見出し画像

短編小説|あのキレイな海を取り戻したら #3

3.たらい回し

「浅海さんの熱心な姿勢には感服したよ。10月号の広報誌に、3/4面で原稿出そうか」
「あ、ありがとうございます、渡辺課長!」
「でもね、ちょっとその代わり条件がある」
「え!?な、なんですか・・・?」
「猫飼いた~い」

・・・ぬはっ!!

なんという夢だろうか。気持ちが悪い。
まだ薄暗い気がしたのでスマホで時間を見ると、朝の4時19分。これは確実に2度寝していい時間。くるりと体を戻し、改めて寝に入る
・・・が、さっぱり寝れる気がしない。強烈な渡辺課長の夢のせいなのか、締め切りが近づいているストレスなのかはわからない。

幼いころの記憶って結構美化されているもので、あの海辺で両親に連れられ遊んだ記憶は眩しいくらいに輝いている。
でもほんとは、シンボルがあるわけでもなく、公園ですら無い「無味」な海辺だったりする。今の海辺は裸足では間違いなく歩けない、だから子供が無邪気にはしゃいでいる光景を全くみていない。
私だけが一方的な思い出補正の下で愛着を持っているだけかもしれない。なんでここまで私はがんばっているのか、自分でも段々とわからなくなってきた。
そんな回想をしていたところで、気付けば7時5分を過ぎていた。

寝不足感のある顔色で私は登庁した。

「浅海さんおはようございます」

私が担当している広報係とは別の、報道調整係の吉山さんから挨拶される。

「おはようございます、鷹見さんは?」
「え~と、鷹見さんは本日お休みとなってますね」
「あっれ、そうだったっけ」
「ですから、今日の夕方まで広報係が浅海さんだけなので、様子を見てくれと渡辺課長から朝一で頼まれまして」
「え・・いやまぁ・・そうですか」

たしかに今日は商工会議所で、地元出身の敏腕経営者の講演会があるので総出で対応するとは聞いていた。そんなことより、そんなに私が心配なのかと残念な気持ちになるけど、まだ2年目だから信頼はされてないよねぇ、と自分に言い聞かせる。
ふと、自分のデスクに付箋付きの紙が一枚置いてあることに気づく。

「やり直し ナベ」

くっそ、あんのやろおおお・・!
そう、私が何度も考え抜いた「海を守る会」の宣伝原稿を一言で却下したのである。
怒りのままに原稿用紙を破り捨てようと思った時、赤ペンが複数個所あることに気づいた。全部殴り書きで、丁寧さの欠片も感じない。でも、内容はハッとすることばかりだった。

・寄付の場所、宛先、締め切り?
・ゴミ処理→廃対課
・都市課の大岩元課長に海岸の管理きけ

これは、単なるイジメか、真剣味溢れる助言か?判断に迷ったけど、今日は仕事の予定が少ないから、騙されたと思ってこの殴り書きに従ってみることにした。

まずは具体的に書かれている廃対課に電話で問い合わせてみる。あ、廃棄物対策課の略称のことだよ。

『はい、廃棄物対策課です』
「あの、広報の浅見と申しますけど、ちょっとお尋ねしたいことが・・」

電話口が誰なのかも確認せず、海辺のゴミについて本当に処理費は自腹か聞いてみた。

『昨今の海洋漂着ゴミの処理については国も法整備を検討している最中です。廃棄物処理法でいう排出者が「ゴミを拾った人」となってしまい、善意ある人が厳格な法の適用を受けてしまうのが実状です』
「んんと、ということはやっぱり拾った人が処理費を払うんですね?」
『そうですね、心苦しいのですが法律ではそうなんです』

電話口の男性もどこか申し訳無さそうな表情を浮かべている気がする。

「市民活動センターに登録しているボランティア団体がゴミ拾いをした場合、市が認めている団体だから、そのゴミ処理費を市が負担することはできませんか?」
『処理費負担、は無理だと思います。清掃自体を市が行えば、問題ありません』

なるほどそういうことね、と簡潔にお礼を述べ電話を切る。
次なる行き先は都市計画課である。西庁舎だが、同じ4階なので徒歩圏内。

都市計画課の事務所につくと、人はまばらだった。一番近くにいるおじさんにやや小声で話しかけてみる。

「あの、広報部の浅見ですけど・・」
「ん?広報の人なんて珍しいじゃん、なんだい?」

近くにいた陽気な雰囲気のおじさんに、大岩という人がいないか聞いてみた。

「大岩?そんな人いないけどなぁ」
「え?広報部の渡辺課長から伝言を預かってるんですけど・・」
「大岩、大岩ねぇ・・」

このおじさんと思い出しごっこをしていても埒が明かないので、即刻質問してみた。

「ご存知だったら教えていただきたいのですけど、海岸の清掃管理って都市計画課で担当されていますか?」
「海岸?あぁ、海洋漂流物なら回収船が月2回くらい巡航しているぞ」
「漂流物?海岸に漂着しているゴミはどうしていますか?」
「漂着っていうと、海岸ゴミのことだな。それなら、市民から苦情はチラホラ聞くので毎年予算申請はやってるけど、承認された試しがないね」

