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短編小説|部長のイス #2

2.失った大義

「部長、今週末のゴルフコンペですけどFチームの僕と交代してくれませんか?」
「なぜだ?」
「専務と営業室の室長も一緒じゃないですか、ちょっと提案したいことがあって」

本心は分からないが止める権利も必要性も感じないから承諾した。
その後、オレにはさっぱり理解できない社内のゴルフトーナメントに参加した。スコアは100、無難なところだ。
役員やその部下がボソボソと「何か」を話しながらゴルフに興じる光景は、健全な気持ちでプレイする気にはならない。オレ自身は終始口数が少ないから、今度こそはメンバー落ちするだろう。それで本望だ。

「いや~、先週はありがとうございました、伊東部長」
「・・・オレは何もしてないぞ」
「いえいえ、ナイスアシストでした」
「提案したいこと、上手くいったのか?」
「・・・まぁ、それなりですね」

この会話の相手は上河という係長だ。明るいキャラクターで職場のリズムを作り出すナイスガイだ。他部署との交渉も上手く、コミュニケーション能力も高いから頼み事をしやすい。口が軽く、時折一人で物事を進めるのが難点だが。

後日、この上河が仕掛けた案件の会議に召集された。

「ヘルスケア領域開拓の事業検討会・・だと?」

会議案内のメールを思わず音読してしまった。主催者には営業部と、我ら事業企画部が記載されている。オレ知らんぞ、こんな話。
怪訝な表情でデスクに座っているオレに気づいた上河が呼んでもいないのに説明をしてくる。

「伊東部長、事業検討会の会議案内メール見ました?」
「・・・なんだこれは?」
「この前、営業室の横屋室長に提案した件っすよ」
「それはいいが、オレは知らんぞこんな話」
「大丈夫ですって、越多こしだ専務にも横屋よこや室長が話を通してくれたらしくて、根回しはバッチリですからご安心ください」

どうにも自身満々だ。その態度も癪に障るが、オレに話を通さずにやったことが最高に気分が悪い。マグマがグツグツと音を立て始めた。

「・・・で、会議にオレが呼ばれる理由はなんだ?」
「それはもう部長にも、キックオフについて賛同していただきたく」

ドダンっ!!!
勢いよくデスクを蹴った。ジン・・と鈍い痛みが走る。フロアが一気に鎮まる。視線はパソコンのメール画面を凝視したまま、腕汲みをする。

「え・・?」

部下の上河は当然ながら硬直した。

「オレが何にキレているか、わかるか?」
「・・・い・・・え・・?」
「お前の能力は買っているが、このやり方では上手く行くわけがない。それだけだ」

もはや言葉を失って怯えた羊のように成り下がった係長は、周囲をキョロキョロ見渡し助けを待っているだけだった。

「もういい、席に戻れ。必要な事はこの会議で言う」

オレの疲れる毎日はこんな事の連続さ。

3日後、事業検討会が開催された。そもそも事業検討会とは、会社の新規事業の企画内容を「精査」する場である。ここで精査され上申すべきとジャッジすれば、経営会議で報告する権利が与えられる。経営会議ではよほどのことが無い限り、企画案は通過する。その後実際のプロジェクトが設置されて、進んでいく。
つまり、この事業検討会が最初の関所であり、一番議論が活発になされる場でもある。だから、企画が通らないことも別に珍しくない。

呼び出された会議室は役員室からほど近い「202会議室」だ。割と縁起が良いという都市伝説があるこの場所に、開始時間の10分前に入室した。
さっそく上河係長を発見したが、オレではなく営業の横屋室長と念入りに話し込んでいる。時折笑顔を見せながら。恐らくオレの期待されている立場は「いい提案じゃないか、オッケー」という同意を得る事だろう。営業部の統括でもある越多専務にも根回しをしているということは、この会議の出席者で反論できるのはオレだけだ。言い換えれば、オレを納得させる為だけの会議でもある。
・・・その為だけに開催される事業検討会など、意味があるのだろうか。

