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短編小説|異世界の焼き肉屋で経営再建を託された公務員 #4

4.しさつ

「はい、ヘルコンドルスープ3人前ですね!」
「からあげ丼がまだこねぇぞっ!どうなってんだぁ!」

店内は怪物・・いや、お客様でごった返していた。勢いのある客が多いのか、腹減ってるだけなのかわからないが、少し殺気立っている。
か弱いエルフの僕は必至でホールを担当していた。正直、腕が6本のタコや何かが取れかかっているゾンビなんかと接するのは恐怖でしかない。しかしそんな感情より、料理を運ぶ忙しさが勝っている。
オルクさんは必至の形相で料理をしているが、高校球児のようなものすごい充実した汗をかいている。繁忙店のラーメン屋の親父が着ぐるみを着ているようにしか見えない。

「ありがとうございました、またきてくださ~い」

喉がカラカラの状態で最後の客を見送った。散らかった店内を見渡し、うれしいため息を付きながら片付けを始めようとする。ふとキッチンからドスンと音がする。慌てて駆け寄ると、試合の終わったボクサーがそこにいた。

「・・・休んでてください、オルクさん」
「おう、お前も・・・な」

そういうとオルクさんはその場で座り込んだままグーグー寝てしまった。このクソ忙しい状況がもう4日以上続いている。
今まで暇だった状況から一転した。
控えめに言って、僕の経営再建プログラムは大成功だ。むしろ、大成功過ぎる。身の丈にあっていない業務量だ。
なぜなら、あのマーケティングっぽい作業と新しく儲かる料理の開発だけで、店は急転直下で黒字にできた。1日の利益は以前は銅5枚程度だったところが、今は銅50枚以上だ。1日あたりの収入が10倍以上となっている。

「これが、この世界の話じゃなかったらなぁ・・」

座り込んだ格好のままで寝ているオルクさんをみながら、程よい疲労感に浸っていたその時、突然スイングドアが激しくはじかれた。

「よ~ぅ、邪魔するぜぇ」

振り向くと西洋風の甲冑が佇んでいた。

「・・ん?見慣れないヤツがいるな。おい、お前、オルクのブタ野郎はどこだ?」

瞬時にムカつくヤツだと認識できるしゃべり方に、最初からこいつは敵だと認識できた。

「いま、寝てますよ。店閉めるんで、出て行ってください」

ここ数日怪物たちに食事を提供していたせいか、「すいません」といたずらに謝らなくなった。強い人にヘコヘコしていた自分は、もうどこかにいなくなっていた。

「なんだぁ?せっかくキヨリ様の側近である、このズーガ様が来たってのによ。お前・・・俺の事しらねぇだろ?」
「用が無いなら、出て行ってくれませんか」

こちらも負けじと敵意むき出しの視線を送り続けたが、このか弱いエルフの姿では効果は無かった。ズーガは僕の敵意を簡単にいなし、自分の話をし始めた。

「お前らの店の評判がキヨリ様の耳にも届いてな。見たこともない料理で荒稼ぎしてるらしいじゃねぇか」

そのまま近くにあった丸椅子にドカッと腰かける。よく見ると、ネズミのような尻尾が生えている。

「そんなに稼いでいるなら・・・もっと魔王給付費を増額してやろうとな」

なるほど、ヤクザのような闇金貸付をこうやってするのかと理解した。

「いえ、給付費は今まで通りで結構です」
「ほう?てめえらの店の格上げをしてやろうって意味だが、わかんねぇのか?給付費は金10枚にしてやるんだぞ?」
「き、金10枚・・!?」

流石に1週間以上この世界で生活しているため、金銭感覚は身に着いた。毎日もらえる給付費が金10枚だとどれほどの大金か。店舗拡大やスタッフを雇うには十分すぎる額だ。そもそも、こんな集落に身を置く必要すらなくなる。
たった4日間でオルクさんもクタクタになってしまい、今のペースが長続きする見通しが無い。密かに事業の拡大をすべきかと迷っているところだった。

「んん?どうだ、いい話だろ?この場で『はい』ってお前が言えば、この辺の集落では断トツの勲章物の店だぜ。そのうち、キヨリ様の居城で店構えることもできるんだぜ?」

すごい煽りだが事実だ。宮廷料理人のような位置づけになれば、一生安泰だろう。その挑戦権を得られる、という選択を迫られている。

「・・オルクさんは今寝ている。また回答は後日で・・」

ドガァアンガッシャーン!!
思わず目を閉じてしまう。思いっきりテーブルをけ飛ばされた。テーブル上の食器もろとも。

「ハッキリしねぇやつだなぁ、おいっ!!また2日後くらいにきてやる、それまで考えておけ!!」

そのまま椅子から立ち上がり、スイングドアもけ飛ばしながら出て行った。乱暴な嵐のような一幕に、ここが現実世界とは違うことを改めて教えてくれる。

「これが魔王の支配する世界・・か」

僕はあの後、健気に店内をきれいに片づけていた。
それからオルクさんが目覚めたのは10時間後くらいだった。
早速オルクさんに事の顛末を相談する。

「・・・お前はケガはないか?」
「はい、なんともありません」

そのままオルクさんは黙り込んで何かを考えていた。
初めて出会った時のような威圧感は微塵もなくなっていた。まだ1週間しか一緒に過ごしていないけど、元から僕はこの職場でずっと働いてきたという既視感を抱いている。そのせいか、今回の給付費増額の話は悪いものではないと思っているから、背中を押してあげたいと思っている。しかし、どうしたいかはやはりオーナー兼店長であるオルクさんの意見無しでは到底決められない。
だから、僕もずっと黙り込んでいた。

「給付費・・・受け取るか」

オルクさんは突然に喋りだしたが、反対するような余地は感じられなかった。迷いなきブタさんの眼差しだった。

「オルクさんがそう思うなら、それでいいと思います」
「ズーガ・・というか魔王関係者は気が短い。お前が答えを先延ばしにしたのは実はあまりよくない行動だ。まぁ、俺様が寝てたから仕方ないがな」
「そ、そうなんですか、すいませんでした・・」
「明日、魔王の居城に行って直接話をしてくる。お前はここで待っててくれ」

オルクさんはそれだけを言い残し、キッチンへ戻り料理の下準備を始めてしまった。給付費を受け取るということは非常に光栄なことだと思うのだが、僕はどこか寂しげな、何か言いたげなその背中を茫然と見つめていた。

とりあえず翌日っぽい時間が経過した後、オルクさんは予定通り一人で魔王の居城へ向かった。店は閉めているので、意図せずこの世界に来て初めて独りの時間を過ごすことになった。
ふと、元の世界の事に思いを走らせる。
式山さんのコーヒーを買う道中だったとか、あの中小企業の社長さんはどうなったとか、離婚した妻たちとの養育費の協議とか、やるべきことが全て放置されたままだったことに強い悔しさが込み上げた。
そのまま、目の前においていたコップの水を覗き込む。か弱いエルフだが、恐怖で引きつっていた顔は自信に溢れているように見える。この店の経営を再建したという事実は夢ではない。
元の世界へ戻りたいという渇望と今の世界の充実という極端な天秤が、ゆらゆらと定まりなく動いている。それがどちらに傾いてもいい。僕の人生観という物が、少し出来上がった気がした。

スイングドアがキィっと音を立てる。
思ったより早くオルクさんが戻ってきた
・・いや、違う。

「お、いたいたぁ!ちょっと魔王様がお呼びだぜ、ついてこい!」

つづく

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

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