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新型コロナ

私に第一報が入ったのは、利用者がおやつを食べ終わって、間もなく帰りの支度を始めようかという時だった。
デイケア利用者Fさんが寒気を訴えたので、検温したら38℃あったという。
ワクチンを5回接種しましょうと呼びかけられているこの時に、本人の希望で、新型コロナウイルスのワクチンを一度も接種していない。
本人によると、体調不良の自覚は前日からあったが、体温は平熱だったし大丈夫だろうと思って来所してしまったという。

いつもいる看護師がその日は不在だったため、看護師長に指示を仰いだ。
「この時間は先生がいらっしゃらないので、診察は受けられません。先生に電話で確認したら、そのまま帰宅するよう指示がありましたので、帰っていただいてください」
クリニックへの診察が出来なかったので、Fさんは新型コロナウイルス感染症の可能性も考えて、大勢で帰るのではなく、デイケアの軽乗用車で送ることにした。
「何かあったら、クリニックを受診させるのが流れでしたよね」
「ええ、でも今回、内科は休診日ですから」
私がハヤくんに尋ねると、ハヤくんが、こればっかりは仕方ない、と首を振った。
ドライバーに車の用意をしてもらっている間、リハビリ室のプラットホームで横になっているFさんのところへ行き、今の進捗を説明した。
「さかきさん、ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません」
「いえ、もう少しで支度ができますから、待っていてくださいね。ご家族へも連絡をして、こちらへのお迎えには来られないそうですが、ご自宅になら買い出しをして、5時前には着けると仰っていました。安心してくださいね」
「はい、お世話になります」
Fさんが、気丈にも私のことを気遣ってくれた。一人暮らしのFさん宅に、県外に住む家族が来てくれるという。
Fさんが気持ちを奮い立たせて、体を起こした。私が後ろから体を支えた。
ゆっくり歩いて、Fさんが車に乗り込む。クリニックの師長が見送りに来ていて、窓は全開にして、使用後はしっかり消毒をするようにと指示していた。

「行きましたね」
「わたしたちも、機材の消毒と、換気と、手洗いうがいをしましょうか」
車を見送った後、ケアマネジャーと家族へ、今出発したと伝えた。
ハヤくんもさすがに感染対策が気になるのか、片付けの後、換気と手洗いうがいをし始めた。

翌日、ケアマネジャーからFさんが新型コロナウイルス感染症陽性だったと連絡があった。
「かかりつけの診療所では、熱があるので中には入らないでくださいといわれたそうです。でも、診察が終わってからなら、往診に行くと先生が仰ってくださったそうで、それで検査を受けられたそうです」
「親切な先生で良かったですね」
ハヤくんが私の報告を聞いて頷いた。
「じゃ、私は昨日の座席と、配車の確認をしてきます」
「お願いします」

それから数日後。
私の身に、風邪のような症状が襲ってきた。
喉が痛い。体がだるい。
身体の不調に気付いたのは夕方だった。仕事しながら、手持ちののど飴を舐めて痛みを誤魔化しながら、新人に仕事の引き継ぎをした。
「すみません、今のところ熱はないんですけど、明日はどうあれ仕事休みます」
「あっ、はい」
ハヤくんが引き継ぎの内容をチェックしてくれて、OKが出た。内線をかけて主任に体調不良を報告し、退勤すると伝えたら、主任がわざわざデスクまで来て、体調がまだ保つなら、終礼まで別室にいていいから、定時でタイムカードを切りなさい、と言ってくれた。
「新型コロナって感じ、する?」
「可能性ありますね」
私が眉をひそめながら頷くと、主任が目を細めた。
「そう…利用者さんと接触は?」
「朝、全員にご挨拶に回りました。その後は書類整理です」
「マスクは?」
「していました」
主任が指でオッケー、と返した。
先日のFさんの新型コロナ陽性を受けて、当日のうちに座席が近かった利用者には連絡をしていた。パーテーションもないデイルームで、マスクを外して一緒に昼食やおやつを摂っている。該当者は2人だったが、2人とも予防接種を5回受けていたにもかかわらず、陽性反応が出て、利用を休止していた。

私は会社で支給された検査キットとクリニックで処方された薬を持って退勤した。
その日は陰性だったが、翌日の昼には陽性反応が出た。

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