「出来上がった」会議は、オレが無反応だったことによって非常にスムーズだった。ただし、表情は一切緩んでないせいか、さすがに上河係長はオレの顔を何度も何度も見てきた。

「・・ですので、市場規模と当社の技術による参入障壁は低いと考えています」

横屋室長が流麗に話を進めている。

「開発部門は、なんて言ってる?」

営業部の別の課長が当たり障りのない質問をした。

「開発部の先行開発室とも相談しましたが、試作品の材質的に切削加工は社内でできるので問題ないとのことです。生産技術のほうにも現在打診をしていますが、既存製品の応用に過ぎないのでそれほど設備投資には影響がないと」

完璧である。これはプロジェクトの内容についてとやかく言う必要はない。越多専務もうんうんと満足げに頷いている。会議でのプレゼンを聞いている限り、段々と納得せざるを得なくなってきた。

さてここでも、二つの選択肢が頭の中で主張し合う。

  1. オレに話を通さなかった事について理由を問う

  2. このプロジェクトについてもう少し突っ込んだ質問をする

オレ個人に話を通していなかったことに根を持ち、この場で批判的になっても会社としてのせっかくの新規事業案を阻害するクレーマーになるだけだ。
1.を選ぶのは得策ではない。


「伊東部長、いかがでしょうか?」

自分自身の選択肢に悩んでいたせいか、会議の進行に集中していなかった。かけられた質問にあわてて答える。

「あ、ああ。前半のマーケティングの成果も良いし、社内調整も並行して進んでいるので、新規事業としての企画案としては問題ないんじゃないかな」

自らマグマを急激に冷やしていった。
横屋室長と上河係長が満面の笑みを浮かべる。越多専務も同様だった。この前のゴルフトーナメントの成果なのだろう。

「それでは、本件は経営会議に手報告するという段取りで事業企画部主体で進めていただくことで、よろしいでしょうか?」
「それは構わない・・が」

恐らく「が」さえ無ければこの会議はクローズするだろう。
だから、最後に一つだけ条件を突き付けた。

「この新規事業の大義を教えてくれないか?」
「大義・・ですか?それはどういう意味でしょうか?」
「ヘルスケアという市場に挑戦できるだけのポテンシャルが当社にあることはわかった。競合他社や市場規模の調査もぬかりなくやられていて、事業として成立することも理解できた」

会議室にいる全員がオレのことを茫然と見ている空気感が、意外にも心地よかった。

「だが、なぜこのヘルスケアという事業を選んだのか、利益以前の大義が見えない」

10秒も経っていないが、時が止まる。
あまりにも稚拙な質問だったかと不安になるが、配られている資料にも聞いていたプレゼン内容にも触れられていない。

「どうした?誰か答えてくれ。どうしてこのヘルスケア事業にしたのか?」

そのまま回答もなく、越多専務がはぐらかした形で会議は終了した。
ただし、この企画案を上申することにオレは同意した。
経営会議の場でもう一度、大義は聞くつもりだがな。

あわせて上河係長を営業部へ異動させる事を内心決意した。
オレに話を通さなかった罰則・・・ではない。
単純にプロジェクトに専念させるためだ、上手くいくかどうかは別として。

利益を確保することは民間企業にとっては「当たり前」の話だ。合法であればあらゆる手段で利益を確保する、そうしないと企業として存続できないから。企業は、存続することこそ果たすべき社会的責任だという考え方もある。法人税の納付や雇用している従業員の生活を支えるから。

この企画、有能な上河係長の発案だったと思うし、利益の算段において落ち度はなく、耳障りが良かったと想像する。その為、誰も違和感を感じないし、会社としての成長が見込まれるから否定する理由も一切ない。
ところが、その算段ばかりが先行し「何のための商売か?」が抜け落ちる事は多々ある。大きな会社になれば、なるほど。

多くの賢者によって利益を出すためのHowToや実例が世に溢れている。
だからこそ、本質的な目的を忘れてほしくない。
顧客がいるからこその、事業なのだと。

つづく

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。


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