やけに事情に詳しいおじさんだった。でもそんな事気にせず、質問攻めにする。

「なんで承認されないんですか?」
「んー、まぁ色々理由はあるんだがな。1回で概算1000万くらいかかるし、そもそも市営の公園じゃないんだよ」

聞きたいことが山程でてきた。

「1000万もなんでかかるんですか?」
「君、海岸見たことある?あのゴミってそりゃもう色んな材質が混ざってるから、分別作業がすっごい大変なんだよ」
「そうだったんですか・・・公園じゃないっていう理由はあるんですか?」
「それは僕もよく分かってないんだけど、そもそも指定管理業者に委託しているらしい」
「管理している会社があるんですか?」
「そうなんだけど、ちょっとマズイ事があってね」
「どういうことですか?」
「その業者の実態が確認できなくてね。警察に相談しているところ・・って君、広報部だっけ。他言厳禁で頼むよ」

なんだかすごい話が出てきてしまった。今はそんなことに首を突っ込むべきじゃないよね。

「すいません。長々とありがとうございました」
「いやいや、久しぶりに若い女性と話ができて嬉しかったよ、はっはっは」

きもっ、と思いながらも、首から下げている職員のネームプレートをちら見した。小石、という名前らしい。

うーん、と頭を捻りながら庁舎の廊下をのんびり歩く。
ちょうど今いる廊下は、4階の東庁舎と西庁舎を結ぶ連絡通路で、その中間地点に景色を楽しめる休憩スペースがある。誰もいなかったのでおもむろに腰掛ける。ここから見える景色に特別何かがあるわけじゃないけど、数キロ先が海なので南側の空は開放感溢れる。

ゴミを拾った人が処分費を払う。分別が大変。あの海辺は公園じゃない。
これが、あの海辺が崩壊した理由。
産業道路が整備され、景観を無視した開発がされたのも急に納得できた。

あの海をどうにか守りたいという純真な思いとは裏腹に、法律だの管理などの権限に阻まれている。
いっそ何も考えず、これから佐治さん達と一緒にひたすらゴミ拾いを続ける・・・いや、どう考えても効率が悪いしエンドレスだよね。かといって、1回大規模清掃したところで清掃活動の継続性がなければまた戻ってしまう。
私の立場では何もできないから、予算申請すら通すのは困難。それに得体のしれない管理会社がとても気になるけど、天下り先なのか反社会的勢力の巣窟かもしれないので、関わりたくないし。どうせお金はもらってるのに、何もしていないのだろう。

「なにさ、お金がないからほったらかしにしてるだけじゃん」

じわっと悔しい気持ちが集まってきた。
今はそんな場合か、と目頭をゴシゴシする。
落ち着きを取り戻そうと、ふぅっと大きなため息をつく。
誰かに相談したい、でも誰に相談しても結局答えは見つからない。
だって、みんな自分のやれることしかやろうとしない。

私だけが、私にできそうにない大きな壁を乗り越えようとしているのに。

単なる広報誌に宣伝するための取材で、なぜこんなにも苦しむ必要があるのだろうか。これが、世の中の厳しさってやつなのかな。

しばらく外の景色を眺めていたとき、東庁舎側のほうから賑やかな声が聞こえてきた。女性が数名いる感じで、おそらく産業振興課の事務所に隣接する会議室から出てきたところだった。

「ほんと、よかったわよ〜」
「聞いてもらえるだけでも、前に進むわ」
「ねぇ、今度、交流館でまた集まらない?」

何かのイベントでもあったのかと、自分の後ろの壁際に並んでいる張り紙を見た。たしかに今日が開催日のイベントが一つあった。

女性起業家セミナー【無料】
〜ヒトより資金より、大事なコト〜

大学時代に経営学を学んでいるので、起業という文字には少し憧れている。私もそういう「自分で道を切り開く!」的な仕事をしたかったなぁ、という現状の悩みとの対比を頭の中で浮かべていた。ああやってセミナーで仲間や友人と集まって話ができるのは、きっと心強いだろうなと羨ましい気持ちに浸っていた。

「そうか、お金の問題じゃないんだ。みんなが、どうすればいいかを真剣に話あう場所がないんだ」

起業家であろう女性たちは、その会話が聞き取れなくなるほど遠ざかった。いつのまにか、私もセミナーを受けたような気分になっていた。

つづく

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?