で、自宅までは混んでいなければ片道だいたい30分かかる。
一番懸念していた、職場そばの川はある程度水が多かったけれど、通れないわけではなかったのでそこを通ることができた。
問題は、その先の道。側溝やマンホールから、後から後から水が滲み出ていた。対向車も自分の車も、走りながら盛大な水飛沫を飛ばしていた。
坂を登ってホッとしたのも束の間、下りの道が混んでいる。線路の下を通って、その先を登る予定だったが、線路の下にお巡りさん。
「この先は、行かない方がいいですよ」
窓を開けた私に、お巡りさんが苦笑しながら教えてくれた。お巡りさんの後ろでは、線路の下がいつもより暗く見える。
車の中で、冷たい雨に打たれた。
お礼を言って、右へハンドルを切る。
坂を降れば自宅がある通りに出られる。だけどそこここでスタックして、ハザードを焚いている車を見かけた。
バスがバス停でもない場所で停まっているのを見て、追い越そうとした時、自分の車の中でちゃぷん、という音を聞いた。
靴が、冷たい。
私はハザードを焚いてUターンした。もうセンターラインも歩道も水で見えないけど、対向車もいない。
私が戻ってきた道を進もうとするセダンを見て、思わず窓を開けた。
「この道はもう水に浸かってるので、あっちの道から行った方が良さそうです」
ざあざあ降る雨とごうごうと鳴る排水の音で声がかき消されたので、身振りで伝えた。窓を閉める前に見た水位は、もはや水飛沫を盛大に飛ばせるほど浅くはなかった。
窓を閉めると、森山直太朗の「生きとし生けるものへ」が流れていた。
一つ先の通りはまだ地盤が高いところにあって、通過することができた。
赤信号で停止線で止まるたびに、水が前に流れてくる音が聞こえる。進むと、後ろに流れていく。自分の車が浸水するなんて、思いもよらなかった。
帰宅後、初めての体験を家族に話すと、「なんでそんな道を通ってきたの」「北側ルートから帰ってくればよかったのに」とにべもない返事があったことも残しておこう。
翌日は台風一過の夏日で、迷いなく洗車に出かけた。
外側も排水で汚れたが、問題は内側。
雑巾で染み込ませて絞る。何回繰り返したかは覚えていない。
台風級の大雨の音と、森山直太朗の「生きとし生けるものへ」を聴くと思い出す、古い記憶。
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