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宮内多聞「呻き」を読んで

娘が産まれた年に姫林檎の木を植えた父親による人生最後の日までを綴った手記のような文体で物語は進行していく。家族の在り方、一筋縄ではいかない娘の成長と親子の関係性。自分以外を常に優先して生きてきた男が自らの死期をはっきりと認識し、残された時間をどこで誰と過ごすのか。そして生涯誰にも言わなかった父親唯一の秘密とは。

自伝の体裁を取りつつ、しっかりとしたミステリーとしての読み応えも有る。今年読んだ中では5本の指に入る傑作だった。過去に読んでいた直木賞を取った「囁きのセカイ」次作の「円(つぶら)な津村くん」では非常に読み易いが其処彼処に散りばめられた皮肉めいた言い回しなど社会に対する問題提起と身近な恋愛を上手く絡めた作者ならではのセンスが散見でき、そのツンケンした感じが10代の若者の心には強く刺さるのだろうなどと思いながら読んでいたのを記憶しているが、今回の「呻き」を読んでみてその印象がガラリと変わった。過去の作品と大きく違う点を三つあげると、一つは会話劇が圧倒的に少ない事による独白に近いストーリテリング。著者がいかに純文学にも造詣が深く相当数読み込んできたであろう事が如実に見てとれた。

二つ目は現在と過去の回想による時間軸のズレを使った巧妙な構成。多くのサスペンスやSF作品で使われてきた昔ながらの手法だが、それが全く新鮮に思える所に確かな技術を感じた。敢えて前後関係を分かりづらくする事で数ページと言わず何百ページも逆にページを捲らなくてはいけない。それはどれだけ記憶力が良い読者でも多少の苦痛が伴う作業であるが、それを面倒に感じさせない工夫が、三つ目である。

章立てられたサブタイトルを更に細分化して目次にしているという点。これは最初はなんの数字かわからないただの28.16.9.43と言った数字の羅列なのだが、二章に入る頃には主人公の男の年齢だという事に気づく。
これによって現在と過去の行き来を容易にしている点はとても評価したいと思う。
新しい事に挑戦しつつ過去の手法をブラッシュアップし自分のモノにしている。焼き直しではない確かなオリジナリティーを感じた。

構成上、ひとつだけ男が思い違いをしている事がある。小説に於いてはウソが書かれている箇所だ。それが決定的なミスリードとなり読者を混乱させながらも真相に向かわせる。男より先に真実に辿り着く事となる我々読者は最後の彼の選択に固唾を飲むのである。

見事な構成力は過去の作品からも明らかだったが、今までの口語体の会話劇がエンタメ然としていて手を伸ばし辛かった方にも是非一度手に取って貰いたい一冊となっている。著者の引き出しの多さに舌を巻く事になるだろう。

6月に入り外出の予定が流れてしまった日は寧ろ幸運と思い、一人の男の人生と向き合ってみるのもまた一興、いや一驚かも知れない。

最後にとても印象に残った台詞でこの文章を締めたいと思う。

「ホラ、また見つけたよ。」

「何を?」

「永遠。」

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